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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第7章 見え始めた敵の輪郭
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第214話 様子のおかしい梓美

 冷泉翠(れいせんみどり)の乱入で、巨大な怪鳥は倒された。タダ働きを嫌う彼女は、碓氷雅樹(うすいまさき)をしっかり喰らった。

 荒々しく口付けをされ、感情と精気を吸われてしまった。雅樹は今、無の心で倒れている。他の妖異達と比べて、翠が一番荒々しい。

 満足そうな彼女の背後では、灰の山がサラサラと風で消えていく。少し離れた場所で、乾英子(いぬいえいこ)が電話をしている。


「そう。さっき落ちて来た塊を調べたいのね? 分かったわ。暫く異界は維持しておくわね」


 何やら事態が進行しているらしいが、雅樹はボーっとしている。周囲の情報が、あまり頭に入って来ない。

 どことなく違和感があるような、ないような気がしている。どうしてそう思うのか、考えるだけの気力がなかった。

 大江(おおえ)イブキや那須草子(なすそうこ)が相手なら、ある程度の余裕を残してくれる。だが翠は、一切の容赦がないのだ。

 彼女は吸えるだけ吸っていく。海のハンター、もしくはギャングと呼ばれるシャチの祖先が、進化した存在なだけあった。

 凄まじい疲労感が、雅樹を包んでいる。精気は生命力と直結しており、一気に吸い尽くされると大きな疲労を感じる。


 イブキや草子のように、丁寧なタイプだと多少の疲労感と、若干の快楽を覚える。雅樹が慣れて来た、というのもあるだろう。

 永野梓美(ながのあずみ)一条愛宕(いちじょうあたご)も、どちらかと言えば丁寧だ。絶妙に心を乱されつつ、ゆっくりと無の境地へ至っていく。

 たまにイブキは、悪戯心が刺激されたのか、激しい時もある。それでも、翠と比べればかなり優しい方だ。

 一言で表すならば、一気飲みだろう。素早くペットボトルの水を、飲み干すような吸い方。おまけにペットボトルが潰れても、気にしていない。

 異界の空を眺めながら、雅樹は少しずつ回復している。そんな彼を眺めながら、翠は笑いながら雅樹へ話し掛けている。

 

「なあ碓氷、そろそろアタシで童貞を捨てる気になったかい?」


「……不安しかないので嫌です」


「大丈夫だって、死なずに終われるさ。多分ね」


 絶対に嫌だと、雅樹は徹底して拒否している。翠が魅力的な女性だと、雅樹だって思っている。

 イブキや草子と同程度に、美しい女性だ。豪快な面はあるものの、ただ暴力的なだけではないと知っている。

 人間の為に、動いてくれる妖異でもある。結構な姉御肌で、面倒見のいい一面も持ち合わせている妖異だ。

 スタイルだってかなり良い。性欲の解消だけで考えれば、翠は最高級の相手と言ってもいい存在だろう。

 雅樹だって年頃の男子高校生なので、真っ当な性欲ぐらい持っている。だがそれでも、翠の相手は怖かった。


 人魚は見目麗しい者が多く、外見だけなら深窓のご令嬢に見える者も居る。しかし、例外なく貪欲なハンターだ。

 美女と性的な関係を結べれば、もう死んでも構わない。そんな男性なら良いかもしれないが、雅樹はそう思わない。

 もし恋愛として誰かと関係を持つなら、少なくとも翠だけは対象外だ。好きになった結果なら、仕方ないとは思っているが。

 いずれにしても、翠と関係を持てば高確率で死ぬ。その覚悟も無しに、人魚と安易に関係を結んではいけないのだ。

 雅樹が翠を拒否しつつ、回復を待っているところへ、新たな美女達が参戦する。宇治から駆けつけた、イブキと草子である。


「……はぁ、遅かったか」


「まー君! 貴女、また手を出したわね!」


 翠の襲来に気づいたイブキ達が、急いでやって来たが少し遅かった。イブキは呆れ返り、草子は激怒している。

 ダウン中の雅樹を、草子が甲斐甲斐しく労る。同時に翠へと猛抗議を開始。いつものやり取りが始まった。

 そこで雅樹は、ようやく違和感の正体に気づく。先程から、梓美が妙に静かだ。普段通りなら、真っ先に翠へ抗議する筈。

 例えば英子は、いつも通り雅樹を嫌悪の目で見ている。またイブキではない女性に囲まれて、チヤホヤされているからだ。

 見慣れた光景の中で、梓美だけなぜか様子が違う。遠くを見つめながら、固まっている。梓美から明るい空気を感じない。


「梓美先輩……梓美先輩?」


「……え、あ? ごめん雅樹君、どうかしたん?」


「いや、何だかいつもと違うなって……」


 近くに立っていた梓美が、雅樹の方を向く。ニコニコと笑顔を浮かべているが、何か違う気がしている雅樹。

 梓美の全てを語れる程に、雅樹は梓美を知らない。春に知り合って、秋を迎えた程度の期間を過ごしただけ。

 千年以上生きている梓美の、過去なんて知らない。どうやって生きて来たのか、少し知っているだけだ。

 人間の父親と、雪女の母親を持って生まれた。それしか知らず、両親がどんな相手か薄っすらと聞いた程度。

 家族と過ごした時間を、幼い頃の梓美を、殆ど聞いた事はない。どうして京都で、イブキの配下をしているのか知らない。

 

「あ~うん、ちょっと考え事をな」


「怪我とか、してません?」


「大丈夫やって、何でもないから」


 右手を振って否定する梓美。雅樹は彼女が、左手で何かを隠したような気がした。だが次に左手が見えた時、何も持っていなかった。

 気のせいだろうかと、雅樹は訝しむ。しかし梓美にだって、悩む事はあるだろう。知られたくない事も、当然ある筈。

 しかも相手は女性であり、踏み込んでいい事か分からない。センシティブな話かもしれないし、無理に聞き出すのは憚られる。

 何より雅樹がずっと、誰にも聞けていない疑問があった。妖異の女性も、人間のように生理があるのか。産めるなら、あるのではないか。

 嫌らしい意味ではなく、辛い日があるのなら、気遣いが必要だろうと考えての事。だが、普段側に居る妖異は女性ばかり。


「体調不良、とかでもなく?」


「妖異が体調を崩すなんて、滅多にあらへんて」


 直接女性陣に向かって、妖異も生理があるのかなんて、聞ける筈もない。それとなく触れる程度で、留めておく雅樹。

 結局真相は分からないままだが、とりあえずこの場は良しとする。少なくとも、体調不良や怪我の類でないと分かった。

 それからの梓美は、ずっと明るく振る舞っている。雅樹を巡った争いに、普段通り参加している。翠への講義も始めた。

 じゃあやっぱり、自分の気のせいだったのか。気力が回復し始めた雅樹は、それ以上考えるのを止めた。どうせ考えても、分からないから。

 女性という存在は、やっぱり複雑で難しい。自分達男性と違い、簡単に分かる相手ではない。雅樹は自省も含めて、苦笑している。


 この時雅樹が感じた、違和感は間違いじゃない。梓美以外の誰も、気づいていない出来事が密かにあった。

 事が起きたのは、巨大な怪鳥が倒された直後だ。翠が雅樹を捕獲していた最中に、一通の便箋が突然梓美へ飛んで来た。

 何故こんな物がと、彼女も最初は訝しんだ。しかし宛名には、永野梓美の名前が書かれていた。ならば、自分宛ての手紙だ。

 恐らく怪鳥が倒されれば、発動する妖術でも仕組まれていたのだろう。そう思って、梓美は封を切り中身を確認する。

 黒澤会と思わしき相手が、一体自分に何の用事があるというのか。純粋な興味があり、彼女は特に警戒せず開いた。


「お母さま、とりあえず私は、生徒達への対応を始めます」


「ああ、ここは任せるよ。翠、お前はとりあえずこっちへ来い」


「何だい? アタシにお説教でもしようってのかい?」


「ここが誰の支配圏か、分かっているのか君は?」


 雅樹の周囲が騒がしくなり、もう誰も梓美の方を見ていない。届けられた手紙など、誰も知らないままだ。

 英子の手伝いに呼ばれた梓美は、雅樹の側を離れていく。今もまだ、草子に介抱されている最中だった。

 彼女にとって、雅樹が特別な相手だったのは本当だ。本気で碓氷雅樹という少年を、心から愛している。

 だが今、彼女の前に提示された条件は、雅樹と共に居る未来を許さない。異界を出る直前に、梓美は僅かな涙を流した。

 彼女の唇が紡いだ言葉は、別れを示すためのもの。バイバイという悲しき一言が、雅樹の耳に届く事は無かった。

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