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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第7章 見え始めた敵の輪郭
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第221話 梓美と新しい支配者

 長野県、かつて信濃国(しなののくに)という神話にも登場する歴史を持つ土地。田舎暮らしの候補地として、高い人気を維持している。

 リンゴやブドウなどの果物が有名で、信州そばや、おやき、野沢菜など名産品が多く存在する農耕の盛んな都道府県だ。

 最近では日本特有のパウダースノーが、海外でその雪質を高く評価されており、外国人観光客が多く訪れている。

 近年国内外から高い評価と、注目を集めている。それだけでなく、仏教的価値の高さと歴史の深さも併せ持つ。

 長野県長野市、元善町(もとよしちょう)にある善光寺(ぜんこうじ)は、無宗派の寺院であり、日本最古の仏像が置かれている有名な観光地だ。


 だがそれらは、あくまで人間の認識だ。人間とは違う知的生命体、生みの親である妖異から見た場合はまた違う。

 歴史的な話になった場合、京都や奈良、島根県の出雲などに人間の話題は向きがちだ。着目点が違っているので仕方ない。

 妖異にとっては、東日本の京都とでもいうべき土地である。長野には日本の創生神話にも登場する諏訪と、諏訪湖がある。

 高天原(たかまがはら)へ喧嘩を売った事で、永久追放された建御名方神(たけみなかたのかみ)が、八坂刀売神(やさかとめのかみ)と結ばれた土地である。結局別居する事にはなったが。

 妖異を超える存在、この星の管理者。神と呼ばれる者達が、生活していたとされる地。決してその価値は、無視出来るものではない。


 しかし結果的に、支配者の差で一歩栃木県に譲っていた。それだけ玉藻前、那須草子(なすそうこ)の実力が高いという事だ。

 もちろん長野県の支配者が、殊更に弱いという意味ではない。十分な実力を持った鬼が、つい最近まで支配者だった。

 今では倉山紅葉(くらやまもみじ)と名乗っている女性の鬼で、大江(おおえ)イブキとそう変わらない実力者である。侮っていい相手ではない。

 ただ彼女は長い支配者という生活に飽き、数ヶ月前にその地位を譲った。後任の決め方は、実に鬼らしい豪快な決め方。

 立候補者同士で戦わせて、勝った妖異にその座を渡すという方法だ。徹底した実力主義で、適正は判断基準に含まれない。


 娘を後任として育成しているイブキや、身内で回した草子とは随分と違う。だがこれは、そう珍しいやり方ではない。

 妖異とは本来、好き勝手に生きている者達だ。滅びたくはないから、今の形で一応落ち着いているだけに過ぎない。

 統治者を決めるのなら、この方が手っ取り早く遺恨は残り難い。強さという基準は、妖異にとって一番大きな要素だ。

 どれだけ頭が良かろうと、弱ければ上に立てない。美醜についても、何ら意味を成さない。力こそが全ての世界である。

 弱者に支配圏の妖異は従わない。仮に弱い妖異が支配者となっても、より強い者に下剋上をされて終わるのがオチ。


 一定の強さは、どうしても必要な要素となる。もちろん単に強ければいい、というだけでもない。将来性も重要だ。

 今はまだ若い妖異でも、伸びしろが十分なら後任の候補になりえる。というよりも、大体新しい支配者は若い妖異が務める。

 古参の妖異は、あまり支配者になろうとしない。はっきり言って面倒臭い、と長く生きた妖異ほど考える。

 勝手に数を減らし合ったり、逆に急激な増加をみせてみたり。そんな人間の管理なんて、やりたくないと考えるのが普通だ。

 今も支配者を続けている古参は、仕方なくやっている者か、何かしらの理由があってやっているかのどちらかである。


 人間の質を向上させれば、美味い食事が出来る。それを分かっていて、行動しているタイプがイブキや草子達だ。

 知っていても、面倒な事はやりたくない。誰かがやれば良いじゃないか。そう考える者が大半を占めている。

 この妖異の性質は、しっかりと人間にも引き継がれている。人間で言えば、給料泥棒が多い企業のようなものだろう。

 集団として成立しているだけマシ、と思うしかないのだ。だからこそイブキが、ああして探偵を名乗り問題を解決している。

 草子が自身のハーレムを作ったのは、貢献しない者にまで美味い汁を吸わせる気がないからだ。どの支配圏でも、問題児は居る。


 徹底して部下達に教育を施すイブキが、かなりレアなタイプだ。人間に対しての対応も、京都は特に抜きん出ている。

 では代替わりした長野県はどうかと言えば、残念ながら問題児が勝利してしまった。若い雪男が、現在の支配者である。

 真っ白な体毛に包まれた、雪のような塊。ゴリラを思わせる屈強な肉体と、2メートル近い背丈。肩幅もかなり広い。

 野性味を感じさせる強面で、改造した違法なバイクか、車高の低い乗用車が似合いそうな雰囲気を持つ男性だ。

 見た目だけで判断するのは偏見だが、女性関係にだらしない印象を与える。そして実際に、だらしないタイプである。


「人間との混ざりものにしては、随分と見てくれは良いな。流石はあの女の娘だ」


 豊蔵王我(とよくらおうが)と名乗る雪男が、長野県へやって来た永野梓美(ながのあずみ)と対面している。彼の住処である洞窟の中で、正面から向き合う。

 篝火に照らされた洞窟の中は、特に家具の類は見当たらない。氷で作られた、玉座のような椅子が1つあるだけだ。

 見た目に反する事なく、かなり野性的な生活をしている模様。玉座の周囲には、人間と思われる遺骨が転がっている。

 太い足を組んだ体勢で、正面に立つ梓美をジロジロと眺める。無遠慮で下心を隠す気もない視線が、彼女に向けられている。


「ウチの親を馬鹿にせんとって! お父さんは立派な男やった!」


「ふんっ! 人間なんて弱者が、どう立派だというのだ。まあ、お前の体は立派なようだが」


 露骨な視線を、胸元に感じて梓美は腕で膨らみを隠す。これまでも、梓美は下心を向けられた経験を持っている。

 相手は人間だったり、妖異だったり様々だ。男性を喰らう為に、体を利用した事だってあった。梓美は自分のスタイルに自信がある。

 イブキにまで勝てるとは思っていないが、十分価値があると自覚している。男性からモテた経験なんて、幾らでもあった。

 初心な生娘ではないし、豊富な経験を活かして、碓氷雅樹(うすいまさき)を誘惑して来た。彼の理性を、いつも激しく揺さぶっている。

 だけどこんな風に、露骨な邪心を向けられて、良い気分はしない。あまりに真っ直ぐで、気持ち悪いとすら思っている。


「いくら何でも、不躾やない? まだ夫婦になってへんのに」


「どうせ俺様のモノになる女だ。どんな目を向けようが、俺様の自由だろう」


 せめて相手が誠実な男性なら。雅樹との未来を諦めても、納得出来る相手であれば。そんな梓美の僅かな希望は、儚く散ってしまった。

 女性によっては、カッコイイと思うかもしれない。ワイルドなタイプが好みなら、選択肢になりえる可能性はあるだろう。

 だが梓美から見た印象は、とてもそうは思えない。誠実さは感じられず、下心は丸出しでデリカシーがない。


「むしろ感謝するんだな。これから覇道を歩む俺様の、最初の女になれるのだから」


「……他にも相手を、迎えるつもりなんか?」


「当たり前だろう? 女は多ければ多い方がいい。人間の女も遊び道具としては悪くないが、すぐに壊れてしまう。やはり相手は妖異に限る」


 愛した少年とはまるで違う下劣さに、梓美は眉を顰める。人間と妖異に関わらず、全女性の敵だと梓美は思った。

 少なからず、このような妖異の男性は存在する。男の方が偉く、女の方が弱いと考える者達。人間とそう変わらない。

 むしろ妖異がこうだから、人間の男性にもそういう者達がいるのか。そんな考察をする余裕が、今の梓美にはなかった。

 立ち上がった王我が、梓美に遠慮もせず触れようとした。当然梓美は拒絶する。延ばされた手を、素早く払いのける。


「勝手に触らんとって!」


「ふ……強気な女は嫌いじゃない。お前のような奴を、無理矢理組み伏せるのが楽しいんだ」


「……最っ低な男やな」


 キッと王我を睨みながら、梓美は吐き捨てた。梓美の好みに全くそぐわないが、母親の為だ。このような男でも、我慢するしかない。

 理解はしているが、梓美だって感情がある。人と雪女の間に生まれ、普通の妖異より豊かな表情を見せる。当然嫌悪の感情についても。


「いつまでそんな態度が取れるか、楽しみだなぁ? 梓美」


「……」


 今まで雅樹に呼ばれていた梓美という名前。父親と同じ氏族を継いで、自分でつけた名だ。それなりに気に入っている。

 その名を呼ばれてここまで、不快に感じた経験はない。梓美は自分の夫となる男を、無言で睨み続けていた。

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