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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第7章 見え始めた敵の輪郭
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第226話 王我と黒澤会

 長野県のとある洞窟内で、篝火が揺れている。数か月前に新しい支配者となった、豊蔵王我(とよくらおうが)の住処だ。

 雪男である彼が暮らす涼しい空間である。雪女もそうだが、雪男も涼しい場所を好む傾向がある。

 ただしどちらも高い気温だと、弱ってしまうという事実はない。熱で溶けて消えた、という説は間違いだ。

 主に雪女関連で見られる話だが、単に灰となって消えただけ。妖異として生きる事より、人に寄り添い生きる道を選んだ結果。

 人を喰らう事なく、愛した男に尽くし続けた。結果妖力が不足し、生きていけなくなってしまったという悲劇。


 生存本能を愛が上回り、妖異としての生を捨てた。最後まで人として生きようとし、死んでしまった雪女が居た。

 その光景を記した者が、勘違いしたのだろう。現代と違い、文字を書けない人間が多かった時代の記録だ。

 こうした事実と異なる記録は多くある。特に妖異と関係する書物は、不確かな情報が相当含まれている。

 例えば大江(おおえ)イブキ、酒吞童子は男性だと伝えられている。情報伝達の過程で、何かが起きていたのだろう。

 本人に訂正する気がないので、そのまま放置されて来た。人間の記録を気にする妖異は、そう多くないのもあるだろう。


 王我のような雪男についても、不正確な情報が含まれている。イエティやビッグフットと、雪男を同様に扱う説がその筆頭。

 イエティとビッグフットは無関係で、それぞれ別の存在だ。ビッグフットは主に、アメリカで信じられている都市伝説。

 つまり妖異として生まれたのは、人間の感情が集まった結果だ。居て欲しいと願う者、見つけたいと思う者。

 興味や関心よりも、恐怖心が勝つ者。そう言った人々の存在が、ビッグフットという妖異を生み出した。

 日本における口裂け女などと、同様の存在だ。そしてイエティは、ユーラシア大陸で暮らす本物の妖異だ。


 では雪男とは何者であるのか。それは雪女と同じく、雪山の化身であり冬を象徴する妖異だ。

 雪や氷を自在に操り、全てを凍てつかせる。雪女と違う点は、好戦的で愛情より支配欲が強い事。

 似た存在であるものの、番う目的で生み出された妖異ではない。雪男は雪山の過酷さを象徴している。

 舐めて掛かれば簡単に生物を殺し、住まう全ての生命を握っている。まさに支配者というべき存在。

 様々な生命を慈しみ育てる山の、母性の象徴でもある雪女とは真逆の妖異。圧倒的な自然の脅威、暴力の塊。


 雪女や雪男のような妖異は、特殊な部類である。自然や現象をベースに作られた生命で、その理由はよく分かっていない。

 元々妖異の存在自体、詳しく分かっていないまま。当の妖異も今更気にしていないので、調べようとする者は僅かだ。

 雪男は妖異として上位に位置するが、全員が強いとは言い切れない。その辺りは鬼や妖狐と変わらない。

 一番重要なのは、生きて来た時間の長さと妖力の量。例えば永野梓美(ながのあずみ)の母、永野泉(ながのいずみ)は数万年生きた妖異である。

 イブキほどの力は持たないが、妖異としては上から数えた方が早い。対して、まだ若い王我のような妖異はまだ未熟。


「全て上手く行ったようですね。流石は王我様です」


 マスクをつけた怪しい風貌、仲路(なかじ)と呼ばれていた男が王我の前で跪いている。泉の下を訪れた後、やって来たのだろう。

 どうも胡散臭いスーツ姿のまま、王我を持ち上げるような発言をする。人間と妖異の身分差を彼は理解している。

 特に王我のような新しい認識を持たない妖異は、未だに人間へ偏見を持つ。(へりくだ)るぐらいで丁度良いのだ。


「まあな。それに、向井(むかい)の旦那には世話になったからな」


 恭しい姿を見せる仲路に、満足そうな表情を見せる王我。単純なタイプであり、煽てれば人間が相手でもこの通りだ。

 黒澤会(くろさわかい)にとって、非常に扱い易い男である。だからこそ、彼らは王我に肩入れした。この男が支配者なら、やり込め易い。

 新しい支配者を決める戦いに介入し、対抗馬へ妨害行為を行った。試合前日の闇討ち、事故を装った故意の接触。

 ありとあらゆる行為で邪魔をした。木谷廉也(きたにれんや)に作らせた、コピーの妖異による自爆テロなども行った。

 結果、黒澤会にとって都合のいい男が勝利。それ以降も黒澤会が支援し、下剋上の阻止を続けている。


「中々の情報だったぞ。梓美は実に良い女だ。当分は楽しめそうだ」


「有り難いお言葉です。これからも我々は、貴方様と良い関係を続けたいと思っておりますので」


「ふん、貴様は人間にしちゃあ信用出来る男だ。なんて名前だった?」


「仲路と申します」


 丁寧に対応する仲路だが、内心では都合の良い駒が出来たと思っている。東日本の妖異全てが、彼らの味方ではない。

 茨木童子は元々、西日本の妖異だ。復活させる事に、興味を持つ者は稀だ。助けようとする事自体、反対する者もいるだろう。

 そんな中で、王我は味方に引き込み易い。真実を伝えず、上手く取り入って利用する。次の本拠地候補は、長野県なのだ。

 元々は人間の入手に、この地を使うつもりだった。しかし事態が大きく変化し、急遽目的を変更。

 長野県の重要度は上昇し、仲路が派遣されるほどになった。イブキ達の目が届く前に、新たな拠点を作ろうとしている。

 

「その名前、覚えておいてやる」


「これはこれは、王我様のような方に覚えて頂けるとは。心より感謝申し上げます」


「ところで、向井の旦那に礼がしたいのだが、何が良いと思う?」


 向井と名乗っている妖異は、王我より遥かに強い妖異だ。王我は感謝を込めて、現在は旦那と呼んでいる。

 王我の開く宴会にも、向井を招待している。栃木県にも届いた招待状は、東日本全ての支配圏へ送られた。

 新しい支配者として、認知して貰う目的がある。招待した支配者達を歓待しつつ、親交を深めようという場だ。

 支配者が代替わりすると、このような会が設けられる。古い習慣であり、日本全国の支配圏で行われている。

 人間社会で言えば、新社長就任のパーティーだろうか。やっている事は、殆ど同じと言っていいだろう。


「最近ですと、若い人間を欲しがっておられますね」


「ほう? やはり女か?」


「いえいえ、そういう目的ではございません」


 向井の目的と、廉也の研究。最近出た成果により、若い人間が必要となった。それも出来るだけ、綺麗な魂を持つ者。

 現在集めようとしているのは、10代半ばから後半の学生だ。成功した個体から考えて、その辺りが打倒と廉也が結論づけた。

 故に彼らは、長野県を若者の調達先にしようと画策した。人間の移動ならば、他の支配者に気取られない。

 王我を上手く使い、量産する方向で話が進んでいる。東京を捨てたが、計画を諦めるつもりは無いのだから。


「よく分からんが、旦那に考えがあるというのだな?」


「ええそうです。今度の宴会で、数人だけでも如何でしょう?」


 仲路達は、上手くやっているつもりだ。今までよりも狡猾に、尚且つ慎重さも重視し水面下で動いている。

 同時にイブキへの意趣返しも行い、一石二鳥であると考えていた。ただ彼らは、1つだけ誤算を見逃している。

 東日本を相手に、イブキは何も出来ないと思っていた。そして那須草子(なすそうこ)は、梓美を救わないだろうとも考えた。

 概ね間違いではないし、考え方としては真っ当だ。とある要素を排除して考えれば、事実そうなっただろう。

 イブキは梓美を救えず、京都の若きエースが減る。仮に何か動きがあれば、梓美を盾にしてしまえば良い。しかし――そうはならない。


「考えておこう。やはりお前は役に立つ」


「私などには、勿体なきお言葉でございます」


 仲路はもちろん、向井すらも見落とした存在が居る。それも仕方ないだろう。彼らはまだ、碓氷雅樹(うすいまさき)という少年を理解していない。

 玉藻前に鍛えられた、現代の侍候補。かつての猛将達にはまだ届かないが、いずれ到達する可能性を持つ学生。

 彼が梓美を救いたいと願えば、イブキと草子が協力する。させる事が出来る、唯一無二の存在。

 草子達が全力で、動いている事に気づいていない。多くの密偵達が、あちこちで調べ回っている。

 この洞窟にも、1匹の白蛇が侵入していた。メノウの指示で放たれた、群馬県の蛇が――仲路と王我を見ていた。

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