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愛をわかつまで  作者: 秋夜


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第5話 灰色と歪み

「ふぅ……やっと終わった」

パソコンの画面を閉じ、重い息を吐き出す。

今日は昨日の今日で、櫻さんとあのバーで飲む約束をしている。あの日からずっと、心躍ることも、他人に興味を持つことも、感情が動くことすら皆無だった私が――どうしてだろう、胸の奥がほんのわずかに熱を帯びている。

(櫻さん、何事にも無関心そうな雰囲気を纏っていたのに……なんで私を誘ってくれたんだろう)

自問自答しながら夜の街を歩くうちに、目的の店の前に辿り着いた。

ドアを押し開け、店内を見渡す。かすかなジャズの音色と薄暗い照明のなか、彼女はすでにカウンターに腰掛けていた。

「こんばんは、星野です……」

「あら、星野さん。こんばんは。急なお誘いだったのに、来てくれてありがとう」

儚げな笑みを浮かべて振り返る彼女の姿に、思わず息を呑んだ。

纏う空気の哀愁と、無意識に溢れ出る艶やかさ。あまりにも綺麗で、言葉を失って立ち尽くしてしまう。

「どうしたの……? ほら、お掛けになって」

「あっ……すみません」

促されるまま隣に座る。何から話すべきか迷っていると、彼女が静かにグラスの氷を弄びながら口を開いた。

「急に誘ってしまって、ごめんなさいね。私ね……何故かあなたのことが、どうしても知りたくなってしまって」

その声には、どこか悲痛な響きが混ざっていた。

「いいえ、全っ然です。嬉しかったです。でも……どうして私なんかに?」

尋ねると、彼女は申し訳なさそうに視線を落とした。

「……失礼なことを言ってしまうのだけれど。あなた……まだお若いのに。その……瞳に、まったく光がないように見えたの。まるで、世界から色彩が消えてしまっているみたいで……気になってしまったの」

心臓が跳ねた。

世間を生き抜くために、明るい感情の仮面を被り、完璧に「普通」を演じてきたはずだった。それなのに、初対面の彼女にあっさりと見破られたのだ。

けれど不思議と嫌な気はしなかった。私自身も昨日、彼女の中に自分と同種の「虚無」を感じ取っていたから。

「……すごいですね。当てられたのは、櫻さんが初めてです。でも、私も同じでした。櫻さんも世界に何も期待していないというか……どこか自分と似た匂いがして、惹かれていたんです」

私の言葉に、彼女の表情が一瞬だけ揺れた。

「星野さんは……どうしてそんな眼をするようになってしまったの?」

躊躇いがちに紡がれた問いかけに、私は静かに己の過去を吐き出した。

「私……十歳の時に、母親の心中に巻き込まれたんです。家族の中で私だけが生き残って……捨てられて。あの日から、私の世界から色が消えました。私を殺そうとしたことも、自分だけ置いて逝ったことも、許せない。憎い。……ずっと、普通の生き方が分からないんです」

淡々と話す私の言葉が終わるか終わらないかのうちに、櫻さんの表情が劇的に歪んだ。

眉間に深いシワを刻み、今にも泣き出しそうな、耐え難い苦痛に満ちた顔で私を見つめ――

「ごめんなさい……っ! 本当に……本当に、ごめんなさい……っ」

激しく震える声で、何度も私に謝罪を口にし始めたのだった。

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