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愛をわかつまで  作者: 秋夜


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第32話 影の囁き

「んっ……」

重い頭を抱えて目が覚めた。猛烈な二日酔い。

ぼんやりとした視界の中で、夜留は昨夜の出来事を必死に手繰り寄せていた。真夜さんの部屋の前で薫子の手首を掴み、夢中で抱きしめた、あの腕の感触。

『ずるい……誰のせいだと思って……』

「〜〜〜っ! 嘘でしょ……!?」

自分の幼い嫉妬と失態に顔を真っ赤にしてリビングへ向かうと、キッチンではエプロン姿の薫子が笑顔で朝食を作っていた。

「あ、夜留ちゃんおはよう! はい、しじみのお味噌汁」

「お姉ちゃん……おはよう。あの、昨日はすみませんでした……」

「ふふ、全然いいんだよ~! 夜留ちゃんがあんなに甘えてくるなんて珍しいから、可愛かったよ」

屈託のない「お姉ちゃん」の笑顔。

切実だったはずの抱擁も言葉も、すべて「ただの酒の席での甘え」として綺麗に受け流されてしまった。

(……甘えたわけじゃないのに)

胸の奥に残る重いしこり。けれど今日は休日だ。

夜留は友人との先約があったため、「真夜さん、お姉ちゃんとゆっくり羽を伸ばしてきてね」と、暗い顔をした真夜を気遣いながら出かけて行った。

◇

「はい、真夜さん。温かいハーブティーだよ」

夜留を見送った後、薫子は真夜を連れて緑豊かな広い公園へとやってきていた。カフェでテイクアウトした飲み物を手に、木漏れ日が差し込むベンチに腰掛ける。

「最近、真夜さんずっと苦しそうだなって思ってて……。私でよかったら、何でも話してほしいな」

薫子の温かい瞳と優しい声。真夜の胸にキュッと愛しさと罪悪感がこみ上げる。

「薫子さん……私……」

本当のことを打ち明けて、この温もりに縋ってしまいたい。そう思った瞬間だった。

木々の隙間から見えた人影と視線が合い、真夜の血の気が引いた。

かつて自分を弄び、泥沼へと引きずり込んだ元セフレの女性が、不敵な笑みを浮かべてこちらを見つめていたのだ。

「……っあ、ごめんなさい! ちょっとトイレに行ってきます……!」

「え? あ、うん。大丈夫?」

唐突に立ち上がり、青ざめた顔で駆け出していく真夜。

薫子は首を傾げながらそれを見送ったが、真夜の後を追うように、見覚えのない派手な女が静かに歩いていくのが見えた。

(……なにか、おかしい)

胸を騒がせる強い違和感。薫子は吸い寄せられるように立ち上がり、二人が消えた公衆トイレの建物の陰へと向かっていた。

建物の裏手、木々に隠れた静寂の中で、押し殺したような二人の声が漏れ聞こえてくる。

「……お願いだから、もうやめて……! 二人には関係ないでしょ……!」

「関係あるんだよ。あんたがあの二人と楽しそうに家族ごっこしてるのがムカつくの。嫌なら……わかるよね? 過去の動画、あの家に送られたくなかったら、私の言う通りにしなよ」

強引に真夜の顎を掴み上げ、身体を寄せる見知らぬ女。

真夜は恐怖に体を震わせ、絶望に満ちた瞳で涙をポロポロとこぼしながらも、ただ耐えるように唇を噛み締めていた。

「っ……!」

木陰からその光景を目撃した薫子は、息を呑んだ。

信じられない脅迫の言葉と、真夜が隠し続けていた過酷な現実。胸を刺すような激痛と怒りが、薫子の身体を駆け巡る。

(真夜さん……そんな酷いことに巻き込まれてたの……!?)

声をかけて乱入したい衝動を必死に抑えながら、薫子は固く拳を握りしめた。

あの温かい家と、泣きそうな顔で耐える真夜を守るために——薫子の中で静かな決意が芽生えていた。

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