1-03. 領主の願い
バールーン侯爵家、現当主キリアトス・バールーンが物心ついた時には、クーロンは村々の連なる郡村地域だった。バールーン侯爵家は当時まだ伯爵位の家で、バールーン伯爵家の治めていた村の集まりがクーロン村落と呼ばれていた。
当時から王都の場所は今と変わらなかったが、その頃は人口が今ほど王都に集まってなかったこともあってか、クーロンでは、昔からの住人が細々と生活をしていた。―――そんな、セラフィスタの目を惹いた今のクーロンの景色の元とも言うべき、今よりさらに自然に溢れていたクーロンはキリアトスの父、アルバトスによって治められていた。
そんなクーロンに都市開発計画の話が持ち上がったのは、キリアトス8歳の時だった。
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「聞いてくれ皆の者、我らが地クーロンは、王都より給水都市としての開発要請を受けた。しかし、この辺りには王都より均一な距離感で、幾つかの候補地があるらしい。なので断るならば、それも良しどのことだ!先日各村長からの通達はあったかと思うが、ここに集った我が領民たち皆に決めて欲しい!」
ーーアルバトスは、領民思いの貴族だったーー
領地での天災・魔災ーー魔物の襲撃ーーの予兆があればすぐさまに民を避難させ、自分は最後まで残って、"魔法"を行使して魔物との全線に居るような人だった。
それ故に、【クーロン給水都市計画】においても、まず民の意思を優先した。
「アルバトス様、そうは仰られますが、断るとなると中央執政会に波風を立てることになるのではないのでしょうか?」
「もしそうなって、アルバトス様の地位や身に危険が及ぶことになるのならば、私たちは文句も言わずに王都の要請に従いましょうぞ!」
「そうですよ。我々の住む地域の形より、今のバールーン伯爵殿と我ら民衆の信頼こそ守るべき信頼の形です!」
口々にアルバトスへの忠誠を立てる民の目には、不安や心配の色が多くあった。
そんな風に我が身を案じてくれる領民を、一段上がった台の上に乗りながら見渡したアルバトスは思った。このような領民に恵まれた私達バールーン家は、どれだけ幸せなことだろうと。だが、そんな思いがあるからこそ、やはりアルバトスはこの地にとって一世一代のことであろう大規模な都市計画の方針は領民の意見を最優先にしたかった。
「我がバールーン家はこう見えても伯爵位である。この辺りの公爵は、王都での執政会への勤めでお忙しいと見える。もしそなた達の決定で、都市計画の要請を拒否したとしても、侯爵や子男爵の貴族が横槍を入れる隙は見せまいと誓おう!」
「バールーン殿がそこまで仰るのであれば…」
「分かりました。そのお言葉を信じ、我らも素直な気持ちを示すというのがアルバトス様への忠誠となりましょう」
集まった民の顔に意を決した色が広がるのを眺めながら、アルバトスもまた、どちらに転じても良いようにと心持ちを固めた。
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「それで、報告と言うのは例の都市計画の件でよいのかな?」
「は! その通りでございます!」
民の投票を受け終えたアルバトスは、王宮に足を運んでいた。
「我がバールーン家領地、クーロン村落は王都より頂きました、クーロン給水都市計画を……――」
「……――お受け致します!」
「分かった、そのように執政会にも話を通しておこう」
「は!感謝致します」
クーロンの民の意見は決まっていた―――
「例え、アルバトス様への気遣いを無視して考えたとしても、この機を逃せば、こんなに大きな発展を臨めることなどないだろう!」
「「あぁ!そうだ!!」」
「「えぇ、そうですとも!」」
アルバトスの宣言の後、そう意気込んだ民の目には、都市計画への希望が満ち溢れていた。
そのために結果としては、都市計画の賛否を問うために行った投票も、反対はひとつもなかったのである。
「それとバールーン伯、もう一つ伝えておくことがある」
「はい、なんなりと」
「これから先クーロンには、王都並びに此度のクーロン給水都市計画と並行して計画されている王都包囲壁城都市計画によって建設される都市の水資源の源流となってもらう。いずれは計画の名の通り、王都を包囲する城壁のようにそびえ建つ複数の都市の領主共々、主要都市同士の方針をある程度同じ方向に向かせるべく"主要都市会議"を執り行おうと考えている。その際には、王都の代表として国王の私か、息子のアルステラも出席する。また、現時点での話にはなるが、壁城計画においての領主候補は皆、公爵か侯爵だ」
ここまで話を聞いたアルバトスはこの後に続く言葉をおおよそ察した。確かに、王族、公侯爵の面々が並ぶ中、一人伯爵位の者がいても分が悪い。
「そなたには、この時を以て侯爵の爵位を授ける。これからの活躍に期待しているぞ」
「ありがたきお言葉で、身に余る限りでございます。」
「正式な発表は、今後予定している都市計画発表会にて行う。それまでに、領民の者に伝えておくように」
―――ここまで話したキリアトスは、窓の外に写る、広大に広がるクーロンの街並みからセラフィスタへと目線を戻した。
外を眺めていた時のキリアトス侯の目は、理想への憧れと、今でもそれを受け継いでいる彼自身の信念のようなものに見えた。だけどなんでだろう…… 私に向き直った今度のキリアトス侯の目は、いつかの"悔しさ"を思い出しているかのような、仄暗い雰囲気も纏っているような気がした。
給水都市計画が本格的に始動してからは、目まぐるしい日々だったらしい。実際に領主として指揮を取っていた訳でもない、キリアトスの幼い目から見ても当時のアルバトスは、忙しなく見えんだから、凄かったんだろうな――
都市開発に先立って、王国中から土工達が都市計画の地にかき集められた。クーロンも例外なく作業が推し進められ、土地の整備が済む頃には1000人規模の大工達が毎日交代で仕事に当たる体制が取られていた。つまりは、1日に働いている大工達の二倍もの人員をクーロンは抱えていた。
作業に当たった土工や大工も王都より告知された求人の募りに惹かれた者らだった。この計画の工事に携わった者は、完成した都市の集合住宅に優先的に住まう権利を与えられるのだ。後に、都市群開発当初に大工達のために用意された一般的な家々よりも高層な集合住宅は"アーバン"と呼ばれ、現在でもその文化は踏襲されている。
クーロンにとって、また王国にとって一大計画であった都市群の開発は、約五年の歳月をかけて完了した。キリアトスは13歳になっていた。
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「お父様、お疲れ様でした!いよいよですね!!」
「あぁそうだな、キリアトス。これから我がバールーン侯爵家は、こんなにも大きな土地とここに住まう民の期待を背負って行くのだ。いづれはお前もこの都市の領主となるのだからな。今度からの政務にはお前も顔を出しなさい」
「はい!父様!」
今までは、貴族と言えど、のどかな村落の真ん中辺りにあった家は、今や都市の中心に堂々と位置し、これから自分の父――ひいてはバールーン家時期当主の自分がこの土地を治めてゆくということに私の気持ちは高揚していた。
体制を新たに、小貴族も領内に誘致して貴族街も構成し、バールーン侯爵家を筆頭に複数の貴族で話し合い、自治をするということになったことで、"都市らしい"政治体制になった下で政務を学ぶ機会を得られると考えると、やはり私の気持ちは昂る一方だった――
しかしそれは、そう長くはない時を以てやって来た。
父様が、病に臥したのだ。恐らくは、度重なった気苦労だったのだと思う。
都市ができてからは、王都や他都市からの書類の確認に忙殺されていた父様は、一番大切にしてきた"民と近い距離で接する"機会を多く失ってしまった。さらには、都市の規模がとても大きくなった影響で、古くからの先住の民達との交流もめっきりと途絶え、そんな中でも父様の"民を大切にしたい"と言う思いだけが膨れ上がってしまった。
元は人口も少ない村落の領主だった父様だ。ただでさえ、都市計画の段階で多くの気苦労があったはずだ。そこにさらに己の理念を守れない自分自身への不満を抱え込んでしまったのだ――
――父様が亡くなったのは、それから半年も経たない頃だった。
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「私にも、できることがあったのではないかと思ったのだ。父がそこまで気苦労を背負い込む前に、気づくことはできたのではないかと…」
私に向き合いながらも、過去を回想していたバールーン侯の瞳は、今度はしっかりと私を捉えていた。
「私の母は、平民出身で政務に疎くてな。それに、父が亡くなったショックでとてもではないが政治を任せられるような状態でなかった。故に王都から、領主交代の打診がきたのじゃ。その打診を、当時のわしが是が非でも断ったから今こうしてもなお、この地を治める事ができているのじゃがな」
ハッハッハ――と表現するには及ばぬほどに掠れた声で、バールーン侯は笑っていた。さっきの重い話を聞き、表情を暗くしていたトープも少し安心したように、綻んだ顔になった。――その時の一瞬、誰よりも表情を豊かにしていたトープのことを、部屋にいた全員が"微笑ましいなぁ"というような目で見守っていた事を、本人は知る由もないのだが。
「都市発足からバールーン家を支えてくれておる領内の貴族は皆、その時から今と同じような考えだった故に、領主の座を得ようとする家はなかったのじゃ。だからこそ気がかりに思った王都が新しい領主を用意しようとしたのじゃがな。歳の数が十三だったわしは、王宮に直談判しに言ったのじゃ」
今度はバールーン侯は武勇伝を語るような表情で語り始めた。――今考えても、貴族にしてはとても表情豊かな人だと思う。
「先代国王陛下も、バールーン家の内実を知った上で心配して下さっておった。まだまだかつてのわしが政には点で経験など無いことも承知していたのじゃ。そこで少年だったわしに、先王陛下はこう仰ったのじゃ」
――王都執政会にてその手腕を鍛えてこい―― と。
あー、分かったぞ。これは私にも「政治の実務経験を積んで来れば、領地を移譲しよう」という暗示だ。
私がバールーン侯の言わんとすることを理解したことを把握した顔持ちのバールーン侯は、もはや説明ではなく、子供に昔話を語りかけてくるように私に言った。
「その後のわしは、大変じゃったがな、しかしあれはあれで貴重な経験であった。本来公爵家が中心となり王国の方針を決める王家直管の会議に、その国王の融通の下で経験を積むことができたのじゃ。そうゆう訳じゃ、場所は構わん。どこかで経験という名の貴族、王族なら生涯ものにすることができる"手腕"を手に入れてきて下され。
わしには、"父の理想を継ぐ"という信念に近い目標があった。また、あなたにもそれに似たものがあって、それに突き動かされていきなりいらしたのだろう。志を貫くには、それ相応の実力が必要です。それは追い求めるものが大きくなればなるほどにその実力をも追いつかせるための努力が必要だということなのです。その点、結果的には我が父は残念ながら至らなかったのでしょうなぁ……
しかし、セラフィスタ様に背負われたクーロンの未来が明るく想像できるほどの努力を見せてもらえれば……」
バールーン侯と私はお互いに、真剣に見合っていた――
「――さすれば私も、安心して後世にこの地と民を任せられるでしょうな」
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―覚悟は決まった。
―条件も分かった。
とんぼ返りに王都に戻った私は、すぐさま父上との対話の時間を用意してもらった。
「父上、取り急ぎでこのような時間を頂いたこと、感謝致します」
「ああ、それはよいが、キリアトス侯との交渉はどうだったのだ?」
父上は、私の"クーロンを我が物に宣言"の後、[私が自分でバールーン侯の下に行き、交渉をすること]を条件に話を考えると言ったので、その交渉の中で持ち上がった条件には、できる限りの協力を計ってくれると言っていた……
(つまり、私の成すべき事はただ一つ!!)
「父上!私を執政会の政務に携わらせて下さい!!」
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「はあーーーーーー!!?」
―――そうだった。父上からは、交渉の結果というか内容を伝えるように問われたんだった。説明のステップを飛ばし過ぎてしまった……
デジャブのように思える展開を巻き起こした自分自身に苦笑しつつ、思考回路の再起動が終わった父上にことの成り行きを話した――
「――そうか、父の代でそんなことが……」
都市計画のことは、資料などで知っていた父上も、バールーン領に限って踏み込んだ話は知らなかったようだ。私の説明を聞き終えた父上は腕を組んだ。
「……分かった。執政会は、王家直管の機関だ。私が話を通しておこう。しかしだ、ただ執政会の末席に連なっているだけでその姿を示した――というのでは、王家として情けない。お前がバールーン侯に堂々と顔向けできるように、私はお前にこの場を以て命ずる」
――"施政総理省政務官"の職に就け!――
そうゆう成り行きがあって、私は今の状況にある。
大公爵の爵位は、執政会に名を連ねるだけなら王族の身分で十分だったんだけど、いよいよクーロンを私の領地に………という段になってから、
(あれ?王族が治めたら、それはもう王都と変わらないような……)
ということになって、大公の爵位も授かったんだよね……
おかげで、研修のような感じだった執政会での仕事も、"大公"としての立場から参加を継続して欲しいって嘆願書が来て、私、セラフィスタ・クレア18歳は今日も職務に埋もれています。
でもその話はまた後でね。
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クーロンを治めるようになった後も、私は、王族としての立場で魔法の鍛錬をしていた。
その日も、いつも通りの
――はずだった。
「シエル・ルミネ!」
あの時、なんでああなったのかは、今でも分からない。
あの時私の放った光魔法は、空まで昇って発動する魔法だったから、プレサージと呼ばれる魔力の籠った小さな玉が前世で言う飛行機雲のように尾を引くほど薄くなる線を残して、空へと吸い込まれて行った。そこまではいつも通り。違ったのはその後で、まるで、空から誰かが私の魔法を弾いたかのように、プレサージは戻ってきた。自然に落ちるよりも速く、何より明確に私を狙い澄ましたように降ってきた。
唯一、はっきり覚えてることは――
戻ってきたのは、闇属性の魔法だったということ……
私を狙い澄ましたプレサージが私の目前に迫った時、それだけが強い疑問になって記憶にこびり付いた。
だけど、その理由を考えるよりも早く、私の意識は次第に遠のいていった―――
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……夢を見た。いや、見ているんだ。
私達は、舗装された道路の歩道を歩いている。
私の隣をきみが歩いてる。そして、私をからかうように何かを喋った後、君は私の10mくらい先に軽やかな足取りで進んで、追いかけるように手を伸ばした私の顔を覗き込んでいた。
その時だった、一瞬の内に立って居られなくなって、地面に倒れ込む。―貧血?
いや違う。視界にいるきみや周りの人達だって、立っていられなくなったり、壁に手をついている。
――あぁ、これはまずい。少しのタイムラグの末、夢の中の私は状況を理解する。
きみに向かって、なるべく車道側に移動しようと言った私は、きみの隣のビルの、工事のための足場のパイプのうちのひとつが、大きな音を立てて接続部分の金具ごと外れたのを目にした。
―――無我夢中だった。立てないほどの揺れの中、私はきみに駆け寄ろうとして、どんな体勢かもよく分からない姿勢で進んでいた。
きみは、揺れに怖がって体を丸めるようにうずくまり、真上から降ってくるパイプには気づかない。
左右によろめきながら、きみの横にしゃがみこんだ私はきみに覆い被さるように抱きしめた。
―――君の温もりが最期の記憶だった。
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『1-03. 領主の願い』
お読み下さりありがとうございました。
それでは、また次話で!




