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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第7章 見え始めた敵の輪郭
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第217話 梓美の母親について 後編

 永野梓美(ながのあずみ)へ送られて来た、脅迫状の内容はシンプルだった。母親の命が惜しければ、単独で長野県まで来い。

 そして長野県にて、新たに就任した支配者の妻となれと書かれていた。大江(おおえ)イブキが言う通り、まるで人間の描くドラマのよう。

 手紙の内容に、碓氷雅樹(うすいまさき)は憤慨している。あまりに目茶苦茶で、身勝手が過ぎるというものだ。

 気に食わない、という意味では那須草子(なすそうこ)も同感だ。彼女は自由恋愛を推奨している妖狐だ。少々自由過ぎではあるが。


「何ですかこれ!? こんなのあんまりですよ!」


「ふんっ……妖異ともあろう者が、(つがい)もまともに見つけられないなんて。よほどモテない男なのね」


 雅樹は怒り、草子は蔑む。そしてイブキは、呆れ返っている。まさかこんなバカげた手を、使って来るなんて思わなかった。

 だが実際、有効であったのは確かだ。京都府で暮らす妖異の中で、梓美は若手のエースであった。

 一条愛宕(いちじょうあたご)と双璧を成す、次代の支配者候補だ。イブキが乾英子(いぬいえいこ)を生んでからは、英子を将来支える立場にある。

 もちろん、英子がイブキの後任に相応しくないと判断されれば、梓美か愛宕のどちらかが支配者となる。謂わば主戦力と言っていい。

 梓美を京都から離せば、戦力の低下は免れない。だが今まで、梓美の母親を盾にされた事は無かった。


 当たり前の話だが、誇りある妖異ならば、そんな情けない手段は使わない。一部の妖異は平気でやるが、本来なら邪道だ。

 卑怯者の誹りを受けても文句は言えず、場合によっては周囲の支配者から距離を取られる。決して推奨される行為ではない。

 この事実を公表すれば、周囲から新しい支配者が、嫌われる可能性はある。だが、それでは梓美を助けられない。

 結局彼女の母親は、恐らく黒澤会(くろさわかい)の手中にある。母親を助けなければ、梓美は利用される続ける。解決にはならない。

 とは言え、長野県は東日本である。今からイブキが、どうこう出来る話ではない。何せ彼女は、西日本を代表する存在。


「助けてやりたいが、私が解決するのは難しい。何よりも、また京都を襲撃する為の罠かもしれない。あまり迂闊に動けないんだ」


「そんな……」


 京都の最高戦力であるイブキが、今京都を離れるのは厳しい。本来なら英子を支える存在が、欠けた状態ではリスキーだ。

 愛宕だけに任せるのは、戦力として不安が残る。他の妖異達も大勢いるが、今回のような強襲に、対応出来る者は限られる。

 京都に対する嫌がらせとしては、中々厄介な方法を取って来られた。だからと言って、代理に英子か愛宕を向かわせるのは危険だ。

 西の妖異として知られている以上、守りに入られてしまうのは確実。梓美の母親を救出するのは困難だ。

 イブキが迎えば、京都が手薄だと宣伝して回るようなもの。堂々巡りで、結局は身動きが取れない。厄介な問題となっていた。


「梓美だって、それが分からない愚かな子じゃない。だから梓美は、私に真実を話して長野へ向かった。母親の(いずみ)を助ける為に」


 雅樹に黙って行ったのは、言いたくなかったからだ。愛した少年ではなく、知らない男の妻になる事実を。

 彼へ向けていた梓美の愛は、偽りではなく本当だった。今まで正体を明かした男性達と、全然対応が違ったから。

 都合よく性欲を解消させてくれる相手や、恐怖の対象として見て来ない。どれだけ喰らおうとも、先輩扱いのまま。


「まあでも、雅樹の記憶だけは残して欲しいと願った。そこに執着が残ってしまう辺り、梓美もまだ若い妖異だね。人間の父親を持っているのも要因かな」


「あら、良いじゃないそれぐらい。少なくともあの小娘も、気持ちだけは本当だったという事ね」


「今はそれどころじゃないでしょう!? どうにか出来ないんですか!?」


 愛の話を始めたイブキと草子へ、雅樹が思わずツッコミを入れる。対策を考えるべきだろうと、彼は言いたいのだ。

 しかし、イブキと草子はもう理解している。今どうしてこのメンバーで集まり、梓美の話をしているのか。

 イブキが動けない事情を、わざわざ明かしてみせたのか。草子は即座に察し、イブキも伝わったと分かった。

 だから今、こんな話を出来ている。梓美を助けようと思うのならば、1つだけ方法がある。もう答えは、この室内に提示されている。


「方法ならあるよ。だけどその方法は、君の覚悟に掛かっている。ねぇマサキ、君は梓美を助ける為に――命を懸けられるかい?」


「……お、俺、ですか?」


 突然問われた、命を懸ける覚悟。予想もしていなかった話で、雅樹は混乱している。どうして自分なのだろうと。


「簡単な話よ、まー君。酒吞やその配下は、すぐに警戒される。私はまだマシでしょうけど、まあ警戒はされるわ。だけど、今の日本で唯一、妖異を相手に戦える人間。碓氷雅樹(アナタ)なら、すぐ気づかれる可能性は低いわ」


 雅樹は草子の言葉で、状況を理解した。雅樹はこれまでの生活で、妖異について色々と教えられて来た。

 だから彼は知っている。通常、支配者は侵入して来た妖異へなら、意識を向ける。だが人間に対しては、いちいち向けない。

 現代を生きる人間が、妖異と戦える存在ではないと知っているから。脅威ではないと、理解しているから警戒しない。

 大昔であれば、一部の人間は警戒された。妖異を相手に、戦いを挑む者達。名将、猛将と呼ばれた豪傑達。

 そんな存在は、現状確認されていない。碓氷雅樹という、イレギュラーを除いて。雅樹だけは、蛇女アカギを斬った実績を持つ。


「私が栃木県に戻って調べていたのは、まー君への認識についてよ。こうして活動していれば、また狙われる可能性があったから。だけど、多くの東の妖異は、あまり貴方の価値を信じていなかった」


 現代の高校生が、支配者を斬った。そんな馬鹿な話があるかと、多くが笑っていたという。蛇共が、負けたからと言い訳をしている。

 そんな人間と知らずに攫ってしまい、結果負けてしまいました。情けない言い分だと、まともに受け取られなかった。

 雅樹の取り合いについても、今ではあまり話題になっていない。そんな理由で、玉藻前が移住する筈ないだろう。

 他に何か、理由があるに違いない。東日本の妖異達は、そのように認識を改めている。西日本と違い、雅樹を見る機会が少ないからだ。

 普段からイブキと草子が、揃って雅樹と過ごす姿は、現状西日本でしか見せていない。真実を知るのは、栃木と群馬の妖異だけ。


「マサキが梓美の母、永野泉(ながのいずみ)を救出する。もしその気が君にあるなら、打てる手は増える。気づかれないように、解放するんだ。君が、命を懸けて。ただ……私は正直やらせたくない。君との契約とも、反してしまうからね」


「……私も正直、やって欲しくないわね。悪いけどあの小娘の為に、まー君が命を張る必要が――あるようには見えない」


 雅樹は自分へ問い掛ける。今回は、囮役なんかで済まない。どこかへ幽閉されているらしい、梓美の母親を救い出す。

 果たしてそんな事が、自分に出来るだろうか。いつもみたいに、すぐ助けて貰えるか分からない。危険度は、これまでで一番高い。

 草子の補足によれば、護衛代わりぐらいは用意出来るという。しかし、イブキや草子には遠く及ばない。

 あまり強い妖異を付けると、勘繰られてしまう可能性がある。あくまで雅樹を狙っている並みの妖異、そう思わせる必要があった。


「俺は……」


 梓美を愛しているのかどうか。命を懸けて、助けたいと思う程に。正直に言えば、分からないという回答になる。

 雅樹はまだ、自分の気持ちが整理出来ていない。迷いのようなものがある。女性として、好きかは分からない。

 けれど、このままで良いとも思えない。何も言わずに行ってしまった梓美に、少し文句も言ってやりたい。

 自分に出来る事があるなら、何かしてあげたいとも思う。雅樹は滋賀で、梓美に守って貰った。自分の意思を貫く為に。

 なら今度は、自分が恩返しをする番ではないのか。対価として、感情は差し出した。でもそれは、労働への対価だ。


「俺は――梓美先輩には自由であって欲しい。だから、俺は助けたい。死にたくはないけど、諦めたくもない」


 真っ直ぐにイブキの目を見ながら、雅樹は素直な気持ちを述べた。妖異と戦うのは怖い。でも、梓美がいいように使われるのは嫌。

 我儘な考えなのかもしれない。勝手な言い分かもしれない。それでも雅樹としては、この回答しか出て来なかった。


「……はぁ、やはりこうなるか。というわけだ玉藻前、君の弟子はやるつもりだ」


「卑怯よ貴女、どうせこうなると分かっていて、私を呼んだでしょう」


「当たり前だろう。私はお前の都合より、マサキの命を優先する」


 こうして雅樹の保護者と、師匠が対策を考え始める。出来る限り、雅樹が死なずに済む方法を。話し合いは、長く続いた。

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