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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第7章 見え始めた敵の輪郭
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第220話 キャンプ場の異変

 長野県の姥捨山(うばすてやま)として有名な冠着山(かむりきやま)で、キャンプをしている3人が居る。東北から来ている大学関係者だ。

 大学で人類学を教えている教授、工藤康介(くどうこうすけ)。そして彼の教え子である神木諒(かみきりょう)三森彩香(みもりあやか)だ。3人で夕飯の準備を進めている。

 沈み行くオレンジ色の夕日は、木々に阻まれてよく見えない。冠着山の中は、夜の闇に包まれつつある。

 キャンプ場で作る定番料理、カレーライスの調理を進めている。主導しているのは監督責任者の康介だ。

 60代の男性としては珍しい方で、彼は普段から自分で料理をしている。包丁の使い方に、全く危な気がない。


 何故なら彼は、十年以上前に妻を亡くしている。元々病気がちで、体も頑丈とは言えない女性だった。

 入退院を繰り返していたので、自分で家事をするしかなかった。手先は器用だったので、特に苦労はしていない。

 若い頃から、こうしてフィールドワークをしていた、というのもある。自分で弁当を用意し、現地でも調理をする。

 40年近く続けて来たからこそ、手慣れているのだ。今も丁寧にジャガイモの皮を剥き、均等なサイズにカットしている。

 まだ料理の経験が浅い生徒2人とは、明らかにスピードが違う。テキパキと作業を続け、調理を進めていく。


「2人とも、玉ねぎの皮は剥けたかな?」


「もう終わります!」


 諒が彩香と共に剥いていた玉ねぎを集めて、レンタルした金属製のザルに詰めていく。最近のキャンプ場は、殆どの器具がレンタル出来る。

 昔ならもっと大荷物を準備し、車で来なければならなかった。今では手ぶらでも何とかなるので、現地調査はかなり楽になった。


「終わりました! どうぞ」


「ありがとう三森さん。次は人参の皮剥きを頼むよ」


「分かりました!」


 ザルを渡した彩香は、諒と共にピーラーで人参の皮を剥き始める。康介は切り終わったジャガイモをボウルに移す。

 生徒から受け取った玉ねぎを、調理場のシンクで水にさらす。冷やす事で、目や鼻への刺激を軽減するつもりだろう。

 水道の水を流したまま、濡れた玉ねぎをカットしていく。濡れた状態で切るというのも、刺激を減らす効果がある。

 順調に作業を続けていき、カレーが完成へと近づいていく。玉ねぎを炒め、野菜や牛肉などの具材を煮込む。


「そろそろ飯盒(はんごう)の様子を確認して下さい」


「分かりました」


 諒が焚火で熱くなった飯盒を確認し、綾香が食器の準備を進める。3人で連携して、夕食が完成へ向かっていく。

 太陽は完全に落ちて、山中は真っ暗だ。このキャンプ場だけが、利用客の発する明かりで照らされている。

 人工の光と、自然の光が暗闇を局所的に払っていた。康介達利用客の作った料理が、空腹を誘う香りを放つ。

 バーベキューをしている若者達、同じくカレーを作っている家族連れ。焼きそばを焼いている客も居た。


「さあ、出来ましたよ」


 康介がカレーを完成させ、鍋から皿へ移していく。3人分のカレーが、粗く切られた木製のテーブルに並んだ。

 合掌をしてスプーンを使い、カレーを口元へ運ぶ康介達。眼鏡が曇らないように、諒は外してテーブルの上へ置いている。

 眼鏡のお陰で増していた、クールな雰囲気が少し減少している。年相応の青年らしい見た目を晒していた。

 綾香は密かに、諒の姿を窺っている。彼女は普段の諒も好きだが、眼鏡を外している時の方が、どちらかと言えば好きだ。

 コンタクトにすれば良いのにと、度々告げている。彼女は彼に対する恋心を、胸中に秘めたまま過ごしているのだ。


 妖怪研究会へ入ったのも、諒と仲良くなる為だった。入学した初期の頃に一目惚れし、こうして行動を共にしている。

 告白する勇気が持てず、しかし側には居たい。複雑な乙女心を抱えながら、フィールドワークに臨んでいた。

 不人気で参加者が少なかったのは、彼女にとって幸運だった。それに活動自体も、案外面白かったので一石二鳥だ。

 元々人類学には興味があったから、選択した学部である。意外な側面から見た人々の歴史は、興味深い内容だった。

 そんな彼女の気持ちに、諒はまだ気づいていない。昔から女子からの好意に、疎い面があった。朴念仁という言葉が似合う男性だ。


「今日は中々興味深い経験が出来ましたね」


 康介が食事を続けながら、雑談を始める。その内容は、今日のフィールドワークに関する話題だ。

 雪女と姥捨山に関する、実地調査を行った。高齢の女性を遺棄していた、とされている一帯を巡り歩いた。

 あくまで民間に残る伝承が頼りで、確かな事は正式に分かっていない。公的な記録は、一切残されていないからだ。

 恐らくこうではないかという予測、歴史資料館の解説や、学者達の推測を頼りに調べて回った。もちろん雪女とは、出会っていない。

 少なくとも彼らは、実在していると思っていない。あくまで怪談話の1つとしか、捉えていないかった。


「生き残っていた老婆、という三森さんの説は、俺もあり得そうだと思いました」


「そうだねぇ。案外そんなオチなのかもしれない。殺してから捨てていた、とは限らないからね」


 食事中にする話としては、やや物騒かもしれない。だが3人は気にする事なく、雪女を通じて考察をしている。

 いつも通りのフィールドワーク。彼らはそう思っていた。他の利用客達も、楽しいキャンプを続けていた。

 あちこちで笑い声が聞こえ、諒達とそう変わらない若者達が、酒瓶を手に騒いでいる。ありふれた光景が広がっている。

 しかしそんなキャンプ場で、妙な事が起こり始めた。秋の山中は、昼間と違いかなり寒い。真冬並みの気温まで下がる。

 だがそうは言っても、雪山ほどの気温まで下がらない。だと言うのに、何故か周囲の気温が、急激に下がり始めた。


「あれ? 何か、寒くないですか?」

 

 康介達の中で、いち早く変化に気づいたのは彩香だった。カレーを食べたばかりで、体温は上昇している。

 だからこそ余計に、気温が寒く感じた。そんな勘違いというには、あまりに気温が低すぎる。真冬のスキー場に居るかのよう。


「本当だ……何でだろう?」


「おかしいねぇ? 天気予報ではこんなに寒くは――」


 康介が疑問に思い、手帳を取り出しカレンダーを確認する。彼は必ず、天気を書き込むようにしていた。

 スマートフォンが使えない状況や、電波状態が悪くても確認出来るように。いつも通り、今日の日付を確認しようとした。

 しかし、その手は途中で止まる事になる。周囲から悲鳴が上がり、視線をそちらへ思わず向けた。


「なっ!? どういう事なんだ!?」


 康介が視線を上げると、先程まで酒を飲みながら騒いでいた若者達が、そのままの状態で氷像と化していた。

 明らかに自然現象ではなく、異常な事態が発生している。キャンプ場が氷の世界へ、変わり始めている。

 木々や花、草が凍っていく。恐ろしいモノから逃げるように、鹿やリスなどの野生動物が、わき目もふらずに走って来る。

 冷気に追いやられ、向かって来ている。だが康介達の見ている前で、若者達と同様に氷像へと変わっていく。

 立派な角を持つ大きな牡鹿(おじか)が、足下から少しずつ凍り始める。最後は角の先まで、完全に凍ってしまった。


「三森さん!」


 よく分からない状況だが、迫りくる冷気から諒が彩香を庇おうとする。そして康介が、生徒達の盾になろうとした。

 迫る冷気と氷の世界が、3人へと襲い掛かる。彼らも飲み込まれてしまう。その目前で、巨大な氷壁が地面からせり立った。


「……あれ?」


「2人とも! 平気ですか!?」


「私達、凍って――いない?」


 康介達は、すぐ近くに出来た氷壁へ視線が行く。先程まで無かった巨大な壁は、高さだけで3メートルはありそうだ。

 幅も同じぐらいあり、冷気の到来を阻んでいた。よく周囲を見れば、他の利用客達も同様だった。複数の氷壁が散見される。

 困惑する彼らの耳に、女性の高く美しい声が届く。物凄く怒ったような声で、誰かを糾弾しているらしい。


「私を監禁する事が目的でしょう! こんな無意味な虐殺に、何の価値があるというの!」


「……ふん、お優しい事で。人間の男と、結婚する女だけあるな」


 氷壁の向こうで、誰かが何かを話している。康介達には、ピンと来ない話が続いている。様子を確認しようと、康介が動く。

 しかし次の瞬間、その場に居た全員が意識を失い倒れた。次に目が覚めた時、康介達はテントの中に居た。

 昨夜の事を思い出そうとしたが、3人ともよく覚えていなかった。他の利用客達も、全く同じ状態だった。

 彼らの記憶からは、とある若者達の存在が消えている。その事実に、誰も思い当たる事は無かった。

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