第210話 囮役と先輩と娘
碓氷雅樹は上京学園内に展開された、異界の中を走り回っている。多くの妖異を、その後ろに引き連れながら。
あちこちで戦闘が起きているのか、激しい音が聞こえて来る。永野梓美と、乾英子の戦闘音だろう。
「クッソ! どんだけ居るんだよ!?」
雅樹は必死で校内を走り回っている。今の彼には、逃げる以外に出来る事がない。土足のまま校舎内へ入り、逃げ回る。
追いかけて来ているのは、大きな土蜘蛛や長い体を持つ蛇の妖異、野槌などの、人型でない妖異が中心だ。
階段を上がり廊下へ出ると、見た事のないイタチが立っている。正体は分からないが、直感を信じて教室へ飛び込む雅樹。
直後廊下で暴風が吹き荒れ、壁や床に引っ掻いたような傷跡が走る。この現象を見て、雅樹は相手の正体に気づく。
「痛って……今の、鎌鼬か?」
雅樹は頬に出来た、浅い切り傷を手で拭う。ギリギリで避けた為に、少し掠ってしまったようだ。
転がり込んだ雅樹は、立ち上がりながら周囲を警戒する。廊下の外が、何やら騒がしい。雅樹はそっと教室の窓から確認する。
どうやら鎌鼬の攻撃が、背後まで迫っていた、土蜘蛛に当たってしまったのだろう。2匹が戦いを始めていた。
その後ろに居た野槌まで巻き込まれ、三つ巴の戦いに発展している。今がチャンスと、雅樹が教室から出て離れていく。
今の内に距離を稼ごうと、静かに走り抜ける。少し休憩が出来るかと思った雅樹だが、そうはいかないらしい。
「いつまで、いつまで」
「ん? 誰だ?」
誰かの声が聞こえて、雅樹は周囲を見る。だが声の主は居ない。ふと廊下から窓の外を見ると、巨大な鳥が飛んでいる。
鬼のような恐ろしい顔を持ち、蛇のような鱗のある長い体、そして3メートルはありそうな巨大な翼。
以津真天という鳥の妖異なのだが、雅樹は流石に知らなかった。よく分からない化け物と判断し、雅樹は慌てて窓から離れる。
窓ガラスが割れ、雅樹へと攻撃が始まる。階段を飛び降り、階下へと移動する。しかし校舎の構造上、下の階にも窓はある。
「いつまで、いつまで」
「ああもう! しつこいな!」
渡り廊下側の窓は、以津真天が張り付いている。グラウンド側の窓は無事だが、そちらは全部教室の中だ。
雅樹は教室の中を移動し、出来るだけ攻撃を受けないように移動していく。ただし次の教室へ入るには、一度廊下に出ねばならない。
「うわっ!?」
「いつまで、いつまで」
怪鳥は執拗に雅樹を狙っており、諦めようとしない。現在居るのは2階で、グラウンド側の窓から脱出は可能だ。
すこし高いが、雅樹なら飛び降りても受け身を取れる。問題は外に出れば、怪鳥はどこからでも攻撃出来るであろう事。
人間には制空権がなく、どうしようも出来ない。このまま室内に居るべきか、雅樹は悩んでいる。その時、雅樹の目の前が光った。
「今度は何っ!?」
「ぼさっとするな坊主! 早く抜け!」
「えっ!? 小鴉さん!?」
いつの間にか、机の上に妖刀小鴉が出現しており、言われるがままに拾って抜刀する。だいぶ使い慣れて来た様子だ。
仮契約の際に、小鴉が転移出来る事は聞いていた。しかし、実際に見たのは初めてだった。ともあれ、雅樹は置かれた現状を説明する。
「なるほど。外に居る鳥は、以津真天だ。そう強い妖異ではない」
「名前そのまんま過ぎません!?」
驚きの名前に、雅樹はおもわずツッコんだ。しかし、ゆっくりしている時間もない。雅樹は廊下に出て、以津真天へ攻撃する。
翼の一部を斬り裂き、大きな傷跡が生まれる。反撃をされたからか、一旦窓から離れていく。とりあえずの危機は回避した。
周囲への警戒は続けたまま、小鴉と情報交換をする雅樹。大江イブキと那須草子が、宇治で戦っている事を知る。
そしてこの妖異達が、恐らくクローンである事も雅樹は知った。やたらと本能的な行動を取っている理由も。
「妖異のクローンなんて、作れるのか……」
「それだけ人間の技術が、上がったという事だろう。非常によくない方向へな」
小鴉とて元は人間の刀匠だ。こんな技術が、生まれてしまった事実を嘆いている。雅樹も当然不快感を露わにする。
ただ妖異を作るだけでなく、クローンまで作っている。何を考えて、こんな事をしているのか。彼には想像も出来ない。
小鴉と会話しながら、雅樹は階下へ降りていく。するとその先で、梓美と合流する事に成功する。
「良かった! 雅樹君が無事で。ごめんなぁすぐ来れんで。他にも逃がさなあかん子達がおってな」
「いえ、何とかなりましたし、こうして来てくれましたから」
雅樹はついでに、相葉涼太が外へ避難出来ていたか確認を取った。無事だったらしく、今は学校の外で眠っている。
余計な記憶は消されており、暫くは目を覚まさないそうだ。イブキの御守りも回収しており、雅樹へ返却する梓美。
ちょうど良いタイミングで、英子も集まって来た。彼女も異界へ巻き込まれた生徒を、全員外へ逃がして来たらしい。
今はもう学園の校内には、雅樹達しかいない。とりあえずの心配事は、片付ける事が出来た。残る問題は、中に居る妖異達だ。
「その男は、梓美さんにお任せします」
「言われるまでもないで。雅樹君はウチが守る」
役割分担が決まったところへ、妖異達が集まって来た。まだ30以上の妖異が居るようだ。あちこちから顔を出す。
宇治と同じく種類は様々で、統一感はまるでない。共通しているのは、殺意以外の意思が見られない事。
四方八方から、妖異達が突撃を開始。雅樹達は応戦を始めた。梓美が吹雪を起こし、英子が鬼火を放つ。
炎と氷の世界が、校内で展開されている。雅樹はあくまで、自衛とサポートに徹する。出来る事をやるだけだ。
梓美と英子は、どちらかと言えば遠距離型だ。雅樹がやるべきは、接近をさせない事。攻撃の合間を縫って、突撃して来る妖異を斬る。
「はぁっ!」
「よし! もう良い。下がれ坊主!」
小鴉の指示で後ろへ跳んだ雅樹。入れ替わるように、雅樹の居た場所が凍った。追撃に来た妖異が、物言わぬ氷像と化す。
反対側では、青い炎が乱舞し、あらゆる妖異を黒焦げにしていく。焼かれた妖異が、灰となって消えて行く。
半分まで減った辺りで、英子が上空を見上げる。こちらでも宇治と同じく、追加の妖異が投下されて来るらしい。
「まだ来るわよ!」
また複数の妖異がバラバラと地上へ落下して来る。飛行型と地上型、どちらも混ざっている。数十の妖異が投下されたらしい。
だが雅樹達のやる事は変わらない。飛行型は梓美と英子が攻撃し、地上への攻撃が薄くなったら、雅樹も参加する。
接近を許さず、迎撃の一撃を浴びせては後退する。雅樹が足止めをして、梓美か英子がトドメを刺していく。
即席ながらも、良い調子で連携が取れている。雅樹は梓美や英子と一緒に戦うのが、初めてじゃない。
自分が何をすれば良いのか、理解している。梓美と英子も、雅樹が何を出来て、何が出来ないかを知っている。
「だいぶ減りましたね」
「せやな、もう残ってんのは知れてるな」
「待って、また追加が――何? この妖異は?」
上京学園は、英子の支配圏でもある。イブキと同じように、人間には見えないドーム状の結界を展開している。
上空から飛来して来た妖異は、英子が見た事ない妖異だ。ダチョウのような肉体に、3本の足と3つの頭を持っている。
3本足の鳥と言えば、八咫烏の特徴だ。しかし、どう見ても八咫烏ではない。そもそも体がダチョウで、カラスですらない。
3つの頭は、それぞれ別の鳥の物。真ん中はダチョウで、向かって右はワシの頭。反対側はトビの頭だ。そして体のサイズはかなり大きい。
奇妙な見た目の怪鳥が、雅樹達の目の前へ落下して来た。全高は校舎の屋上よりある。恐らくは15メートル程か。
体の全幅は、畳んだ翼を含めて7メートル。木谷廉也の傑作が、雅樹達の前に立ちはだかった。
妖怪って結構キメラみたいなのが多くて、オリジナルを考えるのが結構大変だなぁと。




