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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第7章 見え始めた敵の輪郭
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第222話 長野県へと向かって

 碓氷雅樹(うすいまさき)は剣道の師であり、初恋の女性でもある那須草子(なすそうこ)と、京都駅から新幹線に乗った。

 先ずは栃木県にある若藻(わかも)村へ、一時的に帰省をする事となった。そちらから長野県を探り、現状を調べる予定だ。

 東日本で何かを調べる以上、草子達の力を借りるしかない。大江(おおえ)イブキは京都府を守る為、探偵事務所に残った。

 永野梓美(ながのあずみ)を助けたい。その一心で、雅樹は行動を開始した。線の細い整った顔立ちを持つ少年は、決意に満ちた表情をしている。

 175センチという恵まれた体格を持つ彼は、竹刀袋を座席に立て掛けている。彼の上半身より、やや長いその中には妖刀小鴉(こがらす)が納められている。


「やる気があるのは良いけれど、焦っては駄目よ?」


 短く切り揃えた鮮やかな金髪と、東洋系の優美な顔立ちを持つ女性、雅樹の隣に座る草子が忠告した。

 雅樹と変わらない背丈と、女性らしい丸みのある肢体はモデルのようだ。剣道着の上からでも、豊かな膨らみが確認出来る。

 イブキと同レベルの、しかしタイプが違う美貌。イブキが大和撫子ならば、草子は中国系美女だろう。

 凛々しい表情がよく似合う冷静な雰囲気と、20代後半ぐらいに見える大人の色香を併せ持つ。人外の怪しい魅力が漂う。

 実際彼女は、人間ではない。かつて中国では妲己と呼ばれ、現在は玉藻前という非常に有名な名称を持つ妖狐だ。


「う、うん。ただちょっと、心配で。何もされていなければ良いけど……」


「小娘とはいえ、人間の女子高生とは違うわ。いくら母親を盾にされようが、何もかも黙って従うほど、甘くはないでしょう」


 「それは、そうだけど……」


 梓美はまだ若い妖異だが、ただのか弱い女子生徒ではない。無抵抗のまま全て受け入れるほど、非力ではないだろう。

 だがどこまでの要求をされるのか、こちらから把握する事は出来ない。しかも相手は、嫁入りを要求して来たのだ。

 梓美の美貌はまだ、イブキや草子の領域にない。どうしてもやや劣るものの、彼女も美人と表現して差し支えない。

 スタイルも良く、学校でもかなり人気のある女性だ。もし性的な要求をされていればと、嫌な予感がしてしまう雅樹。

 そんな資格が、自分にないのは雅樹も理解している。彼氏でもないのに、何の心配をしているというのか。


「あら? あんな感じの娘が好きだったのかしら?」


 少し嫉妬心を覗かせるように、草子が雅樹を見ている。単なる流し目だけでも、異様な魅力を感じさせる。

 傾国の美女とまで呼ばれた美しさは、大人の男性でも狂わされそうだ。見慣れている雅樹でも、鼓動は高くなってしまう。


「そ、そういう事じゃないけどさ。でも、梓美先輩だって女性なんだし……」


「もっと幼ければともかく、あれぐらいの力があるなら大丈夫よ。新しい支配者は、そこまで強そうに見えなかったもの」


 草子は東日本を代表する妖異だ。代替わりがあった場合、就任の挨拶を受ける。西日本だとイブキが毎回受けて来た。

 人間の社会で言えば、大企業の社長へ下部組織の新社長が、直々に挨拶へ伺うようなものだろう。

 実質的には、ヤクザの挨拶回りと言う方がより正確か。若頭が新しく就任した為、親分や関係組織へと挨拶をする。

 そんな定番の行事が、京都へ引っ越す前に行われていた。草子はその時、新しい支配者と顔を合わせていた。


「確か……豊蔵王我(とよくらおうが)とかいう雪男だったわね。そうそう、思い出したわ。確かにモテそうには見えなかったわね。まー君の方が、遥かに魅力的だわ。比べる価値もないぐらいよ」


 隠しきれない色気が、雅樹の平常心を乱す。初恋の相手だけあり、どうしても雅樹は草子に抗えない。

 自分の正体を明かすまで、彼女はここまで露骨に絡まなかった。だからこそ、ストレートな好意は刺激的だ。

 梓美の心配をしているのに、草子の魅力が意識を阻害する。無意識ではなく、敢えてやっているのだろう。

 自分の大切な少年が、別の女性を心配している。実力も美貌も、自身より劣っている相手だから、草子は余計気になる。

 だが雅樹の願いは、叶えてあげたい。草子もまた、雅樹には甘いのだ。複雑な心境で、彼の為に行動している。


「あんな下らない男よりも、アナタの方がカッコイイわ」


 草子のしなやかな指が、雅樹の頬を軽く撫でる。妖艶な気配に、雅樹はゾクリとした。草子から目が離せない。

 通路の挟んで反対の座席に座っているサラリーマンが、草子の放つ色気に当てられて頬を染めていた。


「せ、先生……」


「……ふう。まあ良いでしょう。アナタのそういうところも、私は気に入っているのだから」


 溢れ出る色気を抑えた草子が、雅樹の頬から手を離す。梓美の為に戦う決意をした、その姿は草子が好む雅樹の姿。

 昔から見せていた、勇気と前へ進もうとする姿勢。真っ直ぐな意志こそが、草子にとって一番重要な要素だ。

 こうして小娘を相手に嫉妬するぐらい、草子が見ていたいもの。碓氷雅樹という少年の、本質を現す生き方。


「今回は私が囮役よ。アナタを直接守れない。酒吞の御守りも、今回は使えない。だから慎重に動くのよ?」


 態度をガラリと変えて、真剣な表情で雅樹を見る草子。彼の命を危険に晒すのだ、心配なのはイブキだけではない。


「……うん。だけど、全力でやるよ」


 命を投げ出すような真似は、雅樹だってやりたくない。自分が死ねば、梓美が傷つくだろう事も分かる。

 自分を助けようとして、死んでしまったら。雅樹はその悲しみを知っている。一度草子が、死んだと思ったから。

 知っているから、無駄死には出来ない。今回の件で、その終わり方だけは避けないといけない。

 梓美を救おうとして、逆に追い詰めてしまっては意味がない。無事に生還し、母親も助ける。それが目的だ。


「既に江奈(えな)とメノウに連絡し、探らせているわ。目的の雪女は、昔見た事がある相手だったから、あとは見つけるだけよ」


「それまでは、どうにも出来ないのか……」


「あら? まー君にやれる事ならあるわよ。救出に向かうまで、みっちりと鍛錬を施すわ」


 直接守る事が出来ない以上、ギリギリまで雅樹を鍛える。少しでも、生還の可能性を上げる為に。

 草子にとって、雅樹の生還こそが最大の目的だ。梓美が救えるかどうかは、さほど重要ではない。

 王我のやり方については、草子も不快感を覚えている。情けないつまらない男だと断じている。

 女性を無下に扱う行為を、心底見下している。だから痛い目を見ろ、という思いがあるのも確かだ。

 人間の雅樹に出し抜かれたとあっては、これ以上ない大恥だろう。後ろ指を指されても文句は言えない。


「そう、だね。ありがとう先生、付き合ってくれて」


「あくまで、アナタの為よ。あの小娘の為じゃない」


「うん。それでも、ありがとう」


 本来なら、草子は手伝う必要なんてない。梓美を見捨てても、何ら影響を受けない立場だ。

 雅樹が悲しむというなら、記憶を弄ってしまえば良い。雅樹の中から、梓美を消してしまえばいい。

 それでも協力するのは、雅樹の為である。巡り巡って、梓美の救いになったとしても、草子の目的ではない。

 ただ、少し同情しているのは確かだ。同じ女性として、思うところはある。無理矢理結婚なんて、草子なら全力で拒否する。

 少なくとも、同じ少年を愛した者同士として。多少の貸しぐらい作ってもいい。そう思っている面も若干ある。


「昔から変わらないわね、まー君は」


「……成長してないって事?」


 子供っぽいと言われたのだろうかと、雅樹はちょっとだけ不満そうな表情を見せる。少しは成長したつもりでいるからだ。

 昔想像したように、立派な男性になって草子を迎えに行く。その領域には、まだ立てているとは思っていなくとも。


「いいえ、そうじゃないわ。変わらないままで良い事もあるのよ」


 草子の言っている事が、雅樹にはよく分からなかった。頭を撫でられて、悪い気はしなかったが、やはり子供扱いだろうかと思う雅樹。

 そんな雅樹を見て、草子は軽くキスをした。喰らう目的ではない、ただのスキンシップ。ちゃんと男性として、見ている証として。

 突然の行為に、雅樹は固まっていた。草子から香る、イブキとは違う大人の女性の匂い。暫く雅樹は、何も考えられなかった。

私の理想の女性像は、バイオハザードのエイダ・ウォンです(唐突な性癖開示)

あんな感じのイメージを、少し加えているのが草子です。

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