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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第7章 見え始めた敵の輪郭
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第208話 何も知らない雅樹達

 大江(おおえ)イブキと那須草子(なすそうこ)が宇治へ向かっていた頃、碓氷雅樹(うすいまさき)は学校で体育の授業を受けていた。

 季節としては秋だが、照りつける太陽の日差しは暑い。いつになったら涼しくなるのか。そう思いながら、雅樹はボールを蹴った。

 球技大会が終わってからも、サッカーの授業は続いている。11月に入れば、マラソンに変わる予定となっている。

 メインのイベントが終わったので、全体的な熱気はそう高くない。やはり男子としては、大会があると盛り上がる。

 純粋な勝負を楽しむ者、女子へのアピールを目的とする者。競技自体が好きな者もいる。もちろん全員ではない。


 運動が苦手な生徒も居るので、誰しもが歓迎していたとは言えない。ただ割合的には、楽しんでいた者の方が多い。

 今はお祭りのような熱気はないが、体育祭が近づいている。もう1つの大イベントを、待つばかりとなっていた。

 雅樹は高校の体育祭と、学園祭に憧れがあった。だから密かに、楽しみにしている。故郷では、出来なかったから。

 子供が少なすぎて、学校の運動会は超小規模だった。一応地域の運動会もあったが、大人と子供が混ざっていた。

 同世代限定かつ大規模なものは、今年初めて経験する。学園祭なんて、言うまでもない。学芸会の真似事しか、経験がない。


「ふぅ……」


 雅樹の所属するチームの試合が終わり、休憩に入る。木陰に入って、地面に胡坐をかいて座る。多少は熱気がマシになった。

 同じように、試合をしていた男子生徒が集まって来る。その中には、ヤンチャそうな見た目の、相葉涼太(あいばりょうた)も含まれている。

 染めた金髪が、汗で濡れている。疲労感を滲ませながら、雅樹の隣へ座った。彼は美術部で、雅樹ほど体力はない。

 個人的なトレーニングはしているので、平均よりは上という程度だ。どうしても運動部や、雅樹には及ばない。


「相変わらず余裕あるよなぁ碓氷は」


「まあ、最近また鍛え始めたからね」


 鍛え始めた、という表現で合っているのか少し怪しい。少なくとも鍛錬の内容は、高校生のレベルを超えている。

 特殊部隊の戦闘訓練と、どちらが楽だろうか。妖異の教えである以上、性質がかなり違っている。単純な比較は難しい。

 最初から相手が人間の訓練と、人外と戦う事を前提とした指導。前提がまず別物で、目的も別物と言える。

 雅樹はあくまで、相手を倒す為の訓練ではない。死なずに生き残り、負けない戦いを続ける為の教えだ。

 近いものとしては、妖異対策課の訓練だろう。しかしそちらとも、また微妙に内容が違う。あちらは単独で妖異と戦う訓練ではない。


 妖異対策課は、数名から数十名でチームを組み戦う。単独で妖異を相手にするなど、現代の価値観では自殺行為だ。

 チームメンバーと連携を取り、妖異を牽制する。倒すなんてもちろん出来ないし、人命救助が最優先事項となる。

 異界へ取り残された人間の救助や、妖異に襲われた被害者のフォロー。救急救命士という側面も持っている。

 それぞれが自分の担当をこなし、妖異へと対抗する。以前の兵庫県であったように、妖異と協力して行動する事だってある。

 全体的に、組織として動く事が前提となっている。単独で対峙する囮役など、妖異対策課では普通やらない。


「来月の学園祭さ~、他校の女子も来るらしいぜ」


「ふーん、そうなんだ」


「おいおい、興味持てよ。彼女が出来るかもしれないぞ!」


 最近も妖異対策課と共に、作戦に参加した雅樹。高校生の日常としては、かなりかけ離れた生活を送っている。

 色々とあり過ぎて、彼女なんて考えている余裕が無かった。ただし、ある意味美味しい生活を送ってもいる。

 たまにイブキに揶揄われ、毎日喰われる生活は続いている。草子が引っ越して来てからは、当然彼女からも喰われている。

 永野梓美(ながのあずみ)や、たまに遊びに来る一条愛宕(いちじょうあたご)冷泉翠(れいせんみどり)もそうだ。魅力的な女性達に喰われており、雅樹の感情は目茶苦茶だ。

 女性との接点、というより濃厚な接触が増えた。ただその中の誰かと交際するというのは、どうにも踏み込めない。


「付き合うって、何だろうな?」


「お、なんだ? 誰かに告白でもするのか?」


「いや、そういう事じゃないけど。あんまりよく、分からないんだ」


 もしイブキが言うように、結婚してくれるというなら。草子が言うように、結婚出来るというなら。

 誰を選ぼうとも、光栄な事だと雅樹は思っている。ただ自分が、それを望んで良いものか。そんな資格はあるのか。

 付き合うという行為を、何も分かっていないというのに。好意自体は、全員に持っている自覚はある。

 ただ異性に対する好意なのか、単に友人や家族へ向けるものか。いまいち雅樹は、分かっていないのだ。

 なまじ捕食という形で、キスをされてしまう。そのせいで、勘違いをしている気も若干している。


「……じゃあやっぱり、梓美先輩とは何も無いのか?」


「そりゃあ……何も、なくは……ないけど」


「おいどういう事だ!? 今のは聞き捨てならないぞ!」


 涼太が雅樹を尋問しようと、立ち上がって近づく。その時雅樹は、嫌な予感を覚えた。何故か理由は分からない。

 だけど感覚に任せて、雅樹は上空を見上げた。学校に居る妖異は、梓美と乾英子(いぬいえいこ)だけ。どちらの気配も雅樹は知っている。

 しかし今感じているのは、そのどちらとも違う。知らない妖異の気配が、大量に感じられる。同時に敵意も察知した。

 なぜこんな明るい内から、しかも空から感じるなんて。明らかに異常な状況だが、何が起きているのか分からない。

 涼太が不思議がっているのを放置して、雅樹は地面から立ち上がる。間違いなく、妖異が接近して来ていると理解した。


「一体……何が……」


 それだけ呟く事が出来た雅樹。次の瞬間には、多数の妖異が学校の敷地内へ着地した。気がつけば、異界の中に居る。

 英子が展開した異界だが、雅樹には良く分かっていない。ただ直前に、英子の強い気配だけは感じ取れた。

 人間の雅樹には、英子が放った紅い妖力は見えていない。しかしこれが、英子の作った異界だという事は察した。

 沢山の落下音が、大きな音となって周囲に響く。続いて梓美の気配も、2年生の校舎辺りから強烈に放たれ始めた。


「お、おい、一体何が起きたんだ? 他の皆は?」


「相葉、お前、まさか……」


 困惑している涼太は、何が起きているのか分かっていない。彼は異界が発生する直前に、雅樹の体操服を掴んでいた。

 イブキの魔力を纏った、雅樹に触れていた。そのせいで、涼太は異界の中へ入ってしまったのだ。本来の適正、という可能性はある。

 だがそれ以上に、イブキの御守りが原因だろう。今はこの状況で、ゆっくり説明している暇はない。あちこちから妖異の気配がしている。

 理由は分からないが、空から沢山の妖異が落ちて来た。英子と梓美が戦闘を開始したのか、激しい戦闘音が響き始めた。

 雅樹は御守りを外し、涼太へと手渡す。こうでもしないと、妖異を全く知らない涼太が、襲われてしまう。


「良く聞け相葉、コレを持って校門から出ろ。多分だけど、異界は学校の敷地内だけだと思うから」


「は、はぁ? 何を言ってるんだ? 異界?」


「おかしなモノを見ても、絶対に無視して近づくな! 何でもいいから逃げろ!」


 雅樹がそう叫んだ時、2人の目前に何かが着地し砂埃が巻き上がる。砂埃が晴れると、大きな蜘蛛の妖異が居た。

 土蜘蛛と呼ばれる3メートルはある化け物だ。複数の目が、雅樹の方を見ている。どうやら狙いは雅樹らしい。


「な、なんだよ……これ……」


「いいか相葉! 早く逃げるんだぞ!」


 雅樹は自ら囮を買って出る。いつもやっている事だ、今更躊躇う事ではない。腰が抜けて立てない涼太を残し、雅樹は走り始める。

 他にも次々と、グラウンドに妖異が姿を現し始めた。明らかにどの妖異も、自分を見ていると雅樹は感じた。

 獲物を見る視線が、周囲から雅樹へ突き刺さる。出来るだけ校門から引き離すべく、雅樹の逃避行が始まった。

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