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愛をわかつまで  作者: 秋夜


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第33話 静寂の決意と、夜を跨ぐ背中

「真夜さん、お待たせ。お水買ってきたよ」

何事もなかったかのように、薫子は穏やかな笑顔を浮かべて公園のベンチへと戻った。

俯いていた真夜がハッと顔を上げる。その瞳は薄く涙で潤み、唇は固く結ばれていた。

「あ……薫子さん、ごめんなさい、遅くなって……」

「ううん、大丈夫だよ。……ねえ、今日はもう帰ろっか。少し風も冷たくなってきたし」

「……はい」

泣き腫らした目元を隠すように俯く真夜の小さな手を、薫子はそっと、けれど力強く包み込んだ。

手に伝わる真夜の震えが、薫子の胸を締め付ける。

(真夜さん……そんな酷いこと、一人で耐えてたんだね……)

トイレの陰で聞いた、あの女の脅迫。

警察や誰かに頼れば、真夜の過去や傷が世間に晒されてしまうかもしれない。だから真夜は一人で怯え、耐えていたのだ。

(私が守らなきゃ。真夜さんの居場所も、この平穏な家も……絶対に)

薫子の心の中に、静かだが揺るぎない決意が宿っていた。

◇

「ただいまー! ふぅ、楽しかった〜」

夕方、友人との買い出しから夜留が帰宅した。

リビングのドアを開けた瞬間、夜留は肌にまとわりつくような空気の重さに足を止める。

ソファに座る真夜の顔色は痛々しいほど白く、その隣にぴったりと寄り添う薫子の表情にも、どこか硬さが混じっていた。

「真夜さん……? どうしたの、顔色すっごく悪いけど……体調悪いの?」

夜留は手にした荷物を置くと、真っ直ぐに真夜のもとへ駆け寄った。

昨夜の自分のお酒の失敗やモヤモヤなんて、一瞬で頭から吹き飛んでいた。目の前で震える大切な人が、心配でたまらない。

「え……? あ、ううん……夜留ちゃん、大丈夫だよ。ちょっと……疲れちゃっただけだから」

「本当に……? どこか痛いなら無理しないでね。何かあったなら、私にも言ってみて?」

気遣うように真夜の顔を覗き込み、優しく声をかける夜留。

真夜は二人の温かさに胸を痛めながら、必死に歪みそうになる口元を抑えて首を横に振るだけだった。

「夜留ちゃん、心配してくれてありがとうね。今日は真夜さん、早めに休ませてあげよう」

「……うん。お姉ちゃん、真夜さんをよろしくね」

薫子の言葉に頷きつつも、夜留はどこか胸騒ぎを覚えていた。真夜の怯えようも、そしてどこか遠くを見つめるような薫子の瞳も、あまりに不自然だったからだ。

◇

深夜2時。

静まり返ったマンションの一室。

自分の部屋で横になっていた夜留だったが、どうしても真夜の様子が気にかかり、静かにベッドを抜け出した。

廊下へ出た、その時だった。

カチャリ、と玄関の鍵が静かに解除される音が響いた。

暗闇の中、コートを羽織った薫子が、息を殺してドアノブに手をかけている。

「……お姉ちゃん……?」

暗がりの中で漏れ出た夜留の声に、薫子の背中が跳ねた。

ゆっくりと振り向いた薫子の表情は、いつも家で見せる甘く柔らかいものではなく、見たこともないほど凛とした、覚悟の色に満ちていた。

「夜留ちゃん……起きてたの」

「こんな夜中に、どこ行くの……? お姉ちゃん、真夜さんのことと何か関係あるの……!?」

夜留の問いかけに、薫子は一瞬だけ切なそうに目を伏せると、静かに首を振った。

「ごめんね、夜留ちゃん。……すぐ戻るから」

それだけを言い残し、薫子は夜の闇の中へと消えていった——。

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