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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第7章 見え始めた敵の輪郭
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第225話 懐かしい生活

 夕日が傾いた若藻(わかも)村へ、秋の風が吹いている。ボロボロになるまで、厳しい鍛錬をした少年の熱を下げていく。

 汗だくなんて通り過ぎ、土にまみれ細かい傷が無数にある。碓氷雅樹(うすいまさき)が仰向けの状態で、山中に倒れている。

 帰郷してから3日、連日様々なシチュエーションで戦った。本日は山の中で、複数の敵に囲まれたという想定だ。

 那須草子(なすそうこ)の配下達が、雅樹を容赦なく追い立てた。彼は必死で逃げ回り、どうにか生き延びている。

 以前に岡山県で、鬼達から追いかけられた経験が活きた。あの時よりは少し、マシな逃走劇が出来た。


「よく頑張ったわね」


 優しい表情で、草子が雅樹に膝を貸す。師として厳しく接する時と、女性として雅樹を大事に扱う時は違う。

 昔からこうであり、何度も同じように過ごして来た。ここまで厳しいのは、今回が初めてだったのだが。

 細かい傷を妖術で癒す草子は、瞳に金色の光を宿している。美しい金髪と同じ輝きが、穏やかな温かみを放つ。

 普段通り剣道着姿の草子が、雅樹の頭を優しく撫でる。肩口で切り揃えられた金髪が、風に揺られてサラサラと流れる。

 草子が何気なく左手で、髪をかきあげる。その仕草があまりに魅力的で、雅樹は不意を突かれてしまった。


「どうかした?」


「……いや、別に」


 見惚れていたとは、恥ずかしくて言えなかった。雅樹は正直な感想を隠す。バレていないと、彼は思っている。

 夕日の紅い光が、紅潮した頬を隠せたと思った。しかし、百戦錬磨の草子を相手に、小細工なんて通用しない。

 見抜いた草子が、微笑みながら雅樹の頬を撫でる。全てを出し切り疲れ果てた雅樹を、慈しむ戦女神のような姿だ。

 いつもこうして、鍛錬の後は優しかった。だからこそ雅樹は、草子の事が好きだった。今もまた、惹かれている。

 美しい女性だと、今も変わらず思っている。故郷だからこそ、余計と様々な思い出が雅樹の脳内を巡っていく。


 幼い頃に竹刀を振る草子に憧れ、今日まで自らを鍛えて来た。その過程で、色々な経験を積ませて貰えた。

 単純に剣道としての教えだけでなく、女性との接し方や言葉遣い。料理も少しだけ、教えて貰っている。

 草子との関係は、剣の師匠というだけに収まらない。彼女に裏の顔があったと知っても、思い出は色褪せなかった。

 初恋の女性として、変わらず大切に思っている。今も結婚したいかは、少々勢いを失ってしまっているが。

 何せ前提が大きく変わってしまった。共に老いていく事は出来ない。同じ墓に入る事は、まず有り得ない。


 幼き日の雅樹が思い描いた未来は、あくまで草子が人間だった場合だ。一緒に歳を重ねて、最後は老夫婦として終わる。

 そんな未来は、絶対にやってこない。雅樹だけが老いていき、草子達を残して死んでいく。自分だけが、寿命で死ぬ。

 寿命の違いは、大江(おおえ)イブキや永野梓美(ながのあずみ)達も同じだ。彼女達もまた、老化していく事はない。彼女達は――人間ではない。

 妖異と人間は違う生き物だ。近い性質を持っているので、子を成す事は出来る。結婚する事だって、相手が承諾するなら可能だ。

 実際に雅樹は、複数の女性から結婚を迫られている。その中には、草子も含まれている。今となっては、少し複雑な気分だ。


「今は私が、まー君を独占出来る。昔みたいに」


「せ、先生?」


 治療を続けながら、妖艶なオーラを発する草子。初恋の相手という事もあり、どうしても強く意識させられる雅樹。

 憧れのお姉さんが、意味有り気な視線を送って来る。男子高校生としては、たまらないシチュエーションだろう。

 例え相手が人間ではなくとも、別に構わない。むしろその方が、ご褒美だと考える男子も少なくない。

 もちろん雅樹だって、嬉しいとは思う。喜ばない理由がない。ただ同時に、悩みでもある。本当に良いのか、という迷いだ。

 魅力的な妖異の女性達に囲まれている。それはとても光栄な事だし、感謝もしている。喰われるのは複雑だけれども。

 

 人外の存在でも、ただの化物として見ていない。だからこそ、どうしても悩んでしまう。自分が選んでいいのかと。

 現状雅樹が誰を選ぶのか、という選択肢を提示されている。イブキだけは、あまり態度をハッキリさせていないだけ。

 イブキの冗談なのか、本気なのか雅樹には分からない。その点を加味しても、自分が選ぶ側でいいのだろうか。

 こんなにも魅力的な女性達を、ただの人間に過ぎない自分が選ぶのか。どうしても、恐れ多いと思ってしまう。

 自分が選ばなくても、彼女達は圧倒的強者だ。選ぶのは相手の方じゃないのか、という思いがどうしても消えない。


「今日も良い表情をしていたわ。私の好きな、貴方の表情(かお)よ」


「あ、ありがとう……」


「ふふ。今日は好きなだけ頂くわ」


 雅樹が悩んでいる間に、怪しく微笑んだ草子が彼を喰らう。回復中の今、精気まで喰らう強引さは見せない。

 感情だけを吸い上げて、雅樹からエネルギーを摂取する。悩みごと全て吸われてしまい、雅樹の心は凪いでいく。

 考えていた事が脳内から消え、虚無が訪れる。何も考える事なく、ただ草子の色香を享受し続ける雅樹。

 傾国の美女と呼ばれるだけあり、強烈な魅力を草子が放っている。雅樹は気づかない内に、人間の女性が恋愛対象から消えている。

 その事実を、雅樹はまだ自覚出来ていない。いつも恋愛で悩む時は、妖異の女性達についてばかりだというのに。


「やはり貴方は格別ね。こんなの、他の男性では得られないもの」


「……」


 草子は近づけていた頭を、雅樹の頭部から離す。恍惚の表情を浮かべる草子が、ペロリと舌で唇を舐める。

 捕食者としての素顔が、表出している。瞳の輝きが、より色濃く染まった。妖異としての姿も、非常に美しい。

 虚無を抱えている今の雅樹は、あまり影響を受けていない。しかし、記憶にはしっかりと刻まれる。

 唇が触れあう感触、草子から漂う香り、柔らかな太股、吸い付くような草子の素肌。全て脳が覚えていく。

 イブキや梓美の時も同様だ。しかし皆それぞれ、感じる事は違っている。似ているようで、何もかもが違う。


「私を選べば、もう悩む必要はなくなるわよ? あの小娘も、放置したっていい。このまま村で、暮らす道もあるわ」


「……」


 草子が告げた言葉は、立ち止まるなら今だという忠告。雅樹が望むなら、幾らでも鍛えるし手伝う。

 そうは言っても、他に道は残されている。厄介事から目を背けて、昔の生活に戻る。難しい事は、イブキや草子に任せる。

 そうすれば、危険な事をしなくていい。雅樹がこれ以上、自分を鍛える必要はなくなる。安全で、安定した日々だ。

 本来ただの学生に過ぎず、黒澤会(くろさわかい)なんて存在とは無関係でいい。無理に立ち向かう責任は、雅樹の肩に乗っていない。それでも――


「先生に逃げたくない。逃げる理由に、先生を使いたくない。そんな事、絶対にやらない」


 回復した雅樹が、ゆっくりと立ち上がる。甘える時間は、もう終わりだというかのように。雅樹の目には、決意がこもっている。


「……そう。本当なら、ここに居て欲しいのだけれどね。だけど貴方が戦うなら、私は手伝うだけよ」


「お願い先生、俺はもっと強くなりたい」


 地面に座っている草子へ、雅樹が手を差し伸べる。回復した以上は、次の鍛錬を始めよう。雅樹はそう態度で示す。

 覚悟を雅樹が示した以上、野暮な戯言を草子は口にしない。何故なら彼女は、雅樹の事を愛し続けて来たから。

 沢山集めた人間の男性達。魅力的な人間を収集し、自分好みの遺伝子をかき集めた。その中でも、雅樹は特別な存在だ。

 

 妖異を相手に戦おうとする意思を持てる。強者に媚びるのではなく、自分の生き方を貫こうとする。草子の暗示を、跳ね除けてみせた。

 若藻村での安定した生活を望まず、外の世界へ飛び出した。きっとこの少年は、ただの少年で終わらないだろう。

 草子の弟子であり、愛する男でもある雅樹をそう評価している。雅樹の手を取り、草子が立ちあがる。今日の鍛錬はまだ終わらない。

 

「さあ、始めましょうか。鍛錬の続きを」


「うん!」


 雅樹が落ちていた小鴉(こがらす)を拾い、再び正眼に構える。闘志を激しく燃やし、妖異達との戦いを続ける。

 結局日付が変わるまで、鍛錬は続けられた。その翌朝、長野県から招待状が届く。豊蔵王我(とよくらおうが)からの、宴会の誘いだ。

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