第41話 静寂の夜に、滲む本音
パタン、と静かな音を立てて玄関のドアが閉まる。
薫子が夜遅くの外出へ向かい、広いリビングには真夜と夜留の二人だけが残された。
静寂が降り積もる部屋。真夜はどこか居心地の悪さを隠せないまま、昨夜の薫子との体温や、自分の中に渦巻く熱を抑え込むように静かに自室へ戻ろうと足を進めた。
「……真夜さん」
背後から届いたのは、小さく、けれど芯の通った夜留の声だった。
立ち止まり、振り返った真夜に、夜留は逃げ場をなくすようなまっすぐな視線を投げかけている。
「……少しだけ、お話しできませんか?」
「ええ……いいけれど。どうかしたの?」
取り繕うようにいつもの静かな微笑みを浮かべようとした真夜だったが、夜留の瞳の奥にある真摯な熱に触れ、言葉を呑み込んだ。
二人でソファに向かい合わせで腰を下ろす。食卓の上に置かれたマグカップからは、ぬるくなったお茶の湯気がうっすらと立ち上っていた。
「昨夜のこと……なんです」
夜留の口から出た言葉に、真夜の肩が一瞬跳ねた。
「私……見ちゃいました。廊下の暗がりで、真夜さんがお姉ちゃんに……キスしていたところ」
「っ……!」
隠し通せないと悟った真夜の息が詰まる。あの夜の情動と罪悪感が一気に蘇り、指先がわずかに震えた。
「……見られていたのね。ごめんなさい、夜留ちゃん。私みたいな人間が……あんな風に薫子さんを巻き込んでしまうなんて、最低よね」
自分を責め、罪悪感の陰に隠れようとする真夜。だが、夜留は首を横に振った。そこには軽蔑も憎しみもなく、ただ激しい情熱を秘めた眼差しがあった。
「自分を責めないでください。私、怒ってるわけじゃないんです。……ただ、真夜さんがお姉ちゃんに向ける目を見て、気づいちゃったんです。真夜さんのあの瞳……すごく優しくて、でもすごく切なくて……あんなの、ただの同居人に向けられるものじゃないって」
真夜は言葉を失い、息を呑んだ。
目の前にいる夜留は、自分と同じように薫子という光を求め、一人の意志を持った存在として向き合っている。
真夜は小さく息を吐き出すと、つくっていた「大人」の仮面をそっと横に置いた。
「……そうね。あなたの言う通りよ」
自嘲気味に、けれど深く噛み締めるように言葉を紡ぐ。
「私は……薫子さんのことが愛おしいの。自分のような罪人が、あの人の温もりに救われて……触れてはいけないと分かってはいるのに、心が求めてしまう…」
はっきりと明かされた真夜の切実な本音。夜留の胸が鋭く痛んだ。けれど、瞳の光が消えることはなかった。それどころか、胸の奥でメラメラと静かな炎が燃え上がる。
「……やっぱり。真夜さんも、私と同じだったんですね」
「夜留ちゃん……」
「私もです。お姉ちゃんのことを……特別な女性として想っています」
夜留は自分の胸元を強く握りしめ、まっすぐに真夜を見つめた。
「昨日の夜、二人を見て……痛いほど思い知らされたんです。私、お姉ちゃんのこと……そういう意味で好きなんだって。言葉にできないくらい、胸が熱くて、悔しくて……」
夜留の瞳に宿る、隠しきれない強い独占欲と熱量。その真っ直ぐな言葉が、真夜の胸を強く突いた。
「真夜さんのことも大切です。でも……お姉ちゃんのことだけは、絶対に誰にも譲りたくありません」
静かなリビングに響いた、力強い宣言。
その言葉を受け止め、真夜は息を呑んだ。夜留の放つ強い情熱に気押されながらも、真夜自身の瞳にもどこか秘めた熱が宿っていく。
「……じゃあ、お互いに頑張りましょう。後悔しないように」
「……はい。頑張りましょう、真夜さん」
ぽつりと交わされた、静かな約束。
薫子のいないリビングで、二人の視線が静かに交差する。
これから訪れるであろう、激しい感情の渦。
その前哨戦となる静かな夜が、ゆっくりと更けていった。




