60話 力の行方…
…
「やめろぉぉぉ!!!!もうやめてくれぇっ!!」
膝から崩れ落ちるように、その場に倒れる里の皆…
視界に入るだけで先頭の集団…老若男女問わず10人以上は倒れている…。
自分の身体に何が起きたのかすら分からず、血を垂れ流し横たわる者、突如襲われる苦しみに耐えるように苦悶の表情のめま倒れる者。
そんな絶望的な状況だが、後方から聞き慣れた声が俺の耳に届く。
「ラ、ライデン…これは何?どういう事なの?」
「リン!?無事なのか!早くここから逃げろ!!」
「でも、皆急に倒れちゃって、それにライデンもそこに居たら…」
「俺のことなんてどうでも良い!!!早く!ここから離れてくれぇっ!!!」
血の気を失せた顔のまま倒れている里の面々…。
リンもそんな皆を放って逃げる事はしないだろう…。
けど、これ以上犠牲が増えるのを見ていられない、、、見えない敵をなんとかすれば、皆を助けられるが、俺には何も出来ない…
「皆…ごめんね、アタシが直ぐに止める!」
俺の意思を読んだかのようにキョウさんは、そう言いながら辺りをジッと見据える。
姿すら見えない男…
いったい何をやっているか分からないがキョウさんなら、何とかしてくれるはず…
相変わらずの人任せか…自分の無力さに嫌気がさしてくるぜ、だけど、キョウさんに頼るしか無い現状は変わらない…何とも言えないこの歯痒さ、俺の大事な場所が危機に陥っているのに…
そんな風に、軽い自己嫌悪に陥っているが、キョウさんは姿の消えた男を何とかして見つけ出そうとしてくれている…
そして…
「見つけた…」
ボソリと呟き、突如目の前から物凄い速さで走り出すキョウさん…
自重すら無くしたように…軽やかな足取りは風と錯覚してしまう程だ…
タンっと、森の木を蹴り上げ、その身を軽々と宙へと浮かせる。
『なっ!?』
どこからともなく男の驚いた声が聞こえてきた、次の瞬間。
キョウさんは何も無い空間から男の胸ぐらを掴み、グイッとその手に力を込める…
まるで空に切れ目でも入ったかの如く、男の姿を俺達の空間へと引きずり出す…
そして、その勢いのまま落下し、男を地面へと叩きつける。
「ぐっ…はぁっ!」
ズンッと鈍い激突音と共に地面に墜落した男は、キョウさんによって抑えつけられてる状態となる。
「タカユキ!いい加減にしなさい!これ以上やるようなら、アタシも許さないわよ!!」
右手で男の胸ぐらをしっかりと握り、左手には『滅拳』の光を帯びその拳を高々と振り上げるキョウさん。
「がはっ…は…ぁ…はぁっ…ふふっ、許さないなら、早くその拳を振り下ろしなよ…さっきから口だけだね。その気になれば犠牲を出す前に僕を止められたのにさ…」
「…今のアタシに軽い挑発はやめておいた方が良いよ…これでも怒ってるんだ…。」
「挑発…?さっきから言ってるだろ?僕を止められるのに、、、最初からこうしなかった甘さが、そこに転がっている人達を生み出したんだ…怒っているのは僕に対してなのかい?この現状を作った君の甘さにかい?……まぁ、どっちにしろ、その技を僕に放てば決着さ…
さぁ!僕を止めたいんだろ!早く撃ちなよ!」
「くっ…。」
どうしたんだ?
キョウさんは何故止まっている…あの滅拳を撃ち込めば決着。俺だって分かる…
けど…
「ねぇ…ライデン…」
いつの間にか俺の傍までやってきたリンが、キョウさん達のやり取りを見ながら俺の裾を引く…
「リン…後でちゃんと説明する…今は大人しくしていろ…」
「うん…キョウさん…あの人と知り合い…なの?」
「流れからすると、古い付き合いみたいだな…。でもあの男は危険だ…この里、いや森を滅ぼしに来た…ヤツの使う術も見たこと無いものばかりだ、警戒は解くなよ…。」
「わ、分かった…」
顔を強張らせながら、しっかりと頷くリン。
「それと…」
「ん?」
「無事で良かった、お前まで倒れてたら流石に精神的負担が半端無い…」
「わ、私も…ライデンが無事で良かったよ…。」
ギュッと俺の裾を握り締めながら下を向くリン。
さて…
他の皆も早く避難させなきゃ…。
キョウさんが抑え込んでくれてるし、この先の心配は大幅に減ったが…まだ油断出来ねぇ。
それに皆を、あんな目に遭わせたヤツを少なくとも俺は許せない…キョウさんの昔馴染みかもしれないが、そこら辺のケジメは付けさせてもらわなきゃな…。
帯刀していた、自身の剣をゆっくりと引き抜き、キョウさんと男の所へと歩みを進める…。
「ちょっと…ライデン…何する気なの!?」
「悪いなリン…俺なりのケジメってやつだ、少しそこで待っていてくれ。」
そうリンに言い捨て、一歩、また一歩、常軌を逸する2人へと続く路を踏み締める、何故だかいつも歩いている地と違う、、そんな気分にさせる。
そんな近付く俺に気付いたのか、チラリと此方を見た後、男がゆっくりと口を開く。
「ふふふ…いつまでもこの状態は続かないみたいだね。」
「お願い、退いて…。何度やっても同じよ…私が居る限り、この森を、里を、長寿人種を必ず守る…。」
「退く…か…。それはお断りだね、僕にだって僕の信念がある、今日、目的が達成出来ないからと言って己の考えを改める程、軽い気持ちじゃない。ここで散るのも運命だと思って受け入れる…。
けど……このままじゃ、この世界はいつか崩壊を迎える、それは君も気付いているんだろう?それを分かっていて僕を止める理由が、目の前の命を守るって事なら、余りにも幼稚だ、いずれ誰の手にも負えない状況になる、そうならない為にも多少の犠牲を払うのが僕達の考えだろ…。それすらしないで、目の前の命を救うなんてそれこそ覚悟がないってだけの臆病者だよ…君が、皆が、僕を悪と思うのならそれでも良い…悪になろうと何になろうと構わない。けど、何度も言う、僕には優先為べきモノが在る…。」
「タカユキ…アタシは…皆を守りたいの…その中にはタカユキも居るの…どんなに非道な事をしても、許されない罪を犯しても、アタシは皆を守りたいの…」
「ははっ…。優しいね…でも、全部は無理さ…。
僕にも、君にも、勿論あのマナさんだってね、、、そんな事は、あの時に皆も理解したはずさ…もう後には退けないんだよ…。
そして…その甘ったれた思想、本当に彼そっくりだ…そんな姿を見ているだけで僕はますます退けない、何と言われようが僕は止まれない…」
キョウさんに抑え込まれている男…
自身にいつ最期の一撃が振り下ろされるのか分からないのに、あそこまで曲げないものか…ヤツの中には譲れない一線があるんだな…。
だからと言って、今里の人間達に手を掛けた事を許せないし、許すつもりも無い。
そして、何やら謎めいた発言をしているが、キョウさんには通じているみたいだな…
ジリジリと近づいていく俺は、いつの間にか2人の直ぐ傍まで来ていた…
それこそ剣を振り下ろせば届く距離まで…
「キョウさん…」
「ライデン…ゴメンね、アタシがしっかりしなきゃなのに…。」
「いや、事情は分からねえけど、昔馴染みみたいなもんなんだろ?だけど、ソイツは里の皆に酷い事をした…俺は許すつもりはねぇ…もしキョウさんの中の何かが引っ掛かって手が止まってるなら、代わりに俺が…。」
ゆっくりとエナを全身に巡らせる…
自分を取り巻く全てのエナ…それこそ生命を維持する細かい所までゆっくりと干渉させる、頭の先から足の裏まで全身を巡らせる…
自身を流れる血流のようなエナを、慎重に剣を持つ手に集める…。
ジンワリと光を帯び始める手は、キョウさんの握っている拳と同じ光…
『滅剣』の光…
自身の寿命をも削るんだ、命の光って言っても過言じゃねぇ…か…。
「ライデン…とか言ったね、、その技を使えるなんて末恐ろしい事この上ないよ。やはり長寿人種は危険って証明してくれたね。」
俺を見上げながら男が口を開く。
俺の『滅剣』を見ながら驚いているような口ぶりだが、相変わらずの余裕ある表情を浮かべているのが不気味だ。
「お、俺にはアンタの考えてる事はさっぱり分からねえけど、この里の敵だって事は認識してる。例えキョウさんの昔馴染みだとしても俺はこの剣をアンタに放つ。
だが!
俺からも最後に1つだけ言わせてくれ。」
「ん?なんだい?」
「今日は退いてくれ…キョウさんが頑なにアンタを説得してるのは端から見ていた俺でも分かる…それを尊重して、一度だけ俺もこの手を止める。それが俺の出来る最大譲歩だ。」
視界の端で倒れている人々…
皆の事を考えたら今すぐにでも、この男に報復したい…けど、それでもキョウさんの気持ちを汲んでやりたい想いが少しだけ上回った…
故の最大譲歩。
「ふふっ……やれやれ、師弟そろって甘いんだね、、、まぁでもおかげさまで僕の命は長らえてる訳か…。
素晴らしい提案だが、お断りさせてもらうよ。」
「…そうかよ…。」
案の定俺の説得なんて耳を貸さない男…
ギュッと剣を握りしめる。
「長寿人種の消失系術……その危険性を目の当たりしてるのに、ここで退ける訳ないだろ…」
「この子は関係ないわ…アタシが教えただけ。」
「教えたからと言って簡単に使えるものじゃないさ、君も知っているだろう?稀に才能ある者がこうやって現れるのをね…
こうやって、いつの時代も才ある者が世界を変えて行くんだね。それを繰り返し世界は……」
完全に決着は付いた。
誰の目にもそう見える現状。
だから俺は完全に油断していた。
その時の男の余裕ある態度に、何かを感じれていれば…。
「さて、と、いつまでもトドメを刺さない君達には悪いんだけどさ、、ずっとこのままって訳にも行かないだろ?そろそろ何かしら行動してくれないかな?」
「キョウさん…俺がやるぜ?」
「…ううん、ライデン…。私自身の問題なの、ゴメンね、変な気を遣わせて…。」
そう言って覚悟を決めたのか、小さく息を吸い込み拳をゆっくりと振り上げる。
「ようやく…か、、、しっかり撃つんだよ、中途半端は良くない、全力だ…」
「さよなら、、、タカユキ…。」
……
目の前が白く輝く…
まるで全てを消し去るように…
……
いったいどれ程の能力を込めたのか…
キョウさんの放った『滅拳』は辺りを真っ白な光で包み込む…
いつまでも目の前の眩しさが消えない…
キョウさんは、男はどうなったのか…
「くっ…」
何の意味も無いが、眼を細めながらキョウさんと男の居るであろう場所に視線を移す。
光…ただただ眩しさだけの空間…
滅剣を放った際には辺りがパッと光に包まれるが、ここまで長い間光が続くのは初めてだ…
キョウさんの放つ本家本元の術だからなのか、それとも別の理由が…
なにやら言い得ぬ予感に、チクリと頭の隅が引っかかる…
「ぇ?」
思わず声が漏れる。
その理由は、自身の行動にあった…
ただ眩い光を黙って見つめていただけだったはずなのに、背後に突如現れる大樹…
いや、突如現れたのでは無い。自らが大樹に向かって行ったのだ…
無意識的に、一歩、また一歩と後退っていた。
「な、何故!俺はこんな所に!?さっきまで、キョウさんの目の前に…」
パッと前を向いても、真っ白な光は留まること無く輝き続けている。
いつの間にか後退っていた…
何故だか分からないが、嫌な予感がする…。
目の前の光…
現在も眩しいその光の中心にはキョウさんが居るはずなのに…
何だ…この背中を走る不穏な感じは…
くそっ!
このままじゃ駄目だ、落ち着くんだ、まずはキョウさん…そして皆…
ただ光に包まれている世界の中で、小さく深呼吸をしながら、冷静さを取り戻して行く。
そして光の中で、ゆっくりと辺りを見回す…
やはり目に映るのは真っ白な光…
どこもかしこも景色と呼べるモノが無い…
光の中心の前に立つ俺の背後には影が出来ていると思ったが、それすら無い…
全てを消し去るような眩しい光…
「キョウさん!聞こえるか!どうなってるんだ!」
四方八方、視界の全てを光に囲まれ思わず声を上げる…
だが反応は無い…。
何かがおかしい…
こんな現象起こる事もそうだが、辺りから音が聞こえない…
いや、違う…
音が…無い…。
耳に意識を集中させ、微かな音を拾おうとするも、近くを流れる川の音も、風に揺れる葉の音も一切聞こえ無い静寂…。
「なっ!?どうなってんだ!!キョウさん!!リン!!誰か居ないのか!!」
思わず声を荒げるが、やはり俺の声に反応する者は居ない、、
皆何処へ…
いったい何が起こってるんだ…
ゆっくりとキョウさんの居たであろう場所まで戻ろうと、一歩足を踏み出したその時…
『やっぱり…危険な存在だね。』
男の声が頭に響く…。
聞こえたのでは無い、直接頭に送られるような妙な感覚、だが確かに聞こえたのは、先程までキョウさんに追い詰められていた男の声…
「なっ!どこだっ!キョウさんは!皆はどうなってる!!」
『どうもこうも無いさ…何も変わっちゃいない…。いや、この表現は不適切だね、、、そうだね分かり易く言うと、時間が止まったまま…かな。』
「なに…を!?」
コイツは何を言ってる?時間が?止まって…
いや、待て…。
なのに何故俺は動けるんだ…
『理解不能って感じかな?まぁ仕方ない…この術は世界に広まってない術…君達の言葉で『禁術』の1つだからね…。』
「禁術…だと!?」
『しかし、本当に困ったものだね長寿人種っていうものは、まさか意識を保てるとは思ってもみなかった…ましてや動けるなんてね…。』
「何で俺が、俺だけが…こんな…。」
『それは僕にも分からないね…ただ1つ可能性があるなら、僕が術を放った瞬間、、いや、違うな…。術を放つ寸前と言う方が正しいね、ナガイキョウコが君に何かをした、そう予想するね…現に彼女は僕の胸元から手を離している、更に言うなら禁術に対抗出来るはずの彼女が時の中で、止まったまま、、、だからと言ってライデン…君が動けるなんて信じられないのは僕も同じだよ。』
キョウさんが俺に何かを?
何故俺なんだ?それこそヤツが言うようにキョウさん自身なら止まっている世界の中でも動けそうなものだが…
何か意図があるのか…
『しかし咄嗟の事とは言え、発動のタイミングが合わなかったなぁ…消失系の光が辺りを覆ってる時に発動してしまうなんてね…これじゃぁ他の術を展開出来ないじゃないか…。まぁ大方そこら辺も計算して君に託したのかな…。』
そ、そうか…。
キョウさんは『滅拳』をヤツに撃ち込まず、辺りに放ったのか…
あの一瞬でヤツの禁術を見抜き、尚且つ『滅拳』を周囲に放った…てか、結果を言わせてもらえりゃ簡単だが…それを実践するのは別問題だ…つくづくキョウさんの凄さが身に染みるぜ…
しかし、それよりもこの状況を何とかしないとな…
それこそ、自身の時が止まる事になっても俺に何かを託してくれたキョウさん…その意図が未だに分からねぇ。
さっきまでの別次元の戦いを見てて、俺がこの男をどうこう出来るとも思えない…
けど、キョウさんは、そう思っていなかった、だからこそ自分を犠牲にしてでも俺だけを…。
様々な考えが頭をグルグルと巡るが、己の為べき事を最優先に考える、先ずはこの男の制圧に挑む、そしてキョウさんの、皆の解放…
そんな事を考えていると…
「やぁ、ライデン…君みたいな才能溢れる存在と、こうやって挨拶を交わせて光栄だよ。」
突如光の中から不敵な笑みを浮かべた男が姿を現す…
「なっ!いつの間に!?」
意識外からの登場に思わず口から本音が漏れる…
未知の相手と対峙した時は、ハッタリでも良いから相手に弱さを感じさせない、それこそが重要な戦術となる。その事を度重なる経験により身体で学んできたはずなのに…
「ははっ…慣れないと厳しいよね…この空間てさ。君には光の中から急に現れた様に見えたのかな?」
図星…
だが、今の台詞に大きな違和感…
『君には…』って言ったな…って事はコイツには俺と違う景色が見えている…そして、慣れないとって事は、慣れてしまえば、この空間の視界も晴れるって事か…
「ん?沈黙かい?それは否定も肯定も意味するズルい行為だ…しかし、今の君を見る限り肯定かな?」
「へっ、どうかな、、、少し考え事しててね、急に現れたから面喰らっちまったぜ。」
ギシッと奥歯を噛み締める音が響く。
ギュギュッと拳を握り込む音が聞こえる。
柄にも無く身体が緊張してる…
コイツは他の術が展開出来ないと呟いていた…ならば身体能力は普通の人間と同じはず…
幸いにも武器を手にしている俺の方が有利とも言えるが…この止まった時の中、普段通りの動きが出来るのか…
「何やら色々と思考が巡っているみたいだけど、僕には時間が無いんだよ…さっさと終わらせたいんだ…」
俺の思考を見透かした様に話しながら、ゆっくりと近づいて来る男…。
どうする…
牽制も込めて先手を打つか…
足は…動く。
自身の身体の状態を探りながら、徐々に全身にエナを巡らせ始める。
「時間が無ぇって?この後デートの約束でもあるのかい?」
「ふふっ、ユーモアセンスは良いね、だけども演技力はまだまだかな、表情も固い…それじゃぁ子供は騙せても、視聴者を楽しませる事は出来ないよ。」
「ちっ、いちいち引っ掛かる言い回しだな…」
あと少しで俺の間合いだ…
入って来た瞬間に斬る。
何度も繰り返してきた動き…悟られるな…
バクバクと内側からノックするような心音を必死で隠す様に平静を装う。
あと一歩、いや、半歩…。
「あぁ、気にしないでくれ、僕の癖みたいなものだよ。」
今だ!!
無防備に近づく男へ、自身最速の剣を振るう。
いつも通りとは言い難いが、それでもそこら辺の剣士には反応する事すら難しい程の速さ…。
止まっている時の中なのか、自身の剣の軌道がコマ送りのようにハッキリ見える。
不敵な笑みを浮かべながら、俺の間合いへと足を踏み入れる男に対して、剣を下から上へ振り上げる。
俺の動きに反応する素振りも無く、剣は男の脇腹から胴体を裂き肩へと振り上げられる。
ある一定の速さを超えると、人体を斬り裂く感触なんてものは感じなくなる…ただ風を斬るように己の腕が振られる感覚だ。
だが俺が斬ったのは男では無く、空気だった。
目の前、まさに眼前に何事も無かったかの様に立つ男…
相変わらずの不敵な笑み…。
無防備とも言える出で立ち…。
「凄い速さだね、驚いたよ。それに思い切りも良い、僕が間合いに入った瞬間に斬り付けるなんて相当場数を踏んでいる証拠だ。」
「なっ…ば…そんな…っ!」
確かに俺の間合いだった、そして剣は男を確実に捉えたはず、いや切り裂いたはずだった…
しかし、目の前には五体満足で立っている男の姿…。
思わず剣を振り上げたまま固まってしまう。
「さて、ライデン…先程も言った通りだけど、時間が無くてね。」
そう男が口を開いた瞬間だった…
ドンッッッ!!!!!!!
っと鈍い音と共に腹が内側から破裂した様に激しい衝撃が走る、次に訪れるのは背中や後頭部に多数の物が当たる衝撃、まるで何かに引き寄せられるかのように視界は遠ざかり身体は後方へと吹き飛ばされる。
今の今まで目の前に立っていた男の姿は瞬時に見えなくなり、かろうじて意識を保っていた俺に見えたのは、自身が吹き飛ばされた痕跡だった…
「…っっ!!!!!」
身体の真ん中が弾け飛んだと勘違いしてしまう程の衝撃に、声にならない声が血液と共に口から漏れる…
撃ち出された砲弾の様に、幾つもの木々をなぎ倒しながら砂埃を上げながら里の外れまで飛ばされる、常人の身体ならば初撃を受けた時、又は障害物へと激突した時に絶命する程のものだが、エナを巡らせていたのが奇跡的にも一命を取り留めた原因だった…。
な、なにが、起こった、、、
全身が焼ける様に熱い…身体は繋がっているのか?俺はどうなった…。
頭が…割れそう…だ…。
先程までの真っ白な空間とは変わって、目に映る景色は見慣れていた里の風景…
身体がピクリとも動かないが、痛みにより意識が残っているのが唯一の救い…か…
ズキズキと傷口が心臓の様に脈打つ…背中も骨や筋を傷めたのは間違いないな…呼吸が酷く浅く息苦しい…
『君は少しそこで寝ていてもらおうかな…。』
何処からともなく男の声が頭に響く…。
言われなくても身体が動かねえ…
奴は俺に何をした?そして今から何をする気…だ?
なんとかしねぇと…
グッと起き上がろうとするが、身体がバラバラに崩れそうな感覚に襲われる…
指先1つ動かすにも、激痛が至る所を走り回る…
顔を傾ける事すら厳しい状況で、目に映る風景をマジマジ眺める…
視界の端には、先程俺が居たであろう場所…キョウさんやリンや皆が居る場所が、遠く、そして白く輝いている…
いったいここからどれ程離れているのか、世界全てを埋め尽くしたような光が、あんなに遠くに…
ん?あ、あれは??
そんな視界の端に映る白い光と少し離れた所から、一筋の光が上空に向けて延びて行く…
あの光…は…奴か…。
クソッ!次は何をする気…なんだ…。
空高々と伸びる光の筋、そんな訳の分からない現象を起こした張本人の行方も気になるが、今はただただ黙って成り行きを見守るしかない、身体は搾られた雑巾のようにボロボロ…内臓も骨身も五体満足な部分が無い状態…。
あの男がこれからしでかす事を考えると不安感が襲いかかるが、今の現状では何も出来ない…。
ただ見ている事…
それしか出来ない…。
そんな事を考えてる俺の頭に、甲高い音が響く…。
…ヒィィィィィィィン……。
「ぐぁっ!!!なっ!ぐっ!」
『ははっ…この音は辛いかな?さっきの一撃で絶命していた方が楽だったかもね…安心してくれ、この音は君意外には聞こえないさ…。』
動く事すら難しい状況で更に追い討ちをかけるような音に頭が割れそうだ…
『さて、君には見えるかな?』
そんな男の声が頭に直接響く…
満身創痍の身体、何処からともなく響く頭を割るほどの音だが、視界の端に映る白い光の筋…
そしてその光の筋の遥か上空にボンヤリと変化が…
あれ…は…なんだ…?
光の上部が膨れ上がるように大きな球体を成して行く…
そしてそこから数本の光が放射状に里の外れに降り注ぎ、まるで鳥籠のように里を囲う。
『さぁ、完成だ。』
男の声が頭に響くと、先ほどまでの鳴り響く音は止み、キョウさんの放った『滅拳』の光もいつの間にか消えていた、そして、辺りからは風や森の音が聞こえ出し、止まっていた時が動き出した事に気付く。
「元に……戻っ…たのか?」
光の鳥籠に囲われた里、その中で俺は全身がボロボロの状態で棄てられ、動けずにいた。
キョウさんの覚悟を決めた一撃を寸前で時を止め、そしてこの不気味な光の鳥籠を造り出した男…
そして時が動き出したということは…
もう、時を止めておく必要が無くなった…
奴の言う『目的』が達成されちまったのか?
ならばこの鳥籠が、俺達の里を滅ぼすって事…
そんな…
俺は…
グッと拳を握り締める、、、
腕全体が悲鳴を上げる激痛…だが、己の無力さを悔やんだ故の戒めのように激痛を受け入れる。
痛くねぇ…こんなもの…
伸びきった足を曲げ、ゆっくりと起き上がる…
バキッと背中から鈍い音が聞こえるが構わない…。
痛くねぇ…っ!!
近くに転がっていた枝を杖代わりに立ち上がる…
ガクガクと膝が揺れる、ブルブルと手が震える…
ベキベキっ…と奥歯が割れる程食いしばりながら、一歩、、、
痛くねぇぇぇっっっ!!!!
どこ吹く風すら痛みに変わる…。
キョウさんの、リンや皆の居た場所まで、覚束ない足取りを進める…
例え、そこに待つのが最悪の結末であっても…。




