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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第6章 妖異の子
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第199話 掴んだ尻尾

 京都市北区、紫野にある上京(かみぎょう)学園。夜の屋上に、2つの影が並んで立っている。

 片方はこの地の支配者、大江(おおえ)イブキである。夜の闇に紛れてもなお、その美しさは隠しきれない。

 180センチという女性としては高い身長、スタイルの良い肢体。腰まである黒髪のポニーテールが、夜風で揺れている。

 美の女神が作ったと言われても納得の、完璧な容姿はどこにも欠点がない。切れ長の瞳は、クールな印象を与える。

 綺麗なカーブを描く高い鼻と、形の良い唇。真っ白な肌は、陶器のように艶がある。


 彼女と共に居るのは、娘である乾英子(いぬいえいこ)だ。イブキ程は長くない黒髪は、肩口で切り揃えられている。

 容姿は父親に似ている為に、イブキと瓜二つとは言えない。しかし並んでいると、母娘だと分かる。

 背丈は英子の方が10センチ程低いが、スタイルの良さは共通している。決定的に違うのは、普段の表情だ。

 イブキは気だるげにしているが、英子はキリッとした表情を常に浮かべている。頼れる大人の女性に見える。

 彼女達が何故、こんな所に立っているのか。それは先程、一条愛宕(いちじょうあたご)から情報が持ち込まれたからだ。


「愛宕を向かわせていたんだけど、結果が出たよ」


「ではやはり、お母さまの予想通り?」


「ああ。やはり、東京の妖異対策課に紛れ込んでいた」

 

 愛宕に捕まった男の記憶は、大体確認が出来た。妖異対策課の一員となり、裏で活動を行っていた。

 しかし、全てが解明されてはいない。記憶に改竄の痕跡が見られており、肝心の首謀者達は不明だ。

 失態を犯したらしく、降格の際に記憶を弄られたのだろう。それがイブキの予想だった。

 何を無くしたのか、それについては理解した。静岡の研究所で得た、数々の研究データだ。

 どうやらそのデータは、重要な内容だったらしい。そこについても、やはり記憶を弄られていた。


「内容までは分からないけど、1つ分かった事がある。それは少し前に起きた、現金輸送車強盗事件だ」


「……ああ、人間達が何やら、騒いでいましたね。あれと関係が?」


「どうやらその盗まれた中に、連中の欲しかったデータが入っているそうだ」


 犯人達は未だに捕まっておらず、犯人達が関西に入った後、どこに消えたか分かっていない。

 ならば、関西中の妖異達へ呼び掛ければ良い。何か見ていないか、それらしい人間達を見なかったか。

 全力を挙げて、今から探せば――何か見つかるかも知れない。少なくとも、イブキはそう見ている。

 盗まれた現金の一部は、奈良県の山中で見つかっている。ならば、奈良県の周辺が怪しい。

 犯人達は捕まっていないが、少なくとも関西からは出ていない。それならば、後は探すだけ。


「なるほど、そういう事ですか」


「ああ、だからさっき、関西中の妖異に号令をかけた」


 イブキの号令とあらば、多くの妖異が大人しく従う。西日本の妖異は、一部を除きイブキに従順だ。

 特に関西圏は、お互いの結束が強い。最上位の妖異から、最下級の末端まで、怪しい人間を探している。

 そう遠くない内に、何か見つかるだろうとイブキは予想している。人間の警察には無理でも、妖異なら見つけられる。

 上位クラスの妖異なら、人間の記憶を好きに覗ける。人間には出来ない妖術を使った、強引な捜査も可能だ。

 科学捜査以上の精度で、様々な事を調べられる。見つかり次第、イブキに連絡入る。


「関西中の捜索については、梓美(あずみ)に指揮を任せてある。京都府内の捜索は愛宕だ」


「ならば私は、京都を守れと?」


 そうだとイブキは頷く。いざという時は、イブキが最前線へ出向く。そうなった時、京都を守るのは英子だ。

 単純な戦闘能力ならば、永野梓美(ながのあずみ)の方が強い。妖異として生きた時間は、彼女より少ない。

 しかし頭脳を使う事や、支配圏全域を守る場合は、英子の方が適正は高い。使える妖術がとても豊富だ。

 手数という意味では、英子が京都の妖異で一番多い。母親であるイブキをも上回る。とても器用なタイプだ。

 もしかすると、相手次第では、大規模な攻勢をかけて来る。イブキはその時を考えて、英子を京都に置いておく。


「正直今回掴んだのは、ただの尻尾に過ぎないだろうね。得られた情報も、人間のものばかり。だけど向こうも、無視は出来ないだろう」


「協力者を知られるのは、向こうも痛手でしょうからね」


 これだけ調べて、やっと得られた情報がこれだけ。それはつまり、殆どを人間にやらせているという事。

 妖異は背後に隠れて、正体を悟らせないようにしている。でなければ、これだけの隠密性を保てない。

 どこの支配者も、妖異の移動には敏感だ。しかし人間が逐一何をしているか、見ている者はいない。

 イブキでさえも、ずっと人間を見守ってはいない。たまに見るぐらいで、詳細までは把握していない。

 だからこそ、成り立っていた暗躍。その一端を、知る事が出来た。上手く使わない手はない。


「あっちがそう来るなら、こっちも人間を使う」


香澄(かすみ)達、ですね」


 イブキが単身、東京へ突撃するのは難しい。那須草子(なすそうこ)を連れていても、軋轢は生まれるだろう。

 やり過ぎるとまた、東西での全面的な争いに発展しかねない。そうなるのはイブキも極力避けたい。

 行かねばならない時は、当然出向く。だが今回はまだ、確信出来る情報までは得られていない。

 

 人間の相手をしていたら、肝心の妖異には逃げられた。そうなっては意味が無いのだ。

 イブキが姿を現したから、脱兎のごとく逃走を図る。いつもの展開は、容易に想像がつく。

 だが東坂香澄(とうさかかすみ)のような、人間を向かわせた場合は違う。少なくとも、こちらの動きは筒抜けにならない。

 

「マサキもだよ。最悪玉藻前に預けて、潜入して貰う」


「……あの男に出来るとは、思えませんが」


「相変わらず認めないなぁ。結構役に立っているけどね」


 これまでの事件で、碓氷雅樹(うすいまさき)が活躍した場面は多い。単なる囮役から、戦闘も出来る人員となった。

 流石に平均以上の妖異が相手だと、単独では厳しい。フォロー役は必ず必要になる。

 今回の首謀者が、どの程度かは分からない。雅樹単独で、全てをやらせるつもりはイブキにもない。

 何よりそれは、彼との契約に反している。囮役をやらせるのは、あくまで安全が確保出来る時だけ。

 イブキや草子の手が届かない場所で、何かをやらせる事はない。それに、保険もちゃんと掛ける。


「少し前、玉藻前の妖術を見て、思いついたんだ。マサキの周囲に敵対的な妖異が現れた時、すぐそこに転移出来る術をね」


「……そう、ですか」


 蛇女アカギとの戦闘中、草子が使って見せた転移術。分身体が居た場所へ、短時間で移動する妖術だ。

 あれは使えると思ったイブキが、自分なりに開発してみた。まだ完全な妖術とは言えないが、使用は可能である。

 一度の潜入作戦ぐらいでなら、使用に耐えられる。何度も使う事は出来ないが、無いよりはずっと良い。


「どうかした?」


「……そんなに、あの男が気に入りましたか?」


「うーん、そうだね。私は結構気に入ったよ」


 また雅樹を特別扱いする母親を見て、英子は不服そうにしている。わざわざそんな術まで、作ってやるなんて、と。

 やはり英子としては、受け入れがたい。母親の気持ちは尊重してあげたいが、どうしても雅樹が気に入らない。

 いつかは強くなるかもしれない。自分の父親だって、生まれた瞬間から強かったのではない。

 妖異とは違い、父親は普通の人間としてこの世に生まれた。それぐらい、英子だって分かっている。

 母親は将来性を見て、きっと評価しているのだろう。言われなくても、英子だって理解はしている。


「いつか英子にも、マサキの良さが分かるよ」


「……どうして、ですか?」


「だって、英子は私の娘だからね」


 同じ感性を持っている。そう言われて、英子はとても嫌そうな表情を浮かべる。

 絶対にあんな男なんてと、英子は意地でも認めない。そうはならないと、頑なに言い切る。

 どこまでも譲らない娘を見て、イブキは苦笑している。戦の前の静けさが、そこには広がっていた。

これで本章は終わりとなります。イブキの過去編は、少し先に延ばします。

次の章では、見えて来た黒澤会の尻尾と、梓美の回を挟む事にします。

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