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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第7章 見え始めた敵の輪郭
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第227話 揃いつつある情報

 生まれ故郷である栃木県の山奥、若藻(わかも)村に一時帰郷中の碓氷雅樹(うすいまさき)。師である那須草子(なすそうこ)と、厳しい鍛錬を続けて来た。

 しかし今日は鍛錬を午前中だけに留め、午後からは作戦会議を行っている。密偵達に探らせた情報は殆どが揃った。

 村唯一の神社、若藻神社の本殿へ雅樹達が集まっている。今日は江奈(えな)とメノウも同席し、話し合いに参加中だ。

 畳の上に座布団を敷き、東西南北で分かれるように座っている。東側に座る女性が声を上げた。

 

「雅樹ちゃん、無理は絶対しないでね」


 カラフルなワンピースを着た、20代半ばぐらいに見える女性。160センチぐらいの小柄な体格の、可愛らしい印象を持っている。

 ライトグリーンの髪を、お団子ヘアーにしているのは江奈だ。彼女はかつて、九頭雉鶏精(きゅうとうちけいせい)、雉の妖異である胡喜媚(こきび)と呼ばれていた。

 今では草子から支配者の地位を受け継ぎ、栃木県の支配者をしている妖異だ。普段は明るい女性だが、今は真剣な表情を浮かべている。

 彼女も草子と同様に、雅樹を心配しているのだ。彼女にとって雅樹は、可愛らしい弟分だ。不安に思うのは当然だろう。


「落ち着け江奈、雅樹は愚かな男ではない。冷静な判断ぐらい出来るさ」


 江奈の対角にあたる西側、クールな雰囲気をまとう女性が江奈を落ち着くよう促す。短い黒髪の東洋系の美女だ。

 女性にしては背丈のある170センチほど、雅樹と草子より少し低い身長。均整なバランスの取れたスタイル。

 シンプルな紺色の半袖シャツに、デニムのジーンズを履いている。派手ではないが、華があるのはメノウの特徴だ。

 着飾らなくても目を引く彼女は、玉石琵琶精(ぎょくせきびわせい)、琵琶が妖異となった存在。大昔に中国大陸で、王貴人(おうきじん)と名乗っていた妖異である。


「心配してくれてありがとう江奈姉さん。でも、俺は大丈夫だから」


 南側に座る雅樹は、江奈に感謝しつつ、無茶はしないと示す。絶対に大丈夫だなんて、根拠は提示出来ない。

 それでもこの場では、約束すると誓う。何も雅樹は、死ぬ為に救出へ向かうのではないのだから。

 自分が死ねば、永野梓美(ながのあずみ)の負担になる。逆に迷惑を掛けてしまうと理解している。だからこそ、死ぬような真似は出来ない。

 両方救って京都へ連れ帰る。自分がやるべき事、出さねばならない結末は分かっている。根本を履き違えるつもりはない。


「まー君に教えられる事は、ギリギリまで叩き込むわ。それが私の役目だもの」


 艶のある金髪を持つ草子が、自信を持って宣言する。教えるからには、教えてきたからには、絶対に雅樹を死なせない。

 師としての覚悟が、彼女の眼差しには込められている。男女の機微を抜いても、草子は雅樹を大切にしている。

 ここ200年ぐらいで、一番優秀と言ってもいい弟子。そうなる可能性を秘めた雅樹を、ここで失うつもりはない。

 雅樹の対面、北側に座った彼女が話を進める。必ず雅樹を無事に帰す為の、最終確認が行われる。


「それはそうと、情報を整理しましょう。まずあの小娘は、長野県の虫倉山(むしくらやま)に軟禁されているわ」


「虫倉山?」


「ああ、まー君は長野に行った事がないものね。長野市にある山よ。人間の足でも、2時間あれば山頂まで登れるでしょう」


 草子達は東日本の妖異達が集まる会合で、何度か長野県へ行った経験がある。田舎暮らしをしていた雅樹だけが知らない。

 虫倉山は信州100名山の1つで、山頂からの眺めがよく人気のある山だ。とある伝説が残る山でもあった。

 その内容は、あのおとぎ話で有名な金太郎の母が、虫倉山に住まう山姥だったというものだ。

 これもまた一部に誤りが含まれており、実際には山姥でなく正真正銘の鬼、現在は倉山紅葉(くらやまもみじ)と名乗っている妖異である。

 山姥は鬼の一種と人間は見ているが、種としてはかなり遠い。大元を辿れば鬼へ行きつくが、その因子はかなり薄い。


 そんな伝説の残る虫倉山に、梓美は軟禁されている。先代の支配者から受け継いだ、豊蔵王我(とよくらおうが)の住処でもある。

 ある程度の自由は保証されているが、囚われの身である事は変わらない。母親である永野泉(ながのいずみ)を、梓美は盾にされている。

 母と娘、お互いが人質扱いで身動きが取れない。どちらかを先ず解放しない事には、どうしようもない状況だ。

 幸いにも王我自ら、支配者を招いて宴会を開く。恐らくはその場で、梓美を妻とする発表も行うつもりだろう。

 人間のような結婚式を、妖異が行う事はない。宣言すればいいだけで、面倒な手続きなどは一切不要だ。


「まー君にはピンと来ないでしょうが、一言で表すなら自分の(つがい)だから手を出すな、という表明ね」


「な、なるほど」


 妖異の中でも美醜の価値観はあり、梓美は上澄みの側だ。狙おうとする他の男性が出ても、何ら不思議ではない。

 そうなる前に、自分のものだと示すつもりなのだろう。大江(おおえ)イブキの庇護下にあった時とは、状況が全く違う。

 これまではイブキの配下に、安易に手を出す妖異はいなかった。しかしこれからは、新しい支配者の下にいる。

 横槍を牽制するのは、普通の事だと草子達が雅樹へ説明する。同時に、そこがタイムリミットだという事。


「流石に宣言をされた後から、無かった事にするのは難しいわ。あの小娘が公の場で婚姻に同意するより早く、母親を解放する必要があるのよ」


「……結構大変だな」


 宴会までは1週間しかない。それまでに万全の準備を進めて、母親の泉を救い出す。ただし、早ければいいというものではない。

 仮に今すぐ救出したとしても、梓美を迎えに行く者がいない。この段階で草子達が赴けば、警戒される可能性がある。

 何故こんなに早く来たのか。現段階で草子達が向かう合理的な理由はない。これでは、何かあると言っているようなもの。

 草子が梓美を助ける筈がない、という前提条件が崩れてしまう。今回の救出作戦には、その前提の裏で動く事に意味がある。

 一番のネックだった、草子がわざわざ長野県へ行く理由。そこについては、王我が自ら用意してくれた。


 今は支配者でなくとも、草子は東日本を代表する妖異だ。妹達と共に、宴会へ姿を現したとしても無理はない。

 当初想定していた、会談を申し込むというやり方よりも、まだ自然な理由といえる。無理矢理感はかなり薄まる。

 もちろん多少なりとも、疑われる可能性は否定出来ない。だが妙な動きさえ見せなければ、過剰に警戒されはしない。

 梓美と泉、雪女の母娘と草子を繋げる直接的な因果はなし。雅樹という存在を、よく知られていない今だけは。

 救出を成功させれば、妖異から見た雅樹の評価は変わるだろう。以降はもう、雅樹の隠密行動は通用しなくなる。


「今から私達が、得た情報を貴方の記憶に埋め込むわ。少し混乱するでしょうけど、我慢して頂戴」


「必要な事なんでしょ? なら気にせずやって」


「いくわよ」


 草子が雅樹の真正面に近づき、畳の上で正座する。右手を上げて、掌を雅樹の額へ優しく当てる。

 妖異達が人間の記憶を弄れるという事は、本来持たない知識を与える事も出来るという意味でもある。

 ただし頻繫に行うと、精神へ悪影響が出かねない。だから教えるべき事は、直接教えるという手段を取っているのだ。

 知っていた記憶を忘れる事と、経験していない記憶を得るのは別物。違和感が大きく、脳への負担がどうしても出る。

 それは雅樹であっても同様で、知らないのに知っているという状況に陥る。今回は命が懸かっているので、致し方ない処置だった。


「うっ……これは……」


 泉が軟禁されている地。冠着山(かむりきやま)の情報が、一気に雅樹の脳に転写された。囚われている山荘、それまでのルート。

 長野県全体の映像、警備している妖異達と、人間の混成部隊。窓から外を眺めている美しい女性。一度も会った事のない、梓美と似た顔立ち。


「落ち着いて深呼吸を。貴方に必要な情報は、これで全てよ」


 初めての経験をした雅樹が、混乱する頭を押さえている。そんな彼を、草子が介抱している。雅樹の頭部を胸元で抱いた。

 泉の救出作戦まで、そう時間は残されていない。これからは冠着山での活動を前提とした、鍛錬が集中的に行われる。

 期限は今日から1週間。残された時間は少なく、リトライは出来ない。雅樹の肩に、梓美と泉の命運が重くのしかかる。

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