第37話 熱を帯びた朝
カーテンの隙間から差し込む柔らかい光で、薫子はゆっくりと目を覚ました。
ふと横に視線を向けると、そこにはすやすやと穏やかな寝息を立てている真夜の姿があった。
毎晩うなされていた姿が嘘のように、その寝顔は優しく解き放たれている。愛おしさに胸を温めながら、薫子はしばらくの間、静かにその顔を見つめていた。
すると、真夜の長いまつ毛がかすかに揺れた。
「……ん……っ」
真夜がゆっくりと目を開ける。
覚醒したばかりの視界は少しぼやけていたが、まばたきを繰り返すうちに、徐々に輪郭がはっきりとしてくる。
探るように開かれた真夜の瞳と、目の前数センチの距離で優しく見つめている薫子の視線が、ぴったりとぶつかった。
「真夜さん、おはようございます」
お互いの目がしっかりと合った瞬間、薫子はふわりと花が咲くような笑みを浮かべ、優しく声をかけた。
至近距離での微笑みに、真夜の胸は跳ねるような大きな音を立てた。
真夜は平常心を装って、柔らかく微笑み返した。
「……おはようございます、薫子さん」
真っ直ぐで綺麗な真夜の笑顔。
それを見た薫子は、心底嬉しそうに目を細めると、さらりと甘い言葉を口にした。
「ふふ、真夜さん……笑顔すてき…」
言いながら、薫子は無意識のうちにそっと手を伸ばし、真夜の耳元あたりにふれる。指先が真夜の柔らかい髪と肌を優しく撫でた。
(……ッ!?)
その瞬間、真夜の心臓はもう落ち着きを完全に失った。
胸の奥が熱く焦げ付くように跳ね上がり、パニックになった真夜はガバッと勢いよく布団を跳ね上げた。
「あ、あの……っ! ちょっと、お手洗いに……っ!」
「え? あ、はい……?」
薫子が不思議そうに首を傾げる間もなく、真夜は寝室からスルリと逃げ出すように飛び出していった。
鈍感な薫子は「真夜さん、朝から元気だなあ」と呑気に思うだけで、まさか自分が原因だとは思いもしない。
一方、トイレに駆け込み、扉を閉めた真夜はそのまま背中を預けて滑り落ちた。
「……///……っ!?」
一気に顔へ熱が集まり、頬が火照って真っ赤になる。
耳元に残る薫子の指の感触と、あの眩しい笑顔。
◇
熱くなった顔をなんとか冷まし、食卓についたものの、真夜はどこか集中できずぼんやりと箸を動かしていた。
「……真夜さん……?」
隣から不思議そうに顔をのぞき込んできた夜留の声に、真夜はハッと肩を跳ね上げる。
「な……なんでもないわ」
2人の様子微笑みながらみていた薫子は夜留をみて
「あ、夜留?、お口にちょっとごはん粒ついてるわよ」
「え……」
手を伸ばした薫子の指先が、夜留の頬にそっと触れる。
そのまま指先でご飯粒をチョンと取ると、薫子はそれを全く気に留める様子もなく、自分の口へぽいっと放り込んで微笑んだ。
「はい、取れたわ」
「……あ……ありがとう、お姉ちゃん」
平静を装いながら、淡々と短くお礼を言う夜留。
しかし、その目は吸い寄せられるように、自分のご飯粒を美味しく味わった薫子の唇をじっと無意識に見つめていた。
次の瞬間、夜留の白い頬がぽっと熱を帯びるように赤く染まっていく。
——結果、食卓には絶妙な空気が流れることとなった。
朝の出来事が頭から離れず、ぽけーっとお味噌汁を見つめたまま固まっている真夜。
そして隣では、顔を真っ赤にしたまま、心ここにあらずといった様子でぼんやりと固まっている夜留。
そんな二人を交互に見比べ、薫子は手をポンと叩いて可愛らしく笑った。
「ふふっ、二人ともなんだかぼーっとしちゃって、どうしたの? ……はい、ごちそうさま! ほらほら、お片付けしてお仕事行くわよー!」
「「……あ、はい……!」」
薫子の明るい声で我に返り、慌てて食器を持ち上げる二人。
無意識に周囲の人間を骨抜きにしてしまう薫子の罪深さと、それに振り回される二人の甘くて賑やかな朝が、こうして始まっていくのだった。




