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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第7章 見え始めた敵の輪郭
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第207話 狙われた京都

 黒澤会(くろさわかい)の探し物を見つけた大江(おおえ)イブキは、早速解析に回した。イブキは機械的なものが、あまり得意ではない。

 妖異対策課の京都支部で、パスワードの突破を試みている。ご丁寧に一定数間違えると、中身が消えてしまうトラップ付き。

 相手も流石に、そこまで甘くは無かった。だが今は手元にあるのだ、焦る必要はない。時間を掛けてでも、中身を確認する。

 それに封筒の中身は、既にコピーが済んでいる。妖異対策課とイブキの事務所、両方に保管されている。

 今日は平日の昼間で、碓氷雅樹(うすいまさき)は現在学校だ。大江探偵事務所には、イブキと那須草子(なすそうこ)しかいない。厳密に言えば、妖刀小鴉(こがらす)も草子の腰にある。


「それで酒吞、これが例の資料ってわけね?」


「ああそうだ。連中が探していた研究資料だ」


 あちこちに欠落が見られるものの、静岡の研究所で行われていた研究データだ。一部焼け焦げていたり、何かで汚れていたり。

 無事な資料の方が少ないものの、何とか確認する事は可能だ。イブキと草子は、応接用のテーブルでA4用紙を広げている。

 書かれているのは、多くがトチ狂った研究の内容だ。半魚人を作るだとか、巨大な蜘蛛を作るだとか。

 正気を疑うような内容ばかりだが、全て真面目に論文が書かれている。どうやら海外とも、取引があったらしい。

 ハンティングのターゲット用として、作られていた個体が幾つかある。金持ちの道楽として、需要があったようだ。


「バカじゃないの? 人間はまともな者と愚かな者の差が、随分と酷いものね」


 草子は呆れたような表情で、資料を見て嘆いている。やっている事があまりにも愚かしい。地球の支配者にでも、なったつもりか。

 思わずそう言いたくなったぐらいだ。自分達こそが、妖異に作られた生命だというのに。生命を作っておもちゃにしている。


「利口になればなる程に、変な人間が増えるのは何でだろうね? 私には理解出来ないな。そんな風に作っていない筈なんだけど」


 イブキもまた、つまらなさそうにしている。いつも以上に、気だるげな表情を浮かべていた。淡々と資料を読み進める。

 人間という生命が地球に誕生して、およそ500万年が経った。妖異によって生み出された最初の人類は、科学技術なんて持っていなかった。

 超古代文明なんて噂されている存在は、その多くは妖異が作った物でしかない。現代の科学でも証明出来ないのは、妖術が使えないからだ。

 文明らしいものを生み出し始めたのは、ここ2万年ほど前の話だ。まともな社会生活が始まったのは、数千年前から。

 漸く今の水準まで上がって来たが、高度な文明は驕りを生んだ。自分達が、地球で一番優れた生き物だと思っている。


「まともに妖力も練れないのに、よくもまあこんな真似を。まー君が真っ当に育ってくれて、本当に良かったわ」

 

「出来る事が増えると、愚かさも上がる。まあそれ自体は、妖異だって同じだけれどもね」


 例えば徳島県の廃工場、山姥が強くなったと勘違いしていた。ちょっと強くなった程度で、イブキに勝てると思い込んだ。

 群馬県では、蛇女アカギがイブキと草子を殺そうとした。勝手に思い上がる者は、妖異にだって存在している。

 だが人間の愚かさは、少々イブキ達の想像を越えていた。動物を使って、新たな生命を作ろうとした。しかもそれは、自分達の為ではない。

 妖異が人間を生み出したのは、自分達が滅ばない為。都合の良い食料として、作っただけだ。しっかりとした理由がある。

 だがこの資料に書かれている生物達は、どれも作る意味がない。作れるから作った、ただそれだけでしかない。


「うん? 見ろ玉藻前。この資料だけ、見覚えがないか?」


「どれ? 見せて頂戴」


 森山隆司(もりやまたかし)という1人の男が書いた、狂気の研究と成果。何がしたかったのかは、全く理解出来ない内容。

 全く別の生命、オオメジロザメに、イカの触腕を生やす。非常に見覚えがある生物の特徴に、思い当たる節しかない。

 2ヶ月ほど前に、和歌山の海で出会った妖異と、変わったサメの姿。その特徴と酷似しており、明らかに製作者だと思われる。

 ただ、これは妖異の作り方ではない。あくまであの変なサメの製法だ。しかし、巨大な化けダコと共通点がある。

 そしてここでまた、木谷廉也(きたにれんや)という名前が出て来た。研究のヒントになった理論として、彼の名前が挙げられていたのだ。


「この木谷という男、やはり怪しいな。封筒の宛名にされていたし、載っているこの理論、あの化けダコの作者か?」


「酒吞が山口と見た妖異も、これがあれば作れそうね」


 東西を代表する妖異が、真相に近づいた瞬間だった。突然イブキが、天井に向けて視線を上げた。見ているのは、その更に先。

 いきなり立ち上がったイブキを、草子が不思議そうに見ている。だがイブキの方は、それどころでは無かった。


「丁度良い、実験も兼ねて付き合って貰う」


「は? あなた何を言って――」


 困惑している草子の手を取り、イブキが妖力を解放する。額から肉食恐竜のかぎ爪を思わせる、黒く鋭い角が2本出現している。

 目が紅く輝き、戦闘態勢に入っている。そのままイブキが、転移と呟く。すると周囲の景色が、一瞬にして変化していた。

 探偵事務所の室内から、どこかの街中へ移動している。近くの信号には、宇治壱番と書かれていた。どうやら宇治市へ転移したらしい。


「ちょっと! 急に何するのよ!?」


「悪いが説明している時間がない」


 イブキは妖力を込めた両の掌を、素早く打ち合わせる。パンと乾いた音と共に、紅いオーラが宇治市中へ広がっていく。

 イブキを中心に、異界が展開されていく。紅い空間がドーム状に形成されて、宇治市をすっぽり包んでしまった。


「一体何を――この気配、上から!?」


 草子が妖異の気配に気づき、上空を見上げる。すると複数の妖異が、落下してくる姿が見えた。意味は分からないが、状況は理解した草子。

 どういう事かはともかく、襲撃を受けているのは分かった。統一感の感じられない様々な妖異が、異界と化した宇治市内へ着地していく。

 落下音が、あちこちからしている。何かが起きているとすぐに察した一条愛宕(いちじょうあたご)が、イブキ達の下へ跳んで来る。

 強烈な着地音を立てながら、花柄の和服を着た小柄な女性がイブキの前で止まった。珍しく慌てた様子を見せている愛宕。


「イブキ様! これは一体!?」


「どうやら、向こうさんの意趣返しらしい。感覚を共有するから、異界へ紛れ込んでしまった人間の対処を任せる。アイツらは、私と玉藻前でやる」


「……付き合うなんて、言ってないのだけど?」


 愛宕はすぐに動きだし、イブキは戦闘態勢に入っている。草子が不満そうにしていたが、しっかりと狐耳と8本の尾を出現させていた。

 巨大な妖力を察知したからか、空から落下して来た妖異達が向かって来る。そのリアクションに、イブキと草子が訝しむ。

 普通なら、逃げようとする筈だ。勝てないと察して、異界から出ようとする。だからイブキは、身内以外抜け出せない異界を作った。

 人間とイブキに関係のある妖異しか、出る事が出来ない異界で、逃げる妖異を追いかけ回すつもりで居た。だが、どんどん妖異が集まって来ている。


「どういう事だ? 何故向かって来ている?」


「知らないわよ。聞いてみれば?」


 ついにイブキ達の目の前へ、最初の妖異が現れた。一般的な見た目の、真っ赤な肌を持つカラス天狗だ。

 イブキ達と変わらない2本の腕と足、頭には目が2つあり、特徴的な長い鼻を持つ。彼の手には、装飾のついたうちわが握られている。


「おい、そこの天狗、どういうつも――」


 イブキがカラス天狗に話掛けたが、答えもせずに全力で殴りかかって来た。イブキはその拳を受け止め、カラス天狗を力づくで制止する。


「死にたいのかい? いきなり攻撃して来るなんて」


「……」


 イブキの問いに、カラス天狗は答えない。よく見てみれば、目は虚ろで焦点が合っていない。様子がどうもおかしい。


「酒吞! こいつら様子が変よ!」


 草子の方には、一反木綿(いったんもめん)が襲い掛かっていた。そちらの方も、意思疎通が出来ないらしい。どうにも普通の妖異ではなさそうだ。

 突然京都の南に飛来した、複数の妖異達。気が付けば、イブキと草子は周囲を囲まれていた。

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