70話 イーグと剣咲流
カミノの街をぶらつく俺とルビィとネオンの3人は行く当ても無く、ブラブラと観光を楽しみつつ酒場へと向かっていた。
カランコロン
と酒場の扉を開けると、そこは絵に描いたような光景が広がっていた。
時間なんて関係なしに飲んだくれる男達を筆頭に、テーブルの上で細かい賭け事をやってる奴等、バーのカウンターでウエイトレスを口説いている奴や、情報収集なのか酒を飲まずにジッとしている奴など様々だ。
「ここが酒場ー。」
と歓喜の声をあらわにするネオン。
「ふむ、なかなか良い空気だな。」
と御満悦な様子のルビィ。
「とりあえず何か飲むか?突っ立ってても目立つし座ろうぜ?」
「そうだな、ネオンテーブルとカウンターどちらが良い?」
「えーっと、やっぱりカウンターかな!一度座ってみたかったんだ。」
「それ少し分かるわ、俺も最初は憧れてたし。」
ケアルランドでスネ夫に連れられて行ったのが懐かしい、、いや、最近か。
3人とも、空いている席へと横並びに腰掛ける。
酒場のマスターなのか、バーテンダーなのか分からないが、少しイカついおじ様が俺達を物珍しい目で見る。
「いらっしゃい、飲み物はどうする?」
「私は地酒をもらおうか。」
「俺は麦酒あれば欲しいかな、無けりゃルビィと同じで。」
「えっ、えっ、私は、どうしよう。」
坦々と注文してしまった俺達2人に焦るネオン。
「まぁ、ネオンは酒じゃなくて普通にジュースでも飲んでれば良いんじゃないか?」
「むっ!そうやってユウは、私を子供扱いする!」
「えっ?酒飲めるの?ネオンが飲んでるのなんて一度も見たことないぞ?」
「むむむむ、飲めなくはないもん!」
「分かった、分かった、じゃぁ俺が適当に見繕うから。」
こりゃ地雷踏んづけたかな。
仕方ない…
「マスター悪い、軽めのカクテルみたいなやつお願いしても良いか?」
とコソコソ頼む。
「あいよ、ちょっと待ってな。」
見た目に反して気が利くマスター。
ネオンにはオススメを頼んでおいた、と言っておこう。
…
「うーん、こりゃ旨いな。喉ごしがまた違うぜ。」
「私のも、なかなか良い香りだ。後で仕入れていこう。」
「どうだ?ネオン、旨いか?」
「…。」
何やら微妙な顔で頷くネオン。
どうやら口に合わなかったようだ。
「大丈夫か?口直しに何か頼むか?」
「いらない。」
「いや、しかし、酷い顔だぞ?」
ルビィの気遣いも突っぱねながら、カクテルを少しずつ口に運ぶネオン。
うーん、これはマズいかな。
「マスター、チェイサー3つもらえる?」
と、それっぽく言って水をネオンに渡す。
こういう時のネオンは素直にならないからな…3人共水飲むもんだと思えば受け取るだろう。
案の定グビグビと水を飲み干すネオン。やっぱり苦かったのか…
…
「ふいー、飲んだ、飲んだ。ついつい長居しちまったな?」
なんだかんだ言って、俺は3杯。ルビィは5杯とそこそこに飲んでしまった。ネオンは言わずもがな最初の1杯から進んでない。
「うむ、そうだな。酒も満足だし、1度宿の方へ向かうとするか。。ネオン、体調は大丈夫か?」
「全然平気だよっ!もう、なんでこんなのが美味しいのか分かんない…2人とも変だよ。」
「ははっ、ユウはともかく私は事あることに飲んでいるからな、身体が欲しているかもしれないな。」
ルビィ…それはただのアルコール依存症だ。
「まぁ、俺も酒を飲み始めた時は旨さなんて分からなかったし、ネオンもその内わかってくるんじゃないか?」
「そう?かな?うん、そうだよね。」
「そうそう、飲みたいって気分になるまで無理して飲む必要なんかないんだぜ?飲まなきゃ死ぬわけでもないし、むしろ飲まない方が健康だぞ。」
まぁ、百薬の長とも言うし、少量なら健康的なのか?
てかこの2人に長生きとかって、酒に関係なしだろ。
「おっ?ボンズ、こんな所に居たのか?」
「ルビィちゃーん!」
と背中から聞き慣れた声が聞こえる。
振り返ると、もちろん見知った顔が2つ。
「よぉ、スネ夫、カレンは、おはようだな。」
「おはよ、3人で仲良く飲み会?」
「まぁそんなとこだ。」
どうやら、宿の手配やらは終わったのか、スネ夫が寝起きのカレンを連れて散策していたようだ。
「カレンも一緒に飲む?」
「そーしよっかなー、ネオンは何飲んでるのー?」
「なんか、苦いやつ。ユウとルビィはずっとお酒飲んでるよ。」
そう言いながらネオンの横に違和感なく座るカレン。
まぁ、少女2人がバーカウンターに並んでる時点で違和感しかないけどな。
「スネ夫、クラリスとオヤジは?」
「あー、クラリス様が剣咲流の本部へ行くって言ってたから、オッサンが付き添い。俺も行こうと思ったんだけど、チビ助が丁度目覚めてよ、こっちの付き添いだ。」
「別にファル居なくても良かったのにー」
「んま、そういうなや、俺もアッチよかコッチのが丁度良かったしな。」
と、いつの間にか端っこで立ちながら酒を飲み始めるスネ夫。
まぁ、ソードフラワーの件でグタグタ言われるより、コッチでのんびりしたい気持ちは分かるわー。
てか、クラリスも真面目だねー、呼び出される前に自ら向かうなんて。なんか色々揉めると思ってたけど、案外すんなり行きそうだな、スネ夫じゃなくてオヤジが付いてったのも高評価だ、オヤジも見た目に反して、意外過ぎるほど真面目だからな。
「カレンとスネ夫は、ここに来る途中にマナとかライナスは見なかったか?」
「見てないよー。」
「俺も見てねぇな、ライナス様なら湖辺りに居そうな気もするけど案外嬢ちゃんに連れ回されてるかもな。」
「そりゃ違ぇねえ、容易に想像出来る案件だな。」
大方どこかブラブラしてるんだろう。
まぁ、宿は決まったみたいだし、その内探しに行ってやるか。
「ルビィどうする?先に宿行って荷物とか置いておくか?」
「私はこのままでも構わないぞ?カレンもスネ夫も来たばかりだ、そう急ぐものでもないしな。ところで、宿の場所はどの辺なのだ?」
「えっと、街の入り口付近の宿場街です。大きな剣の石像が目立つ分かり易い建物なので、行けば分かると思いますが、一応自分が案内させてもらいます。」
「そうか、それなら尚更急ぐのは忍びないな、ゆっくりしてから行くとしよう、ユウもそれで良いか?」
「まぁ、スネ夫やカレンにも悪いしな、いいぜもう少し付き合ってくよ。」
「サンキューボンズ。ルビィ様も、ネオン様もありがとうございます。」
まだイマイチ堅い気がするけど、スネ夫もルビィとネオンに大分慣れてきたみたいだな、、良い傾向だ。
そんなこんなで、結局5人でしばしの休息を楽しんでいた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
街のメインストリートを抜けた突き当たりに一際目立って構えている建物。
その全容は外からは見えないが、石壁で囲まれた頑強な塀から覗く白1色の大きな建造物。
近づけば、中からは多数の人の声が聞こえ、そこに大勢の人が集まっているのが分かる、剣のぶつかる金属音や、己を鼓舞するような掛け声。
ここカミノの街、もとい、東聖大陸中部に位置するイグザ連合国とネオシグマ帝国の国境線、どの勢力図からも外れた武力集団と呼んでもおかしくない『剣咲流』本部それである。
「クラリス様御一行ですね。剣頂ガストより話は伺っています、中へどうぞ。」
と門の前に立つ2人の剣士がクラリスとザンザスを招き入れる。
「急の来訪、すまない。手短に済ませるつもりだ。」
そう言いながら、堂々と剣咲流の道場へと足を踏み入れる。
…
多数の門下生が剣を振るう姿を横目に、案内人の後を歩く。
周囲への警戒などする必要も無いほどに、ヒシヒシと伝わる2人への視線。先日の件がどのように伝わっているのか知らないが、心地良いものでは無い。
長い廊下を進む間に、何人もの剣士とすれ違うが、全員がかなりの手練れ。不意討ちなどは無いと思ってはみても、自然と身体に緊張が走る。後ろを付いて歩いているザンザスの額にも細かい冷や汗が光る、そんな緊張状態の中一際大きな扉の前に辿り着いた時だった。
ッッ!!!
一瞬、まさに時の感覚を失う程の刹那の時。
2人は自身が斬られたような錯覚に見舞われる。
だが、錯覚は錯覚。自身は五体満足、もちろん身体は無事、しかし扉の向こうから放たれた殺気が、道中浴びせられたものとは別次元の位だと一瞬にして感じ取れる。
「どうぞ、長と幹部達がお待ちです。」
そう言いながら扉を開ける案内人。
ゆっくりと開かれる扉の向こう、上座に鎮座するのは、独特な衣装に身を包んだ初老の男と、それを取り囲むよう両脇に正座で並んでいる複数の剣士達。
「失礼する。」
そう一言だけ口にし、広間へと踏み出し、初老の男の前まで進むクラリス。
白髪混じりの茶色い髪の毛は後頭部でひとまとめにした長髪、何の武装もせず着物姿で胡座をかきながら、此方を見つめる眼光は先ほど放った殺気とは無関係な程穏やかに見える。
「よぉ、久しぶりだなクラリスさん。」
「御無沙汰している、剣神フウガ・スターフィル殿」
目の前の人物こそ、剣咲流の長、剣神フウガ。
過去に何度か面識があるが、昔から変わらない不気味な気配。
「なーんか悪いな、わざわざ来てもらってよ。」
「いえ、此方の不手際故に御迷惑をお掛けして、大変申し訳ない。既に話は伺っていると思うが、一応損害については補填し、それ以外の要求等は、出来る範囲で収めるつもりなのだが…。」
「あー、まぁ、お互い死人とか出なくて良かったじゃねぇか、失った分返してくれんなら俺からは何も言わねぇよ、てかよー『頂』の位だとクラリスさんには届かねぇって事実に、俺は残念な気持ちでいっぱいなのよー。なぁガスト?」
その言葉に気まずさを感じているのは、両脇に座る複数の剣士の1人ガスト。
「自身の修行不足故、言い返す言葉も御座いません。」
「ん?そうか、まー、相手が悪かったってのもあるけど、お前は、アレだ、一からやり直しだ。」
「くっ、か、かしこまりまし…た。」
「てな訳で、『頂』と魔剣に空きが出たけど?今『豪』の奴、欲しい奴いるか?」
その言葉に両脇で正座している数名の気配が膨れ上がる。
そして、我先にと足を立てようとした時、、、
「剣神よ、客人の前です。そのような戯れはまた別の頃に…」
1人の剣士がすかさずそれを宥める。
おそらくは、この中でもかなりの実力者、『極』クラスの地位に居ると思われる。
「へーいへい、頭堅ぇな、ウチの幹部様達は、まぁその辺は適当に決められるよう考えておくわ、、、、んで、クラリスさんよ、あんたこの街には何か用があって来たのかい?」
「いや、ただの立ち寄りだ、長居するつもりはない。」
「ふーん、まぁ副長も辞めたって話だしな、此処に常駐する事もねぇか。じゃぁもう一つ。」
ニヤリと口角を上げながら、隠しきれない殺気を放つフウガ。
「他に、誰と来てるんだ?」
「……何を聞きたいのか、分からないな。」
「すっとぼけんな、このオレを舐めてんのか?来てるんだろ?水迅流の『聖』がよ…」
「……。」
やはり、隠しきれなかったか。
この男の並外れた直感を掻い潜るのは難しいと思ってはいたが、、しかし、どうする。何か言って聞く相手でも無いし、他流派への執着も人一倍強い…ここで上手く躱せても、いずれは衝突する事になるのは間違いない……か。
「黙り…って事は、そうです。って事かな?
おい、誰か!何人で行っても構わねえ、水聖をここに連れて来い。」
「まっ、待てっ!」
「あん?どうしたクラリスさん?」
「訳あって今騒がれるのは不味いのだ、なんとか穏便に済む方法は無いであろうか?」
「穏便にねぇ?さっき話してた、それ以外の要求ってのは、コレじゃ駄目なのかい?」
「本人に確認を取らなければ、私の一存で首を縦には振れぬ。」
「まあそう言うわな、、、」
いくら剣咲流の剣士達といえどルビィ様相手だ、何人向かっても無駄足、そんな事フウガ自身も分かっているはず、先ほどの煽りは此方の意図を読む為だけの虚言か…。
しかし、現実的に騒ぎが起これば、どこから情報が流れるか分からない、カリキのような被害がここで起きるとなると、慎重に行動せねば、、、
そんな思惑の中、場違いな声が、入り口から広間に響く。
「あれ?先客か?」
「うげぇっ…よりによってクラリスさん居るじゃないですかぁ…」
振り返るとそこに立っている男と女。
比喩では無く、何も無かった空間に突如姿を現した2人。
病的なまでに痩せこけた顔、術士が身に纏うようなローブ、その手に握られてる不気味なオブジェが特徴的な杖。
もう1人の女は見覚えがある。
透き通った水色の長い髪、男と同じローブを身に纏い、使い慣れた細い木の杖を持つ、元連合軍最強部隊の1人
『死神・フローラ』
「ん?あの姉ちゃんがクラリスか?んじゃ一緒に居るデカいのは誰だ?」
「さぁ?私は初見ですねー。」
突如気配も無く出現した2人に広間の剣士達は驚きを隠せない。
が…
「おい、てめぇ等、どこから来やがった?」
誰よりも速く、というより、今さっきまで上座にて胡座をかいていたフウガだったが、一瞬で2人の前に立つ。
「うぉぅ!速っ!怖っ!」
目の前に現れたフウガに一歩後退る男。
無刀とはいえ、剣咲流最高峰の実力者から放たれる殺気が場の空気を歪める。
「ちょっ、ちょっと、タンマ!」
自身の杖をフローラに渡し、両手を後ろで交差しながら交戦の意志は無いと伝える男。
「答えろ、2度目はねぇぞ?」
「おっけー、おっけー、どこから来たのかって質問に答えると、普通に入ってきたとしか言えねぇ。」
「あん?」
「えっと、実際見てくれれば分かると思うけど、、、フローラ、ちょっとやってみ?」
「はーい。」
と、そう返事をした瞬間フローラの姿が消える。
「「!!???」」
消える程速く動いた訳では無く、気配も感じさせない。
完全に消えたフローラの様子に皆言葉を失う。
「っしょ。」
と間の抜けた声を出しながら再び現れたフローラは、先ほどまでフウガの居た上座。
「なんだ…今のは。」
「タネ明かしまでは質問に無かったぜ?」
「ちっ、食えねぇ野郎共だ、、、もう一つ、答えろ。何モンだ?お前等。」
フウガ自身も理解出来ない現象を起こせる2人、実力行使はせず対話の姿勢を見せる。
「ん、あぁ、自己紹介が遅れてすまねぇな。俺はイーグ、んで、そっちがフローラ、一応ネオシグマ帝国の者で、今日は『剣聖』からの伝言を届けにアンタに話しをしにきたってとこだな。」
ザワザワっと、広間に緊張が走る。
シグマだと!?
何故ここへ、、、いや、既に相手方の包囲は出来ていたということか、まさか先回りされているとは…。
早くルビィ様へと伝えねば…。 しかし、この状況…下手に動けぬ、それに『剣聖』からの伝言だと?もし今ここで、剣咲流がシグマ側へ付くのは非常に不味い…
「あの馬鹿からの伝言だぁ?」
「あぁ、因みにコレな。」
そう言って1通の書簡をフウガへと渡す。
それを受け取り、書簡へと目を通すフウガ、興味なさそうな顔がだんだんと好奇の表情へと変わって行く。
「…ふん……なかなか面白ぇ事を考えるじゃねぇか、んで?お前等2人はただコレを渡しに来ただけじゃねぇんだろ?」
「ん、まぁ、一応はそれが本命だな、そんでもってその内容に納得いかないようなら、その時点で俺達の敵かな?」
ピリッ…と広間全体から分かり易い殺気が走る。
「おい、貴様、あまりふざけた事を抜かすな!」
そんな中、剣咲流の幹部の1人がイーグの肩へ掴み掛かる。
「あ…。兄さん、手…。」
「何っ?」
「まぁ、もう遅いか、兄さんには悪いけど、自己紹介ついでに1つだけ忠告だ。俺に触れると死んじゃうんだぜ?」
「何を…っ!な?こっ…これっ…はっ。」
イーグへ掴み掛かかった剣士が、突然胸を押さえながら蹲る。
顔色はみるみるうちに血の気が引いて行き、呼吸も荒い、明らかに身体に異常をきたしている。
「…ぐっ…ぼぉぉぉぉぉ。」
奇声を発しながら動かなくなる剣士。
広場全員、何が起こったのか理解出来ずに沈黙してしまう。
「ありゃりゃ、先に言っておけば良かったな…」
「もうっ、イーグ様はそうやって敵を増やしていくんですから、、後始末している部下の身にもなって下さいよぉ…。」
緊張感の抜けた声で坦々と話しているが、目の前の危険人物に誰もが次の行動を打てずに居た。それもそのはず、もし男が言ったように、触れただけで死に至るのならば、捕らえる事はおろか、敵対する事も難しい。
「おい、誰の身内に手ぇ出してんだ?こら。」
「やっっべ!」
怒りの籠もった声と共に、振り抜かれる剣。
無防備にも近い状態でなぎ払われたイーグは、瞬間的に壁へと激突し、激しい音を立てながら崩れた壁の中へと姿を消す。
「ちっ、、、一日で2人も『頂』を失うとは思わなかったぜ。そっちの姉ちゃんはどうする?」
「わっ私は、ただの付き添いなのでぇ、ちょっと痛いのは嫌かなぁって、この状況だとダメですかねぇ…」
「おい、ボンクラ共、この2人を逃がすなよ。」
『剣神』の一言で、全員が殺気立った眼でフローラを睨み付ける、直接的に触れなければ問題ない事をフウガが実践して見せた事から、全員が防御体制の構えで剣を握る。
「うっ…わぁ…予想していたとはいえ、いざ囲まれると怖いものがありますぅ…。」
キョロキョロと周りを見ながら逃げ道を探しているフローラ、その姿はどう見ても素人のそれだ。しかし彼女の恐ろしさは、先ほどのイーグ同様…
「覚悟っ!!!」
臨戦態勢の中、1人の女剣士がフローラへと斬りかかる、剣咲流本部という最高峰の幹部だけあり、剣筋は美しく綺麗な型だ。
見え見えの上段からの振り下ろしのフェイントに、すかさず右手に持った杖を構えるフローラ。
だが即座に剣の動きはピタリと止まり、瞬間的に次の横薙ぎの剣線がフローラの突き出した右手を狙う。
死神の右手…!まずいっ!
「止まれっ!!!」
私は思わず声に出して止めようとしたが、もう遅い。
勢いよく振り抜かれた横薙ぎの剣線、先ほどと変わらない姿で立っているフローラ。
「なにっ?」
女剣士は明かな違和感を覚える。
それもそのはず、確かに完璧なタイミングで斬ったはずの相手が健在なのも然る事ながら、自身の持っていた剣の違和感。
そう、フローラを切り裂くはずの剣が刀身半ばから消えて無くなっているのだから。
「ひぇー、速すぎですよぉ。」
とブンブンと杖を振り回しながらフローラが声を上げる。
相変わらず厄介な術だ。
「よぉクラリスさん、ありゃぁ何だ?アンタあの姉ちゃんのアレが何か知ってんのかい?」
辺りを警戒しながら近づいて来たフウガからの、もっともな質問にコクリと小さく頷き答える。
「死神フローラ、元連合軍最強部隊の一員、ヤツの使う術は『腐敗』全ての物質の寿命を奪う術だ。」
「全ての物質の寿命?」
「あぁ、ヤツの右手から放たれる術の範囲内、その中に入れば物質なら塵になる、生身で食らえば根こそぎ持って行かれる。」
「ちっ、んじゃぁ今のは剣を一瞬にして腐らせたって事か…。全くもって厄介だな。」
死神の右手…フローラの術の範囲内なら一瞬にして全てを腐らせ無に還す。
術の範囲もフローラ本人が広げれば全身を守れる程。そして何より厄介なのが、あの術を飛ばせる特殊な杖…。油断している時ならまだしも、臨戦態勢状態のフローラ相手ならば、あの術は完全防御に等しい。
「ザンザス、この混乱の隙にルビィ様へ報告を…」
「分かりました、けど、クラリス様は?」
「私ならばフローラを相手に立ち回れる。だが、それも長くは難しい。」
「ならばオレも残ります!」
「気持ちは嬉しいが、そんな悠長な事を言ってもいられまい。フローラはまだしも、もう1人の男が動けば…」
そんな私達の会話を嘲笑うかのように、フウガの一撃によって破壊された壁から声が聞こえてくる。
「あー、痛ててて…痛いのなんて久しぶりだな。ったく、急に吹き飛ばされるんだもんなー、心臓止まるかと思ったぜ。」
「ちっ、ぶった切るつもりだったんだがな…あの野郎も無傷か。」
剣神フウガの一撃をその身に受け、口を開いているイーグに恐ろしささえ感じてしまう。たった2人でこのような規格外の実力…シグマの戦力の底知れなさを垣間見る。
首をコキコキ鳴らしながら、ゆっくりと壁から這い出てくるイーグ、そんなイーグへと近寄るフローラ。
数では圧倒的に有利なこの状況だが、勝ち筋が未だに浮かんで来ない。数多の戦場を経験してきた自身もそう思える程に緊迫している状態。
「こりゃぁ交渉決裂ってことかね?」
「そーじゃないですかぁ?」
剣咲流本部内、ネオシグマ帝国との闘いの火蓋は小さく切られた。




