第6話 受け止められた叫び
「あの……櫻さん……? 大丈夫ですか……!?」
戸惑いながらも、身を乗り出して彼女の背中を摩る。至近距離で視線が交差した。
(なんて綺麗な人なんだろう……この人は、一体何にこんなにも苦しめられているの?)
他人に無関心だったはずの心が、目の前の女性の痛みに強く揺さぶられる。己の動揺を隠すように、私は咄嗟に目を逸らした。
「星野さん……ごめんなさい。取り乱してしまって」
「いえ……落ち着きましたか?」
「ええ……」
櫻さんは深く息を吐き出すと、意を決したように私をまっすぐ見つめ直した。
「あのね……私、あなたの母親ではないわ。だからこんなことを言ったところで、あなたに許しを乞うつもりも、身勝手な救いを求めるつもりもないの。……でも、私のことを憎んでくれて構わないわ。私もね……あなたのお母様と同じなの。昔、心中しようとして……実の娘を殺めようとした、罪人なの」
「え……?」
頭が真っ白になった。思考が凍りつく。
言葉を失う私に、彼女は震える声で言葉を重ねた。
「どれだけ重い鬱病を患っていたとしても、許されない過ちよ。幸いにも娘は一命を取り留めてくれたけれど……私は生涯をかけても償えない罪を犯した。娘を守るために手放して、今はこうして一人で惨めに生きている……」
言葉が胸の奥で恐ろしい熱を帯びて爆発した。
目の前にいるのは私の母ではない。そんなことは頭では分かっている。なのに――
「……だから、そんな顔をしていたの……!? でも……許せない……! なんで……っ!? 大切なら、どうしてそんな酷いことができるの……っ!?」
感情が決壊した。
母親へぶつけることの出来なかった十年間分の怒りと悲鳴が、目の前の櫻さんへと容赦なく襲いかかる。
「お店で騒ぐわけにはいかないわ。……ついて来て」
櫻さんは静かに立ち上がり、私の手首を掴んでバーを出た。連れてこられたのは、近くのホテルの静かな一室だった。
ドアが閉まった瞬間、私は抑えきれない感情のまま櫻さんをベッドへ押し倒した。彼女の上にかぶさり、胸ぐらを掴んで叫ぶ。
「なんで……!? なんで子供を身勝手に巻き込んだの!? 取り残された人間の気持ちが分かる!? どれだけ寂しくて、絶望して、苦しかったか分かる……!? 大好きだったのに……信じていたのに……っ!」
涙が次から次へと溢れ出し、ポタポタと櫻さんの頬を濡らす。
分かっている。この人はお母さんじゃない。だけど、この人なら……この人だけは、あの日誰も答えてくれなかった私の問いを受け止めてくれる気がしたから。
櫻さんは抵抗もしなければ、逃げようともしなかった。
ただ、すべてを奪った加害者としての絶望と慈愛が混ざった瞳で私を見つめ、そっと細い腕を私の背中に回した。
「本当に……ごめんなさい……っ」
ぎゅっと抱きしめられ、幼子を撫でるように、何度も、何度も優しく頭を撫でられる。
温かくて、苦しくて、悲しいその温もりに包まれながら、私は彼女の胸の中で声を上げて泣き続けた。




