第213話 京都支部と攻撃
京都府への強襲については、当然妖異対策課も把握していた。大江イブキが異界を展開する直前に、緊急警報が発令。
京都支部内は大騒ぎとなった。空から妖異が大量に投下されて来るなど、前代未聞の出来事である。
偶然にも、室長の東坂香澄が支部を出てしまう前だった。香澄は予定を全てキャンセルし、指令所へ直行した。
指令所内はパニックになりかけていた。このような事態に対して、マニュアルなんて存在していないからだ。
全員がどうしたものか、右往左往している。鳴り続けるアラートと、次々と入って来る情報の嵐。
「落ち着きなさい! 宇治市へは即座に部隊を派遣! オペレーターは冷静に情報の精査を始めて!」
タイトスカートを履いたビジネススーツの女性、香澄が指令所へ入るなり指示を出す。職員達が指示通りに動き始める。
普段からクールな雰囲気を纏う香澄は、ややツリ気味の目で大きなモニターを注視している。自分でも必要な情報を確認する。
イブキほどではないが、十分に美しい香澄の顔は真剣そのものだ。口元で軽く右手を握り、人差し指を上唇に近づける。
紅い口紅が付着しない程度に、唇に触れさせて悩んでいる。必死で考えている時に出る、彼女の癖のようなものだ。
そのまま自分専用の席に座って、ストッキングに包まれた、細くしなやかな足を組む。状況はあまりよろしくない。
「上空に怪しい機影は?」
「少しお待ち下さい……宇治市上空に1機! 登録情報は……ありません! 所属不明機です!」
「空自への連絡は?」
「今こちらで行っている最中です! 向こうも混乱しているようで。突然現れたらしく――」
空を飛ぶ妖異も居る為、妖異対策課は空も監視対象としている。しかし今回のように、航空機については、普段あまり気にしていない。
まさか大量の妖異を運んで来て、投下されるなんて想定していない。チェックが後回しになるのも当然だろう。
航空自衛隊も、今まで発見出来なかったようだ。今行われているのが、黒澤会による報復であると仮定するなら。
自衛隊でも発見出来ないような、航空機を所有していても不思議ではない。妖異の力を借りた、特殊なステルス機。
そう言ったものが、存在する可能性は十分ある。妖術で存在を隠す航空機など、科学の力で発見するのは不可能だ。
今はレーダーで見えているのは、恐らくステルス機能を解除する必要があった。香澄はそのように考えている。
随分と思い切った事をしてくれたなと、香澄はある意味では感心していた。同時に、探られたくない腹だったと確信しても居る。
この前行った強制捜査が、よほど腹に据えかねたか。本命へ手が届く前に、このような航空機を出して来た。
ギリギリまで温存しておいた方が、もっと効果的だっただろう。今の段階で、こうして見せてしまっている。
相手の真の狙いはまだ分かっていない。だが、この段階でステルス機の保有を知れたのは、大きいと香澄は考えた。
「空自に撃墜命令を出して」
「げ、撃墜ですか!? 流石にそれは……」
「責任はこちらで取ると伝えて。異界内へ散らばった破片を、回収する部隊も追加で送って頂戴。イブキ様には私が伝えます」
そっちがその気ならば、香澄は容赦をしない。ステルス機能を切っている今、落としてしまった方がいい。
今回はイブキが即座に動いたお陰で、現状大きな被害はない。しかし本来ならば、甚大な被害が出ていた可能性がある。
こんな危険かつ、非人道的な行為を平気で行える。そんな人間と機体を、無事に帰すわけにはいかない。
相手は自衛隊が攻撃しないと思っているだろう。だが香澄ならやる。今後を考えて、情けはかけない。
自衛隊へと指示が飛び、緊張感がより増し始めた時、新たにアラートがなる。2機目の所属不明機が姿を現した。
「京都市上空に、同型と思われる機体が出現しました!」
「まさか、狙いは私達!?」
イブキを初手で南へ誘導し、妖異対策課へも攻撃を仕掛ける。二段構えの作戦なのかと、香澄は席から立ち上がる。
「こ、これは……違います! うちじゃありません! 狙いは上京学園です!」
「何ですって!? まずいわ! まだ学校は授業中よ!」
流石に普段からクールな香澄も、これには焦った表情を見せる。幾ら乾英子と永野梓美が居るとはいえ、居るのは殆どが未成年だ。
碓氷雅樹を除き、妖異なんて知らない学生ばかり。妖異対策課ではなく、そちらを狙うのか。香澄は怒りを燃やす。
狙うならば、本来こちらの筈。しかし強制捜査とほぼ無関係な、学生を狙って来た。あまりにも卑劣な行いに、拳が震える香澄。
自分達なら、最悪襲撃を受ける覚悟もある。危険を承知でこの仕事をしている。だが、学生達は何も知らない。
「英子様の異界を検出!」
「すぐに救助隊を送りなさい! 早く!」
英子と梓美なら上手くやる筈。そう頭では分かっていても、とても安心出来ない香澄。指令所の空気も最悪だ。
もし犠牲が出ていたら、英子や梓美が間に合わなかったら。嫌な想像が、職員達の間で伝播していく。
暗い雰囲気の中、良い報告として、1機目の撃墜報告が入る。香澄は回収班に指示を出し、一旦落ち着いて座席へ座る。
背もたれに体を預け、天井を見上げる。もう香澄には、犠牲が出ない事を祈るしかない。そこで三度目の、アラートが鳴った。
「室長! うちがハッキングを受けています!」
「そう来るのね! 対処を急いで!」
京都支部へも、攻撃が行われ始めた。少しずつ間隔を空けて、三段階で攻撃を計画していたらしい。室内の緊張が最高潮に達する。
ハッキング攻撃の狙いは何か、香澄は落ち着いて考える。問題が連続で起こり、処理せねばならない情報が多い。
これでもう、相手は黒澤会で確定と見ていいだろう。宇治市は一条愛宕の住処。上京学園の学園長はイブキの娘。
ついでに言えば、雅樹が強制捜査へ同行していた。そして妖異対策課の京都支部。状況証拠としては十分過ぎる。
「……駄目です! 相手の方が一枚上手です!」
「東京支部……まさかセキュリティシステムまで、奴らに明かしていたのね」
妖異対策課は、共通のセキュリティシステムを使用している。東京支部が全ての情報を漏洩させていたなら、抵抗するのは難しい。
セキュリティの一部が漏洩どころか、何もかもを知られている。弱い部分なんて、全部筒抜け。向こうは攻略本を所有している状態だ。
せめて何か出来る事を、香澄は素早く考える。ハッキングをする目的と、相手の狙いは容易に想像がついた。
「メインサーバーを落として頂戴」
「で、ですが、そんな事をすれば――」
「分かっているわ。でもやって頂戴。ここ最近得た情報を、見られては困るもの」
すでにハッキングはかなり進んでいる。捜査情報まで手が届くまで、そう猶予は残されていない。
強引なシャットダウンに出れば、復旧に時間が掛かってしまう。おまけに、復旧作業の際には失敗が許されない。
問題はそれだけでなく、指令所のシステムも殆ど使えなくなる。かなりアナログな対応を、迫られる事になってしまう。
それらを承知で、香澄はシャットダウンを指示。一番手っ取り早く確実な、物理的な切断が行われた。つまりはコンセントを抜いた。
保守担当は頭抱えているかもしれないが、どこまで掴んでいるか、最新の捜査情報は守れた。最悪サーバーが死ぬ可能性はある。
だが黒澤会に関する捜査情報は、大江探偵事務所にもある。先日のUSBメモリと、DVD-ROMも残っている。
「室長、空自から2機目も撃墜したとの報告が入りました」
「そう。お礼を言っておいて。それから、上京学園へも回収班を。丁度いいわ、英子様にも私が連絡します」
香澄がスマートフォンを取り出し、イブキと英子へ順番に連絡する。異界へ墜落した機体を回収したい事。
それが終わるまで、異界を残して欲しいという事も伝えた。英子の方も、どうにか終わったらしい。
一旦は落ち着いたが、忙しいのはこれからだ。サーバーが死んでいたら、過去全ての捜査情報等を入力せねばならない。
クラウドサーバーでは無かったお陰で、こちらの手の内、情報は守れた。しかし、労働基準法は守れないかもしれない。香澄は大きくため息を吐いた。




