1-02. 憧れをこの手に
私が己の中もう一つの人格に気づいたのは、ちょうど10年前、私が8歳の頃だ。
いわゆる"前世の記憶"について語るには、私の歩んできたこの世界での生涯におけるきっかけをその少し語らなければならない。
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私はクレア王国現国王アルステラ・エルド・クレアと王妃エミリア・ウォルター・クレアの娘セラフィスタ・クレア。王位継承権の第一位を持っている。私には弟のシルベスターと妹のシルフィがいるけど、クレア王国の歴史は国を興したのが女王だったらしく、王位継承権で男性が優遇されるということはないらしい。
ちなみにお隣のルーン公国は、元々クレア王国の王族から血を分けた公爵だったルーン家が建国した国で、建国当初から君主は男子制らしい。
そして王族である私は、同時に公爵としての地位も持っている。これは3年前に父上に説得に説得を重ねてやっとの思いで叶えたものだった。
件の少し前、たまたま私がついて行った父上の視察の道中に寄った都市。王都周辺の都市が主に商業で賑わい、まさに都と言った風景を持つ中で、豊かな自然を残して、近隣都市へと供給される、上水道設備が街の景色と溶け合って、まるでひとつの水彩画のキャンバスのようになっている都市――"クーロン"に私の目は奪われた。ただ、その頃のクーロンは、他の都市や王都への"給水施設"程度にしかし見られてなく、都市を運営するための予算も、明らかに他の都市と差別されたものだった。思えば、私が政を積極的に学び、参加するようになったのもこの頃からだった気がする。
いくら、上水都市以外の魅力を持たないと言えど、都市の規模はやはり近辺の都市に等しいのだ。そんな中予算を削られていては、都市の運営に支障だってあろう。然る事乍ら予算の使われる方面によっては、そもそもの上水設備の維持自体が困難になってしまう可能性だってあった。そうなれば結果として、クーロンから水を引く王都にも少なくない被害が出るのだ。
だけど、何より私は生まれて初めて衝撃的な魅力を覚えたこの都市の経済を見放すことなどできなかった。
そこでまだ少し幼き15歳のかつての私は父上に直談判をしに行った。
「父上、頼みがございます。」
「なんだ、言ってみよ」
あの時の父上は仕事が手隙になっていた珍しい時期で、機嫌もよかった。そこで当時の私は思ったのだ。何事でもないかのように勢いに任せればきっと何もかもがすんなり行く、と。
今になって振り替えれば、まぁ……間違ってはいなかったと思うけどね!
「クーロンを私に管理させて戴きたく!」
「は?」
「はい?」
私の言葉に、父上の傍で財務書類の確認をしていた母上までもが顔をあげた。ついでに言えば、その時部屋にいた侍女までもがもはや驚きというより訝しみを含んだ目で見ていた気が……今考えると、絶対不敬なことを思われていたような……
「いま、私にはクーロンと聞こえた気がするが。エミリア、私の聞き間違いだろうか。」
「いえ、わたくしにも確かに…」
まさに「は?」の口のまま、たっぷり数秒間思考が止まっていた父上が、確かめるように母上に問うていました。
あれ?なんでそんなに非現実的なことがすぐ目の前で起きたように混乱しているのでしょう。
「父上!聞き間違いでも幻聴でもなんでもございません!
私がはっきりと申し上げました。クーロンを我が手に治めさせてくださいませ!」
仕方がないので御二方の思考の撥条を巻き直して差し上げるためにもう一回威勢良く言っとこう!と、勢いが収まらぬままに私が言うと、
「何を言っておるのだ?」
「ですから、クーロンを我が領地に、ということです。」
三度目の復唱にして、やっと言葉の意味が頭に入って来たような父上が、同じく母上と見合わせ、ふたり共々目を細めて僅かに私を流し目で見た後、やれやれと溜息をつきました。ーーー我ながらあの時の私、もう適当にあしらうことは出来ないくらいに目を輝かせていたと思う。とはいえ、まだ政務の経験もほとんどなかった私の申し出を即座に断ったりはしなかったな。つきましては父上、母上の慈悲深き御心に感謝を。。。
「ううむ。何故のクーロンなのだ。まだ、王都より遠き地ならばいざ知らず…」
「王都より近く、都市としての重要度が高いことは承知しております。しかし、その割にはクーロンの予算や派遣人員などはあんまりでございます!前に、父上に同行した視察の道中、私はクーロンのあの絵に書いたような美しい都市の景色に魅了されました。初めてのことでした。あんなに"私の手であの地を更なる高みへ導きたい"と思えたのは… 私は!あの地を!自らの力で!民と歩みを揃えて良き都市にしたいのです!」
言葉にするにつれ、思わず感情が昂った私の言葉を聞くと、父上はいたって真剣な表情で私に向き直った。
「お前の言いたいことは分かった。しかしだ、彼の地はバールーン侯爵の領地。バールーン侯の言い分もある上、住民らにしても、いきなり王族の身であるお前が領主だと言われても混乱する者も多いだろう。」
「それは………」
「第一にだ、まだ政の経験もないお前がバールーン侯から領地を譲り受けたとしても、近隣貴族はよく思わんだろう。」
「では、私が政治の知識を得て、領主たる姿勢を見せられれば良いのですね。」
「できるものならばな。」
多分、あの時だった。私の中で、本格的な政治への意欲が湧いたのは。
クーロンを導く以前に私自身を導くように魅了したクーロンという都市を掴むために私自身も分からないくらいの不思議な原動力は、行動を起こすには十二分だった。
それから私は飛び出すように城を出てまだ見習いだったトープの手を引き、クーロンへと馬車を進めていた。
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「はぁ、領有権の移譲…でございますか。」
私はバールーン侯と向き合っ形でソファに座っていた。
バールーン侯は、おおよそ髪が白くなり、身体にも皺が目立つようなおじい様だった。現役の領主としては、かなり高齢だったのだと思う。
隣では、トープがバールーン侯に仕える侍女の手馴れた仕事を食い入るように見ていた。
ごほんと咳払いをし、本題について腰を入れて話し合う意思バールーン侯が示すと、トープは一瞬肩を震わせたものの、私に習ってバールーン侯に目線を直した。
同時に、私の頭の中では、バールーン侯をどう口説き落とそうか。馬車に揺られる中考えた、その草案の幾つかを頭の中に思い浮かべていた。
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「元より、爵位返上を考えていた!?」
拍子抜けだった。
まさかバールーン侯が爵位の返上を考えていたなんて。ということはつまり、領地もその際に別の貴族に渡るか王都に近いから、王族直管の領地になるのだろう。
「なぜ、そのようなお考えに?」
「えぇ、実は私には跡取りが居らんのでして。このままでもバールーン侯爵家の歴史は我が代で終えるものでした。そして、見ての通り私もこのような老骨。そろそろ引き際かと思いましてな。」
確かにバールーン侯の傍に控えている侍女は二人だけど、そのうちの片方は、バールーン侯がこの応接間に入って来た時に介添えをしていただけたな。つまるところ、移動のお世話がメインなんだろう。
「そうですか。それでは、今後の領主についてもある程度の検討がお済みで?」
引き継ぐ貴族が決まっていては、私の願望は格段に叶いにくくなってしまうだろう。何しろクーロンは王都からも近く、衛生の要でもある上水施設を管理する重要都市だ。今までバールーン侯が何も言わなかっただけで、次の領主もそうとは限らない。
物怖じせずに王都に予算を請求できるような人材なら、この都市はかなり有用なものになる。そうすれば、私の出る幕は無くなってしまうだろう。
途端に不安が顔に出てしまった気がした。しかし、バールーン侯の表情が宥めるようなものになり、私に微笑んだ。
「そう慌てなさるな、王女殿下。まだ、引き継ぐ先は決まっておらんのです。」
「本当ですか!」
「ええ、領地内の貴族を集めて、話し合いの場も設けたりもしたのですが、なにぶんクーロンの貴族は我がバールーン侯爵家以外は、子爵貴族が大半を占めております。他の王都周辺都市より冷遇されているとはいえ…いえむしろそれ故に、この都市の領主になるための器には足らぬと、どの家も手を引いてしまっている状態なのです。」
なるほど分かった。確かに爵位としても弱い子爵家や男爵家では、腐っても王都を中心とする"都市たる都市"の領主を務めるのは不安な訳だ。
「ではバーレーン侯、私に領地を治めさせていただける機会はまだあるのですね!」
「左様にございます。しかし無条件に、という訳にもいきませんでな。見ての通り、他の都市と比べれば都市としては平均以下、いえむしろ、経済・人口・観光における注目度までもが低いかも知れません。しかし此処クーロンは、貴族と平民がささやかに手を取り合って参りました。それがいきなり、所謂都会流――貴族が平民を疎かにするようなことになるのは、私もこの地の小貴族も望んではおりません故、まずは最優先に、この地に住まう者が身分によって溝を生まないように継続していただきたいのです。」
「それは勿論。ですが、私には政の経験をそう多く持ち合わせておりません。王族としては恥ずかしい限りなのですが。」
しかしバールーン侯は、その頭をゆっくりと左右に振った。
「王女殿下ほどの御年齢では致し方のないことではござろう。」
「いえ、ですが……」
「そう不安にならずとも良いのです、王女殿下。陛下は、あなたの実力次第と仰せられたのでしょう?あなた様は、実際の政に足を踏み入れた事がないだけで、その理念や手法は学んできておられましょう。」
「はい。ですが……――」
「――私もそうであったな……」
「えっ…?」
今考えれば、押しかけた時の威勢はどこに行ったのやらと思うほどに、"領主"という目標が手の中に近づけば近づくほど、不安になっちゃってたなぁ、私。
そんな私の不安を押し切るような形でバールーン侯は、その細い瞳を遠くへ向けた。
「私も初めはあなたのようだったのじゃよ、セラフィスタ様。」
そこからバールーン侯は、自らが領主になった当時のことを、思い出すように語り出した…
セラフィスタの過去の記憶ですよね。
大丈夫です。忘れてはいません(笑)
一旦ここで区切って投稿させてもらいました。
次話までには、説明し終えます。




