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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第7章 見え始めた敵の輪郭
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第206話 奈良の山中にて

 碓氷雅樹(うすいまさき)大江(おおえ)イブキの運転するグレーのSUVで、奈良県内を移動している。黒澤会(くろさわかい)の探し物が見つかったからだ。

 奈良の支配者、大蛇の妖異である大物主大神(おおものぬしのかみ)、オダマキから連絡が入ったのだ。探している人間に、心当たりがあるかもしれないと。

 如何せん女性が好きな彼は、あまり男性に興味がない。どこで何をしていようと、殆ど記憶に残らない。

 個性の強い妖異が故に、三輪山(みわやま)に侵入して来た男達など、忘れてしまっていたのだ。彼にとっては、どうでも良かったから。

 三輪山へ無礼にも侵入をした男達は、喰らってしまっている。犯人達が見つからないのは、それが理由だ。


「全く、オダマキには困ったものだよ」


「本当に若い女性しか、興味ないんですね」


 運転席に座るイブキが、呆れてしまっている。調査に来た永野梓美(ながのあずみ)が尋ねるまで、すっかり忘れていたのだ。

 1ヶ月ほど前、警察が調査していた事実すらも。ただこればかりは、妖異の認識を思えば、仕方ない話でもある。

 つい最近に起きた人間の事件など、注目していない者は多い。その殆どが、妖異と関係ない事ばかりだ。


「妖異だから仕方ないとは言え、自分の住処で起きた事ぐらい、把握していて欲しいね」


 ため息を吐きながら、イブキは窓を開ける。気分転換の為だろう、キセルを手にタバコを吸い始める。

 呆れた表情を浮かべていても、イブキの美しさが損なわれる事はない。今日の横顔も、いつも通り美しい。

 高い鼻と形の良い唇。ハッキリとした二重まぶた。どのような状況でも、完璧な美貌を保っている。


「でも早く見つかって、良かったですよね。あとこち探し回るのって、大変ですし」


「……まあね。もし海外へ持ち逃げされていたら、かなり厄介だったからね」


 警察の捜査情報を見る限り、関西の外へ盗んだ金品を持ち出した形跡は無かった。だが海外逃亡の可能性も、示唆されてはいた。

 可能性としては低かったが、もしどこかの国へ持って行かれていたら。その場合は、かなり厄介な事になってしまう。

 日本の国内だけでも、東西の対立がある。国次第では、イブキ達が入国するのは厳しい。仲の良い国と、そうでない国がある。

 例えば那須草子(なすそうこ)は、中国出身の妖異だ。大昔に対立した妖異が、今も中国を支配している。草子達が入国するのは難しい。

 そう言ったしがらみは、イブキ達にもあるのだ。イブキの場合、吸血鬼が多いイギリス等は入国し易い。鬼が権力を持つ国は仲が良い。


「へぇ~そういうものなんですね」


 雅樹はイブキから妖異の事情を聞き、感心している。妖異は日本だけに居る存在ではない。世界中に存在している。


「私の場合は玉藻前達と違い、鬼が多い中国も一応入れる。ただあの国は、日本と同じく妖狐も多い。地域によっては厳しいね」


「色々とあるんですねぇ」


 妖異の関係性は、非常に複雑である。基本的に鬼と妖狐は、対立関係である事が多い。どちらも古参の妖異同士だ。

 これまでの歴史で、何度も殺し合いをしている。ただ長壁姫とイブキのように、友好的な関係を結ぶ場合もある。

 お互いに実力を認め合い、他種族と手を結ぶのはよくある話。殺し合いをしていたのは、随分と昔の事だ。

 人間の時間的感覚で言えば、数千万年以上昔だ。人間にとっては『太古の』、と表現を使用するレベルの時間。

 まだ地球上に、人間など生まれてもいない。イブキ達にとっては、『結構前』ぐらいの認識だが。


「ま、昔話より今は、目の前の事に集中しよう。もうすぐ到着するよ」


「何だか、懐かしい感覚だ……」


 三輪山から放たれている、神々しい雰囲気。雅樹が1ヶ月ほど前に感じた、若藻(わかも)神社と少し似ている感覚。

 霊峰と呼ばれる山が持つ、神聖さを雅樹は感じている。大蛇の妖異が暮らす山は、今日も変わらず澄んだ空気に包まれている。

 イブキのSUVが、観光客向けの駐車場へ停車する。イブキと雅樹が、車から降りて入山していく。

 以前と同じように、隠されたルートで山頂を目指していく。今回は山道の小屋に、オダマキの姿は無かった。

 山頂の開けた広場に、オダマキを始めとした妖異達が集まっていた。梓美を中心とした、調査チーム達だ。


「待たせたね。それで、何が見つかった?」


 イブキが代表して声を掛ける。雅樹は取り敢えず、会釈だけしておく。余計な口を挟む事はない。


「もう梓美に渡しておいた。お主らの探し物は、これで良かったのだろう?」


 白い和服を着た20代ぐらいに見える美丈夫が、イブキの質問に答えた。180センチぐらいの身長を持つ、スラリとした細身の男性だ。

 一重の細い蛇のような目が、独特な色気を放っている。彼こそがこの地を支配する者。大物主大神、オダマキである。

 若い女性を好む困った面はあるものの、彼もまた古参の妖異である。纏う雰囲気は、大物らしい貫禄がある。

 中身を知っている雅樹は、必要以上に恐れていない。きっとこの後も、女性を探しに行くのだろうと知っているから。


「イブキ様、これです」


「ありがとう梓美」


 梓美が銀色のアタッシュケースを差し出す。表面には幾つもの凹みがあるものの、内容物は無事だったらしい。

 開かれたケースの中身はDVD-ROMとUSBメモリだ。イブキは中身を手に取り、軽く確認をする。

 特に何も書かれておらず、何が入っているか分からない。ただ一条愛宕(いちじょうあたご)が持ち帰った情報通りなら、中身は研究データと思われる。

 静岡の破壊された地下研究所、あそこで行われていた研究と関わりがあるらしい。中身はパソコンがないと分からない。


「ん? なんだ?」


 イブキは梓美が持っている、アタッシュケースをジッと見ている。破損した結果なのか、内部の底が少し浮いている。

 元々外せるようになっていたのか、イブキが端をつまむと簡単に外れた。その下には、茶封筒が入っていた。


木谷廉也(きたにれんや)様……宛名が書いてあるけど、誰の名前だ?」


 イブキが見つけた茶封筒には、廉也の名前が書かれていた。この日初めて、その名前が表に出た。

 日本の裏側で、狂った研究をしている男。黒澤会の目的を達成する為に、雇われている希代のマッドサイエンティスト。

 人造妖異計画の要となっている人物。イブキ達が、突き止めようとしている相手。その1人が、ここでイブキ達に認知された。


「……聞いた事のない名前ですね」


 雅樹は聞いた事のない名前だ。少なくとも、今この時は。これから雅樹が、追い続ける事となる相手。

 倒すべき悪の科学者として、関わって行く。相手は妖異ではなく、ただの人間に過ぎない。だからこそ、雅樹でも戦いになる。

 だが今はまだ、出会ってもいない。顔すら知らない存在だ。邂逅の時は、まだ訪れない。しかしその日は、そう遠くない。


「カスミに調べさせよう。梓美もありがとう、帰ろうか」


「いいえ、ウチは大した事してませんよ」


 得たい物は手に入った。後は中身を確認する事と、廉也とは何者か調査する事だ。黒澤会に関して、また少し情報を入手した。

 イブキはオダマキや、集まっていた妖異達を労う。恐らくこれが探していた物だろうと、イブキは確信している。

 何故ならほのかに、アタッシュケースから妖力を感じた。ただその正体までは、誰だか分からなかった。

 あまりにも少量で、特定は難しいだろう。しかし、昨日今日付着したものではない。だからこそ、僅かな量なのだ。


「協力ありがとうオダマキ。ただ君はもう少し、若い女性以外へ興味を向けて欲しいね」


「随分と面倒な事を言うではないか。……まあ、一応考えておこう」


 オダマキ達奈良の妖異達とは別れて、イブキ達は下山していく。帰りは梓美も一緒だ。いつものように、雅樹へ話掛けている。

 成果が出たので、少し気持ちが緩んだのだろう。雅樹も多少は肩の荷が、軽くなったような気がした。

 これで自体は更に良い方へ進む筈だ。そう思っていた彼等に、新らたな試練が迫ろうとしていた。その事実を雅樹は、まだ知らなかった。

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