第7話 ぶつかりあい
「落ち着いた……かしら……」
真夜さんが静かに尋ね、私の顔を優しく持ち上げる。
「……うん」
涙で重くなった瞼を開け、かろうじて返事をした。
私の涙を指先でそっと拭いながら、真夜さんは傷つくことを恐れない、けれど悲痛な眼差しで私を見つめた。
「もっと私に……お母様に言いたかったこと、問い詰めたかったこと、全部吐き出して。私をぶつける相手だと思って構わないから。……殴っても、殺しても構わないわ」
頭を撫でる彼女の手の温もりを感じながら、私はずっと胸の底に沈めていた泥のような感情を、堰を切ったように吐き出し始めた。
お母さんが大好きだったこと。
なぜ死を選ぼうと思ったのかという疑問。
私を置いて逝ったことへの裏切りと激しい憎しみ。
一人取り残されてからの十年間、どれほど心が寒く、生きる希望を失っていたか――。
真夜さんは一度も口を挟まず、そのすべてを全身で受け止めてくれた。そして、私がずっと欲しかった言葉を、一つひとつ紡ぎ出していく。
「あの子を道連れにしようとした時……きっとお母様は、狂気の中でそれが『永遠に守る唯一の方法』だと恐ろしい勘違いをしてしまっていたの。……最低で、身勝手で、許されない過ちよ。残されたあなたがどれほど血を流すかも考えずに……本当に、ごめんなさい」
それは真夜さんが実の娘へ抱く罪悪感と愛であり、本来なら私の母が言うべきだった言葉だった。
あの日から止まっていた時間が、ゆっくりと動き出す感覚がした。加害者である彼女の口から語られる言葉によって、私の中で膨らみ続けていた母への憎しみが、ほんの少しだけその毒を薄めていくのを感じた。
被害者の残滓である私と、加害者の業を背負う真夜さん。
二人の傷を、鏡のように照らし合わせながらぶつけ合っていた。
やがて部屋に静寂が戻ると、真夜さんは私の肩をしっかりと掴み、意を決したように言葉を紡いだ。
「星野さん……あなたはもう、この苦しみから解放されて良いの。色彩に溢れた人生を取り戻すべきよ。苦しみ続け、地獄を生きるのは……加害者である私だけでいい」
彼女の瞳には、揺るぎない覚悟と、それ以上の深い哀絶が宿っていた。
「私には、あなたを救う資格なんてないかもしれない。憎まれて当然の存在よ。……けれど、私はあなたと向き合いたい。あなたの失われた色を取り戻すまで、どうか向き合わせてほしいの」
言葉の端々から、彼女が実の娘を殺めようとした罪にどれほど苛まれ、自分を痛めつけながら生きてきたかが痛いほど伝わってきた。
「真夜さん……。娘さんへの想い、痛いくらいに伝わってきました。私がこんなことを言うのは……おかしいかもしれませんけれど」
私は真夜さんの手を握り返し、まっすぐに見つめ返した。
「真夜さんも……私に、言いたいことをぶつけてください。自分を責めるだけの言葉じゃなくて……あなたの本当の苦しみを」
あの日、色を失った世界で、私たちは初めてお互いの存在によって互いの「欠けた心」を埋め合っていた。
お互いの悲鳴をぶつけ合い、慰め合いながら、その夜は二人で静かに朝を待った。




