第35話 朝焼けの訪れと、解けたしこり
「……ごめんなさい。動画、今ここで消すから」
薫子の温もりに抱かれ、ボロバチと涙をこぼした玲奈は、すっかり毒気を抜かれた顔でスマホを操作した。画面に表示されたデータを、薫子の目の前で確実に消去していく。
「私……ずっと真夜が羨ましかったの。私には何もないから、縛り付けることしかできなくて……。でも、もうやめるね」
「ありがとう、玲奈ちゃん。私に話してくれて、すごく嬉しかったよ」
薫子がふわりと微笑むと、玲奈は照れたように俯き、どこか晴れ晴れとした表情でカラオケ店を後にした。
◇
静まり返った廊下に、鍵の回る音がカチャリと響く。
そっとドアを開けた薫子は、静かにリビングへ入ろうとして——息を呑んだ。
薄暗い部屋の中、寝室から飛び出してきたふたりと正面から目が合ったのだ。まさかこんな時間まで起きて待っているとは思っていなかった薫子は、目を丸くする。
「お姉ちゃん……っ!」
「薫子……さん……っ!」
「あ……た、ただ……いま……?」
思わず気押されるように言葉を漏らした薫子に、真夜の目からボロボロと大きな涙が溢れ出した。薫子は二人へ歩み寄ると、不安に耐えて待っていた二人を包み込むように、そっと抱きしめた。
「もう気負わないでいいのよ。私が解決してきたわ。……一緒に暮らしているのに、一人で抱え込んでいることに気づいてあげられなくてごめんね。夜留も、びっくりさせちゃってごめんなさい」
「ううん……っ、ううん……っ! 薫子さん……っ!」
罪悪感と感謝で言葉にならない真夜の頭を、薫子は愛おしそうに撫でる。
横から夜留もふたりの背中にしがみつき、安堵の溜息を漏らした。
長年真夜の心を蝕み、怯えさせていたトラウマと暗いしこりが、春の雪解けのようにすうっと溶けていく。怯えの消えた真夜の顔には、今までで一番澄み切った、本当の笑顔が戻っていた。
ふと窓の外を見ると、東の空がうっすらと白み始めていた。
「あら……もう朝になっちゃったわね。ふふ、なんだかお腹空いちゃった」
照れくさそうに笑う薫子の顔を見て、真夜と夜留は顔を見合わせ、心から愛おしそうに微笑んだ。
「3人で、朝ご飯作りましょっか」
「うん! 私、何作ればいい?」
包丁を握る手元もどこか軽やかで、明るい笑い声が静かなキッチンに響く。
温かい朝食でお腹を満たした3人は、そのまま吸い寄せられるようにリビングの大きなソファに肩を寄せ合って腰掛けた。
言葉もなく、お互いの温もりを感じながらゆったりとした朝の時間を過ごす。
やがて訪れた心地よい限界に抗うこともなく、3人は仲良く寄り添い合いながら、静かにまどろみの中へと落ちていった——。




