第211話 強化された異形
大江イブキと那須草子が、京都の南部、宇治市の異界で戦っている。イブキの妖力で出来た、紅い空間が広がっている。
ここには妖異しかおらず、異界に広がる妖力の色を正確に把握出来る。これは乾英子の異界も同じで、紅い空間だ。
しかし人間の碓氷雅樹には、この色が認識出来ない。可視化される程に、濃密であれば別だ。紅く輝くイブキの瞳のように。
「ちっ! 奴ら、コイツらに相当喰わせたな!」
イブキは巨大な双頭のワニと戦闘している。背中に生えた翼で、飛行しながら喰らいついて来る。
全長は8メートルほどで、体の幅が6メートルはあるだろう。頭の高さは4メートルぐらいか。巨大だが、俊敏でもあった。
器用に飛行しつつ、突撃を繰り返す。保有する妖力は、かなり多い。少なくとも、永野梓美を上回っている。
イブキの見立てでは、人間が作ったとしても、恐らくは最近の筈。100年は経っていないだろうと、予想していた。
だが目の前にいる妖異は、長年生きている梓美よりも妖力が多い。本来なら有り得ない事だ。何かをしていない限り。
「妖異のクローンが作れるのなら、幾らでも与えられるでしょうしねっ!」
草子はカブトムシとムカデのキメラと、対峙している。カブトムシの背中、羽の付け根辺りから、ムカデの体が生えている。
こちらは全長が10メートル程で、ムカデの頭までは7メートル。カブトムシ部分の全幅は、足も含めて5メートルぐらいか。
ムカデの方は高さが3メートル程で、幅は4メートル程度。悪趣味な見た目で、執拗に突撃を繰り返している。
巨大な角で、草子へ突っ込むキメラ。草子が鉄扇で弾き、勢いを殺す。妖異の戦いにおいて、体の大きさはあまり関係ない。
大きければ強いと決まっておらず、こうして遥かに小さいイブキや草子が、有利に戦いを進めている。重要なのは、保有している妖力だ。
「今更掟なんて、守る気もないだろう。全く厄介な事をしてくれるね」
「魂のない妖異なら、違反しないとでも言うんじゃないの?」
お互いに背を向け合いながら、目の前の相手と戦っている。強化された人工の妖異であっても、まだイブキ達には及ばない。
イブキや草子は、恐竜が生きていた時代を知っている。幾ら強化しようと、この領域までは辿り着くには時間が足りない。
それでも無理をしたのか、梓美を超えはした。もしかすると、強い妖異から妖力を分け与えさせた可能性もある。
急造仕上げだとすれば、頑張った方だろう。イブキと草子からすれば、いい迷惑としか言えないが。
保有している妖力は、そのまま強さに反映される。多い程、攻撃力が高く頑丈だ。少ない程弱く、すぐに死んでしまう。
人間の幽霊が最弱クラスなのは、これが理由だ。最初から持っている保有妖力が少ない。これは動物の幽霊化と少し違う。
何らかの理由で死亡し、妖異へと至った動物。この場合、人間よりも保有している妖力が多い。少ない方なのは変わらないが。
幽霊化はどうしても、成り立ち方からしてハンデがある。正規ルートの妖異化ではないので、無理をした分が反映されてしまう。
長く生きた動物が、妖異化した場合もまた違う。自ら妖異の因子を生み出す時点で、結構な量の妖力が溜まっている。
草子のような妖狐が、いい実例だろう。金毛九尾、今は八尾だが、高い妖力を持って狐から進化した。
最初から九尾では無かったが、妖異となった時から結構な強さを誇っていた。更に長い時を経て、今の草子へ至った。
稀有な例で言えば、道具や物体の妖異化がある。草子の妹分、王貴人と呼ばれていたメノウが、このタイプに該当する。
妖異が大切にしていた琵琶に、妖力を注いだ。かなりの妖力を頂き、妖異へと至った。この場合は生みの親次第だ。
弱い妖異が親ならば、大した妖異にはなれない。だが親も強ければ、生まれる妖異も強力だ。メノウは後者だった。
ではイブキ達が対峙している相手の場合、生みの親が恐らく人間で、本来なら妖異化するのは困難だ。
「いい加減しつこいなぁ。焼き払ってやろう」
「ならばこちらは、刻んであげましょう」
普通なら有り得ない人工の妖異。だが、こうして実在してしまっている。妖異と思われる、何者かの協力を得る形で生まれている。
しかもこうして、強化までされている。どこまで妖異が歩んで来た、積み重ねた歴史を踏みにじれば気が済むのか。
協力した妖異に、イブキは是非とも聞いてみたいと思う。どういうつもりで、こんな愚かでバカげた事をやっているのかと。
「燃えろ」
イブキは鬼火を放ち、双頭のワニの翼を焼いた。鬼火の青い炎が、相手の防御力を上回った。黒こげとなり、ワニが地上に落下する。
飛行能力は失ったが、まだワニの足が残っている。諦める事なく、果敢に挑みかかる双頭のワニ。2つの顎が、イブキを狙う。
「君では力不足だよ」
イブキが下顎を蹴り上げて、そのまま思い切り殴り飛ばす。身長180センチ対、全長8メートルの戦い。パワーで勝つのはイブキだ。
冗談みたいに、ワニが吹き飛んでいく。幾つかのビルや商店をなぎ倒していく。異界でなければ、大惨事だっただろう。
追い打ちを掛ける為に、イブキが走って追いかける。パンプスで踏み込んだアスファルトが、激しく凹みクレーターが生まれる。
「まあ、そこそこ強かったよ。君に恨みはないけど、マサキを待たせているからね」
いつかのように、イブキの目が紅い輝きを増していく。長く鋭い爪に、紅い輝きが灯った。倒れているワニへ、両手を振るう。
全身を切り裂くように、イブキの爪が振るわれた。斬撃の跡が、紅く輝く。追い打ちの斬撃が発生し、全身から紅い光が放出される。
片方の頭が、ボトリと落ちた。残った方の頭へ、イブキの爪が再び振るわれた。正面からバッサリと、頭部が縦に裂かれた。
下顎から振り上げるように、掲げられたイブキの右腕。ゆっくりと腕を下ろすと、双頭のワニは灰となって消えていく。
ちょうど同じ頃、草子の方も決着がつきかけていた。既にカブトムシの角は斬り落とされ、いつの間にか背中の羽根も無くなっている。
草子の鉄扇で斬り落とされた部位が、あちこちに落ちている。毛針を飛ばしていた上部のムカデは、もう原型が殆どない。
彼女は様々な武芸を修めている。剣術に槍術、拳法など多種多様な技が使用出来る。最も得意とする武器は、中国の太極大刀である。
太極拳の1種で、大刀を用いた剣舞を使用する。次点で日本の古式剣術である。3番手に来るのが、鉄扇を使用するカンフーだ。
「あまりまー君を待たせられないの。終わりにするわ」
両手に鉄扇を持った草子が、舞うように攻撃を加える。鉄扇が開けば斬りつけ、閉じれば打突が繰り出される。変幻自在の舞が、キメラを追い詰める。
硬い筈のカブトムシの甲殻を、容易く砕く草子の鉄扇。ムカデが残った毛針を飛ばせば、全て鉄扇で防御されてしまう。
攻撃と防御が一体となった舞踏が、優雅に繰り返される。草子がカブトムシの尾まで通り過ぎると、背中に生えたムカデが根元から断たれた。
カブトムシの甲殻は、穴と切り傷で無事な場所が殆ど残されていない。もはやただ、ついているだけの存在と化している。防御力はほぼないだろう。
「作った製作者を恨みなさい」
草子が開いた鉄扇を、小気味よい音と共に閉じる。舞を終えた草子の背後で、ゆっくりと頭が体とズレて行く。大きな頭部が転がり、体がアスファルトに沈む。
こちらも灰となって消えて行き、最後には何も残っていない。ほぼ同時に相手を倒したイブキと、草子が合流する。
丁度その時、東坂香澄から電話が入る。暫く異界はそのままにして欲しいという話だ。イブキ達は外へ出て、現実の宇治市へ帰還する。
「愛宕、後は任せる!」
一条愛宕へ事後処理を任せ、イブキと草子は上京学園を目指す。相手の狙いが分からない為、ある程度の温存を考えねばならない。
結果として思ったよりも時間が掛かり、遅くなってしまった。急いで移動する為、京都府に張った結界を利用するイブキ。
宇治市から京都市に掛けて、妖異対策課以外の人間を眠らせるイブキ。これで人ならざる速度を出しても、何ら問題はない。
「行くぞ玉藻前」
「言われるまでもないわ」
その日、真っ昼間の京都市内を、異常な速度で走り抜ける美女達が居た。その事実を、一般人達は誰も知らない。
鉄扇使いの中国系美女って良くない?という性癖開示。




