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ep73 たとえ地獄でも続けば日常

 時刻は朝8時30分。今日ばかりは皴のないスーツに身を包み、男は一歩一歩廊下を歩いていた。


 私の名前は柳原ヨウスケ、34歳。同い年の妻ともうじき7歳になる娘がいる。私は、とある高校、そこそこに名の知れた学園で、しがない一教師として働いている。生徒たちは、優秀だったり、実家が太かったりで、私が何かしてやれることは少ない。せいぜい高校の卒業資格の証明書に判子を与えてやれる程度な、やりがいの薄い仕事だ。だからといって手を抜いているわけではなく、生徒たちの青春の邪魔だけはしないよう、見守っているのだ。そして、愛する妻と娘のために、この仕事を日々つつがなくこなしているのだ。


 今日は久しぶり、といっても2週間ぶりの出勤なのだ。なんせ、2週間前にとある事件に巻き込まれてしまった。警察なんてほぼいないが、鉄道会社の事情聴取に協力したり、家族も精神的に疲れていたりで、教員としてはありえないほど長い休暇をいただいていた。


 2週間前のことは今思い出しても地獄だ。今でも思い出すだけで、立ち眩みがする。


 高原の公園に娘と妻と3人でピクニックに行った帰りの列車で、いきなり銃を持ったボウトが列車をハイジャックした。手を縛られ、身動きが取れなくてもうどうしようもなかったのだが、とある青年たちが、彼らをいとも簡単に倒し、親玉を撃破し、そのまま敵を全て無力化してしまった。私が見たのは一部だが、少女たちもあり得ないくらいに場慣れしていて、強かった。そんな彼とは少し会話をしたが、なんだか外国人と話しているような気分だった。同じ言語を喋ってはいるが、共通しているのはそれだけで、価値観やら見えている世界やらがまったく異なっているようで、異物感が凄かった。たまに、親が凄く金持ちで私の知らない世界で生きてきた生徒がいるが、彼はその比ではなかった。なんというか、大体のことが目に見えているような感じだ。そんなに考えていたら疲れるだろうと同情してしまうくらいに、彼には多くのことが、私には見えていないものが見えているようだった。当然、まだ10代そこらの学生にそんな子はいないし、なんなら大人であっても私は出会ったことがない。仕事柄、出会う人が多い私であってもだ。自分が見透かされているようで悔しくもあったが、その慧眼に私たちは助けられたので感謝する他ない。是が非でも、気持ち悪いなどとおこがましいことは思ってはいけないのだと思う。


 ただ、その事件は、彼らが去ってからのほうが地獄だった。彼は、私の拘束だけを取ってから去っていたので、動けたのは私と運転手の2人だけだった。だから、私たちは手分けして他の乗客を次々に開放していった。そうして、解けた人が別の人を解いていくので、乗客全員の解放にはそれほど時間はかからなかった。しかし、そこには大きな問題が残ったままだった。拘束されたハイジャック犯たちをどうするかということだ。警察はとっくの昔になくなったし、今までボウトを取り締まっていたBBも先日崩壊した。だから、彼らを連行していく人が誰もいなかった。だが、彼らのような悪人を解放するわけにもいかなかった。


 犯人の行く末を見届けたいというか、このまま結論を知らずには安心できないと考えていた人が多かったのだろう。そこにはそれなりの人だかりができていた。


 そんなときだった。一人の男、初老の50代くらいの男だったと思う。彼は、急に銃を取り出して、拘束されて集められていた犯人に向けて発砲した。察するにその男は、ハイジャック犯に奥さんを撃ち殺されていたのだろう。そんな人間が、このまま野放しにされそうな状況が許せなかったのだろう。自分が誰かを殺しても同じように捕まらなさそうだった状況も背中を押したのかもしれない。


 私たち家族はそれを離れたところで見ていた。私は、言葉を交わした彼が意味深にも、先に去ると告げたのがどこか引っかかっていたのかもしれない。彼がさよならを告げてから去るような律儀なタイプには見えなかったのだ。彼は暗に早く逃げろと言っていたのかもしれないと今になって思う。


 とにかく、男の放った銃弾で何人かは怪我を負った。1人くらいは死んでいたはずだ。


 無抵抗の状態で撃たれた側の感情なんて想像するまでもない。激昂だ。


 この世界では銃1発では死なない、これは常識だ。そして、銃の傷はLPで回復できるこれも常識だ。そして、LPを使えば虚空から銃を引き出せる、これもまた常識だ。ということは、撃たれた銃がたまたま腕に当たってその腕が吹き飛んだ人がいたとき、その人はもちろんLPで腕を治癒するのだが、このとき、縛っていたはずの腕の拘束は外れてしまうのだ。そういう位置に腕を持ってきて治癒さいせいするから当たり前の話だ。ということで、その人が銃を取り出せば、文字通り銃撃戦が発生する。こっちは素人だし、相手は手足が拘束されていても、死なばもろともで必死で抵抗するし、それに不幸にも巻き込まれた人が、大切な人を亡くした人が憎しみをもって応戦した。そこには文字通り取り返しのつかないカオスがあった。そこは大きな駅ではなく、常駐していた駅員は2人だけだったので、事態の収束ができる人間がいなかった。結局、犯人たちが全員死んだから終わったというのが、本当に世も末ポイントだった。ニュースが言うには、結果、28人も亡くなったらしい。私たち家族はもちろんすぐに逃げた。そんな地獄に巻き込まれるのはごめんだった。辛うじて生き残って今に至る。ほんと、あれは地獄だった。悲鳴と憎悪と執着その他人間の負の感情のオンパレードだった。こうなるならば、先に犯人を自分の手でもなんでも処刑しておいたほうがマシだったと思えるくらいには。そんなことは到底できなかっただろうが、それでも、だ。


 恐ろしいのが、彼らはこうなるとわかっていたのかもしれないことだ。だが、それが彼ららしくもある。自分の障害は排除するが、そうでなくなったらスルー、いかにもヒーローにはなりたくない人間のムーブだ。まあ、ひとりよがりに非現実的な正義を語る人間よりかは幾分かマシだと思うが。とは言いつつも、彼らのおかげで私たち家族は2度も生き残ったので、彼は嫌がるだろうが次もし会うことがあったら感謝でも述べたい。畢竟、私たちは本当に運が良かった。


 というわけで、休養を経て学園に戻ってきたのだが、なんかうちのクラスに転校生が来るらしい。今日も娘を最後まで学校に見送ってきたので朝礼ギリギリの出勤になってしまった。これでも、あんな事件があるような物騒な世の中だから、娘の安全のためには足りないくらいだと思うが、私も仕事があるので学校の中の娘を四六時中見守るとはいかない。


 資料は見させてもらったけど、どうやら双子らしい。よくわからない経歴をしているが、この学校では、親のお金で出入りする生徒はよくいるので、大した話でもない。ただ、一度も会わずに教室で初対面というのはちょっと不安だ。なんせ、どんな子かわからなくてこっちも緊張するから。教壇に立っての生徒の前だと、ジロジロと見るわけにもいかないし。


 教室の前扉の前で、ひとつ深呼吸をしてから、仕事モードのスイッチを入れる。そして、手を扉へ伸ばす。




「おは……」


(あ、終わった……)


 教室の後ろの窓際、いわゆるアニメ席とその隣に、見覚えのある顔の少女が2人座っている。収まらない動揺を必死に抑えて平静を装う。


(というか、こっちもわけわかんないんだが。なんであなたたちも驚いた顔してんの?)




「朝礼を始める。まずはじめに、しばらくお休みをいただいていたんだが、今日から復帰だ。なんかちょうど2週間だから謹慎じゃないかみたいな噂があるが、家庭の事情ってやつだ。断じて悪いことはしてないからな。勘違いしないように。それで、皆も知っていると思うが、転校生が2人いる。早速なんだが、自己紹介をお願いしてもいいかな」


 よくやった。言い切れた。冷静を装えている。


「アタシは古取ミサといいます。これからよろしくお願いします」

「ワタシは古取ミヤです。ミサちゃんのほうが双子の姉で私が妹です。仲良くしてください。よろしくお願いします」


 拍手が起きる。明らかに大きい。特に男子。可憐な女子に対して実に正直な反応だ。


 だが、私は知っている。2人とも恐ろしい子なのだ。そして、おとなしそうな妹のミヤさんのほうが、底知れず恐ろしい。現に私は、彼女がハイジャック犯を殺したのを見ている。仕方がなかったとはいえ、それができてしまう人間なのは違いない。


 引き攣って今にも朝食が胃から飛び出てきそうなのを必死にこらえて、なんとか朝礼を進行させる。


「えー、何かあるかね。ないなら朝礼はこれで終わりだ。古取さんは2人とも、後で職員室に来てください。渡すプリントがあります。それでは今日も一日頑張りましょう」


 朝礼の後、彼女たちは来た。なんだか、他の先生がいるところで喋っていいのか自分でもわからなくなったので、彼女たちと面談室に入った。


「まずはこれ。わからなかったら申し訳ないが、その授業の担当の先生に聞いてください」


 彼女たちに授業のプリントや課題一式を渡す。


「久しぶりじゃん。元気だった? ここでは柳原先生って呼んだほうがいいっか」

「お久しぶりです。助かります」

「柳原先生、なんで敬語なんですか?」


 妹のミヤさんに聞かれて、はっと我に返った。無意識に殺されるかもと怯えていたのだろう。そんな不安を、今は仕事中だと言い聞かせてなんとか鎮める。そんな姿を見てか、妹のミヤさんがフォローをくれた。


「別に命を狙いに来たわけでも監視しに来たわけでもないので。それにワタシたちも驚いてるんです」

「君たちに再開するとは思ってなかったんだ。聞いてもなかったし。では君たちは何をしに?」

「それ、生徒に聞いていいことなんですか? 普通に学校に通いに来ただけですよ」

「そうだよな。変な質問をしてすまない」

「アタシたちもあんたが星庭学園ここで教師してるとは知らなかった。偶然っすね」

「彼は元気か? もちろん、あの日のことは、君たちのことは、私の口からは一切喋ってないから」

「それを守ってくださるうちは大丈夫ですよ。そうですね。あの人は相変わらず優しくてニヒルです」

「というか、先生、生き残ってたんだね。あの後、死者いっぱい出たらしいのに」

「彼の、いや君たちのおかげだ。本当に感謝している」

「これからよろしくお願いします、柳原先生」

「困ったことがあったら言ってくれ。私に出来ることなら力になろう」

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