第40話 熱の残像、静かな芽生え
静かに、音を立てないようにドアを閉めた。
カチリと小さな金属音が響いた瞬間、夜留はそのままベッドへ倒れ込み、枕に顔を強く押し当てた。
胸の奥で、心臓が耳障りなほど激しく警鐘を鳴らしている。
(……なにあれ……なんなの、あれ……っ)
暗がりの中で浮き彫りになっていた、二人のシルエット。
真夜に深く唇を塞がれ、一度は驚いたように目を見開いたものの——すぐに柔らかく腕を回し、真夜の後頭部を引き寄せて受け入れた薫子。
その時の薫子の、見たこともないほど艶っぽく、甘く溶けた表情が脳裏から離れてくれない。
自分の知らない「お姉ちゃん」の姿。
胸を刺すのは、猛烈なショックと、息もできないほどの冷たい嫉妬だった。
ずっと、大好きで大切な存在だと思っていた。
けれど……違う。家族や姉妹のような「好き」の延長線上に、こんな熱い息や胸の痛みがあるはずがない。
(私……お姉ちゃんのこと……ただの憧れなんかじゃ、なかったんだ……)
突きつけられた残酷な現実の中で、胸の奥に隠してきた本当の情熱を嫌でも自覚させられる。
同時に絶望的な敗北感が夜留を襲った。
真夜さんが纏う大人の色気と、溢れ出すような切ない情熱。今の自分では到底届かない圧倒的な差を見せつけられ、枕を濡らすほど涙が溢れてくる。
必死で息を整えながら、夜留は気づいてしまった。
昨夜、お酒の力を借りて薫子に縋りつくようにキスをしていた、真夜のあの熱視線。
(……真夜さんも、私と同じなんだ)
真夜が薫子に向けるあの眼差しは、自分と同じ、いやそれ以上に深く重い「独占欲」と「切実な愛おしさ」そのものだったのだと。
◇
翌朝。
リビングの食卓には、何事もなかったかのように過ごす夜留の姿があった。
「夜留ちゃん、おはよ。昨日はよく眠れた?」
「……うん。おはよ、お姉ちゃん」
昨夜の光景をみじんも感じさせない普段通りの笑顔で返事をしながらも、夜留の視線は静かに真夜へと向けられていた。
真夜はどこか気まずそうに、けれど昨夜の体温を反芻するように言葉数が少なく、視線を泳がせている。
薫子がマグカップを置くたび、その手元を追う真夜の瞳。そこにある熱を隠しきれていない様子を見て、夜留の確信は深まった。
(やっぱり……真夜さんは、お姉ちゃんのことが好きなんだ……)
胸の奥で、静かに情熱が芽生え直す。
真夜のことも大切に想っている。でも、「譲りたくない」という固い意志が芽生え始めていた。
そんな二人の間に流れる密やかな緊張感に気づく様子もなく、薫子はエプロンを外しながら二人に微笑みかけた。
「あ、そうだ。二人とも、今日は私、お友達とご飯に行ってくるから夜遅くに帰るわね。夕飯は適当に済ませてもらえるかしら?」
「ええ……わかりました。気をつけて行ってきてくださいね、薫子さん」
「……うん、行ってらっしゃい、お姉ちゃん」
二人は揃って返事をする。
しかし、薫子が「じゃあ行ってくるわね」と玄関へ向かい、ドアが閉まったその瞬間——。
リビングに残されたのは、真夜と夜留の二人だけだった。
静寂が降り積もる部屋の中で、二人の視線が交差する。
言葉こそ交わさないものの、空気は一瞬にして冷たく張り詰め、バチバチと静かな火花が散り始めていた。




