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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第7章 見え始めた敵の輪郭
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第219話 雪女の伝説

 日本の妖怪として、非常に有名な雪女の伝説。東北地方や長野県、山梨県などの雪深い地域が発祥だと思われている。

 だが実際には、大分県や和歌山県など、西日本でも記録が残っている。名称は地域によって、微妙に違っている。

 雪娘、雪女子(おなご)、雪女郎(じょろう)、と分かり易いものから、雪オンバやツララオンナなど、やや独特な呼び方が存在している。

 よく雪女の姿として連想されるのは、真っ白な着物を着た若い女性。もしくは、年老いた老婆の姿であろうか。

 外見に関して記録が残っている姿も、地域によって様々である。シンプルな衣装の若い女性の姿が、定番だというだけだ。

 

 そもそもの話、雪女に対するイメージ自体がバラバラである。一般的には、前述の通り若い女性が最も有名だ。

 しかし、歴史資料や民俗学における姿は、かなり違っている。山姥や産女(うぶめ)などと、混同されている場合も含まれる。

 山姥は一般的に、山に住む老婆の姿をした危険な妖怪の事だ。人によっては、包丁や鉈を持つ姿が思い浮かぶだろう。

 対して産女は、山姥や雪女ほど知名度は無い。妖怪が好きな人間であれば、知っていて当然の存在だが、やはりマイナーな方だ。

 難産や流産で子供を失った母親が、幽霊となったとされる妖怪だ。こちらは基本的に無害で、子供を抱かせて消えて行く。


 むしろ危険とは真逆で、気に入った人間に幸運を与えるという説がある。座敷童に近い存在という解釈があるのだ。

 この辺りが、混同されてしまう要因なのだろうか。雪女もまた、異類婚姻譚という形で、人間に幸福な生活を与える。

 他にも気に入った男性を、吹雪や遭難から救い出したという話もある。人間に優しいという意味で、両者は近い存在だ。

 雪女から母乳を提供され、強くなった侍の話だってあるぐらいだ。産女と同様の存在と考えても、別段不思議ではない。

 だが、決して良い話だけではない。凍死させられた話や、吸血鬼のように、人間の血を吸うという伝承もあるのだ。


 幸せを運ぶ存在という解釈と、危険な存在だという解釈。両方が存在している妖怪で、山姥と混同される理由も分かる。

 どちらも山に出現する妖怪として、古くから記録されて来た。雪女については、室町時代からその存在を確認出来る。

 雪の精霊や山の化身、もしくは雪山で亡くなった者の幽霊、という見方であるものが大半だ。その解釈は、概ね当たっている。

 妖異として生まれた雪女は、雪山の化身という側面を持つ。人間の亡霊という認識は、産女と混ざってしまった結果だ。

 人間が妖異に似ている遠因として、雪女の存在がある。大江(おおえ)イブキのような鬼もそうだが、現在の人間と容姿が似ている。


 雪女とは全く別の存在だが、雪男も人間に近い容姿を持つ。毛深い大男で、類人猿のような見た目をしている。

 彼女達や彼らが、人間の外見に影響を与えているのだ。そんな事実を知らない人間達が、長野県にある山の中を歩いている。

 全員が登山用の装備を揃えており、大きなリュックを背負っている。山をよく知っているのか、軽装ではない。


「この冠着山(かむりきやま)は、姥捨山(うばすてやま)の舞台とされた山だよ。多くの年老いた女性が、ここへ連れて来られた。君達は知っているかな?」


 先頭を歩く60代ぐらいの男性が、元気よく山道を進む。彼は東北の大学で、人類学について教えている教授だ。

 工藤康介(くどうこうすけ)という名前の、白髪交じりの中肉中背の平凡なタイプだ。穏やかな雰囲気を持ち、優しい声音で話ている。

 康介のすぐ後ろには、2人の若い男女が続く。見るからに大学生と言った風貌の、20歳前後に見えるフレッシュな学生だ。


「聞いた事はあります。口減らし、みたいな事ですよね?」


 フレームレスの眼鏡をかけた、クールな雰囲気の青年が答える。それなりに整った容姿で、異性に困った事はなさそうだ。

 背は高く、180センチはあるだろう。筋肉質には見えないが、さりとて頼りなくは見えない。痩せすぎ、という事もない。

 多くの人間が、モテそうなイケメンと判断するだろう。ただし、誰しもが、とまでは言えない。見る人の好みによる。

 彼の名前は神木諒(かみきりょう)。大学に通い始めて、2年目が終わろうとしている。先日誕生日を迎え、20歳になったばかりだ。


「結構残酷な話ですよね」


 諒の隣を歩くのは、胸元まである長い髪を持つ女性。紺色に近いダークブルーの髪が、毛先だけ器用に巻かれている。

 2人の男性と同じく、女性用の登山服を着た小柄な女性だ。諒と比べれば、20センチ程の身長差が出来ている。

 背の高い諒と、平均的な身長の康介、そしてこの三森彩香(みもりあやか)が並ぶと、見た目のバランスが取れる。

 諒から綾香にかけて、緩やかなカーブが出来上がる。彼女もまた、恵まれた容姿を持つ。

 可愛らしい声と顔立ち、そしてスタイルの良さが、一度見ただけで理解出来るだろう。諒と綾香は、同じ学部に通う同級生だ。


「まあね。当時の価値観であったり、統治者の方針であったり。色々な要因はあったけれど、今を生きる僕達から見れば、結構残酷な行為だね。いつの時代も高齢者が、問題になるね」


 自嘲するように、康介は笑っている。自分も高齢者の側であり、かつて姥捨山へ連れて行かれた者達と変わらないから。


「まあその話は、今重要じゃない。雪女はそうして山で亡くなった、高齢女性の怨霊という見方もあるんだよ」


「ああ、その解釈は理解出来ます」


「生々しくて嫌だなぁ」


 康介達は、妖怪研究会のメンバーだ。康介を顧問とし、諒と彩香が現役の部員だ。マニアック故、他に部員は居ない。

 少し前まで、3回生と4回生の生徒達が居た。前者は就活に忙しくなり、後者は卒業して行った。追加の部員は、予定がない。

 人類学と妖怪については、アニミズムの視点、つまりは全ての存在に精霊が宿るという考えから、人類の歴史を知る上で相性がいい。

 地域に根付いていた文化や、伝承などから恐怖の対象を知る。かつて何を恐れて、どう対策していたのか。

 何故そのような考えを持ち、浸透して行ったのか。康介達は、日本中にある雪女の伝承を通じて、調査しているのだ。


「雪女はあちこちに記録があるけれど、姥捨山は長野県にしかない。独自の解釈が出来るね。君達はどう見る?」


「うーん……申し訳なさや、後悔が生む幻想、とかでしょうか?」


 諒が自分なりの意見を伝える。3人で歩きながら、考察をしている。雪女とは、一体何であったのか。


「悪くない考え方だね。三森さんはどうかな?」


「そうですねぇ、森の生活に適応し、生き残った人を、偶然見た人が勘違いしたとか?」


「可能性としてはゼロじゃないね。現在よりも、山に資源は沢山あっただろう。当然食べられる物もね」


 まだ強い紫外線を放つ陽光が、木々の隙間から射し込んでいる。10月は本来秋だが、まだ紅葉は進んでいない。

 一部ではオレンジ色になっているが、全体を見れば青々とした葉が揺れている。このまま秋は、無くなってしまうのか。

 そんな考えも脳裏に浮かんでいるが、3人の会話は雪女に集中している。人々はどうして、雪女という存在を想像し、生み出したのか。

 日本各地で似たような伝承があり、細部がそれぞれ違っている。だが根本は同じで、雪山や冬に現れる点は共通する。

 どうしてそうなったのか。現代と違い、テレビやインターネットはない。流通網も今より随分と貧弱だった。


「そもそもどうして、女性と決まっているんだろう? 雪男はまた違いますし」


 諒が悩みながら、知恵を絞っている。姥捨山に関しては、放置された老婆という分かり易い例がある。しかし、他の都道府県は条件が違う。


「一応日本では、本が大昔から存在するからね。噂話が広がって行った結果、というのもあるだろうねぇ」


「都市伝説、みたいな事ですか?」


 彼らなりの考察を進めながら、康介達は冠着山を進んで行く。この山には、広いキャンプ場がある。

 そこへ活動拠点を設置する為、歩いているのだ。彼らにとって、フィールドワークは慣れたもの。不安に思うのは、熊ぐらいだ。

 だからこそ、彼らは警戒すべき相手を理解していない。熊や猪よりも、恐ろしい相手。本物の妖異を、彼らは知らない。

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