第39話 熱を帯びた夜と、途切れた言葉
(前話より)
「……お姉ちゃん、私、今日ちょっと疲れたから早めに寝るね」 「あら、そうなの? おやすみなさい、夜留ちゃん」
これ以上自分の熱い感情が漏れ出してしまうのを恐れ、夜留は逃げるように自分の部屋へ閉じこもった。 ベッドに横たわり、枕に顔を埋めても、火照った身体と薫子への愛しさは一向に冷めてくれなかった。
◇
それからしばらくして、夜の冷たい風を孕んだ玄関の鍵が開く音が響いた。
有岡との飲み会を終えて帰宅した真夜は、火照った身体と心を抱えたまま廊下を進む。 『居場所を失うのが怖いのも、近くにいて緊張するのも、全部その方のことが大好きだからじゃないですか』という有岡の言葉が、お酒の勢いも手伝って理性のフィルターを完全に溶かしていた。
「あ、真夜さん。おかえりなさい」
夜留が部屋へ引っ込んだ静かなリビングから、エプロンを外した無防備な姿の薫子がふわりと出迎えてくれた。
「お酒、結構飲まれたんですか? 顔が少し赤いです……今、冷たいお水持ってきますね」
「……いいえ、要らないわ」
踵を返そうとした薫子の細い手首を、真夜は衝動的にキュッと強く引き寄せた。
「きゃっ……? ま、真夜さん……?」
そのまま薫子の背中に腕をまわし、逃がさないように、すがりつくように強く抱きすくめる。 真夜から漂う仄かなお酒の香りと切実な体温に、薫子は目を丸くした。
「あ、あの……どうしたんですか? 会社で何か辛いことでもあったの……っ?」
真夜を心から心配し、優しく問いかけようとする薫子。
(……そうよ。あの日、『夜留の代わりに私が受け止めるから』 って言ったのはあなたよ…)
お酒の熱に背中を押された真夜は、あの日の薫子の言葉を都合のいい免罪符にして、己の理性を完全に手放した。
(なら……今夜は言葉通り、あなたを相手にさせてもらうわ……っ)
「……何かあった、じゃなくて……っ」
喋っている途中の薫子の唇を、真夜は逃がさぬように己の唇で強く、深く塞いだ。
「っ……!? んんっ……!?」
息を呑む暇すら与えない、濃密な口づけ。 あの日奪われた熱を返し、そして今度は自分の本気の独占欲で上書きするように、真夜は何度も角度を変えて薫子の柔らかな口腔を求めていく。
不意を突かれた薫子は一瞬目を見開いたが、真夜の切実な吐息と身を寄せてくる体温、この強引な口づけの意味に——ハッと気づいた。
(……あの日……私が言ったこと、ずっと覚えていたのね……)
夜留を守るために「代わりに私にしなさい」と強引に奪った、あの日の過激な接触。 真夜が今、お酒の勢いに任せてこんな風に迫ってくるのは、何か抱えきれない不安があって、あの日を口実に自分へ縋りついてきているのだと、薫子は直感的に悟ったのだった。
(……ほんと、不器用なんだから…)
理由が何であれ、こうして自分を頼りに乱れている真夜が愛おしくてたまらない。 薫子はゆっくりと目を開けると、戸惑いを捨て、柔らかく細い腕を真夜の首元へと回した。そのままそっと後頭部へ手を添え、真夜の熱い頭を自分の方へと引き寄せる。
「ん……ぁ……っ」
薫子からの自発的な受容と、後頭部を優しく包み込む手の温もりに、真夜の胸が甘く痺れた。 拒絶されるどころか、真夜はさらに深く、溺れるように薫子の甘い蜜を貪り続けるのだった。
——そして。
喉の乾きを覚えて静かに部屋のドアを開けた夜留は、廊下の暗がりから、二人が引き寄せ合うように深く重なり合っている光景を、息を殺してただ呆然と見つめていた。
ご覧いただきありがとうございました!
あの日の出来事を覚えて縋りついてきた真夜と、その意図をすべて察して優しく受け入れた薫子。 過去の因縁を都合よく免罪符にした大人のズルさと、濃厚な情熱が交差する夜となりました。
ちなみに……「第21話 罪の余韻と、冷たい嫉妬」を読み返していただくと、真夜と薫子がなぜこの言葉や行動に至ったのかがより一層深くお楽しみいただけます✨
ついに動き出した三角関係、この光景を目撃してしまった夜留はどう動くのか……!




