第28話 日差しの中の影
慌ただしい平日がなんだかんだで過ぎ去り、待ちに待った週末がやってきた。
「よーし! 週末だし、今日は3人で生活用品の買い出しに行くわよ〜!」
薫子の元気な掛け声とともに、私たちは近所の大型ショッピングモールへと向かった。
青く澄み渡る休日のみんなの笑顔。カートを押しながら「お姉ちゃん、この洗剤がいいんじゃない?」「あら、真夜さんはどう思う?」なんて他愛もない会話を交わす時間は、まるで本当の家族のようで、どこまでも平和だった。
でも――私(真夜)の胸の奥には、冷たい澱のようなものがずっとへばりついていた。
(こんな温かい光の中に、私がいていいはずがないのに……)
薫子さんと夜留ちゃんが「どっちの柔軟剤にするー?」と笑い合っている姿を少し後ろから見つめながら、私は自分の内に潜むドロドロとした闇を思い出す。
私には、かつて——いいえ、今でも関係を完全に断ち切り切れていない「肉体関係だけの相手」が、数え切れないほどいた。
顔も名前すらまともに覚えていない女性たち。寂しさを埋めるため、あるいは自分という存在の価値を傷つけることでしか確かめられなかった夜。相手に求められるままに身体を重ね、互いの孤独を舐め合うことでしか「生」を感じられなかった、あの自暴自棄で泥沼のような日常。
自分の身体と心を都合よく切り売りし、傷つけることで寂しさから逃げていた最低なクズ。それが、私という人間の正体だ。
(もし……薫子さんや夜留ちゃんが、私のこの本当の姿を知ったら、どんな顔をするかしら)
女性たちに言われるがまま身体を委ね、寂しさを紛らわせるためだけに身を落としていた汚い女。
――そして、かつて娘と共に命を絶とうとし、母親としての資格すら失った罪深い女。
元夫に引き取られていった、幼かった我が子。
娘とさほど年の離れていない夜留ちゃんの姿を見ていると、ふと思ってしまうのだ。あの子が無事に育っていれば、今ごろは高校生くらいになって元気に笑っているのだろうか、と。
薫子さんに幻滅されるのも恐ろしい。けれどそれ以上に、お姉ちゃんを一途に慕う夜留ちゃんのあの綺麗な瞳に、自分のドロドロとした過去を映したくなかった。夜留ちゃんの眩しい姿に、離れ離れになった娘の面影と自身の罪が重なり、胸が締め付けられる。
(あのふたりの純粋さを、私の汚い過去で穢したくない……)
昨夜、薫子の優しくて温かい腕に抱きしめられて眠った時の感覚が蘇る。あの純粋で、温かくて、包み込むような抱擁。そして不器用ながら自分を受け入れてくれた夜留ちゃんの真っ直ぐな視線。
あのあまりにも眩しい光を知ってしまったからこそ、自分がこれまで身を置いていた闇の深さと汚さが、耐えがたいほどの激痛となって私を苛んでいた。
「真夜さん? どうしたの、立ち止まっちゃって。気分悪くなっちゃった……?」
ふと気づくと、カートを押した薫子が顔を覗き込んできた。心から心配そうな、一点の曇りもない綺麗な瞳。
「ううん……なんでもないわ。少し考え事をしていただけよ」
「そっか! よかった〜。ねえねえ、今日の夜ご飯、何が食べたい? パスタにする? それともお鍋?」
無邪気に笑いかける薫子の隣で、夜留は少し口ごもり、遠慮がちに薫子の袖をそっと摘まんだ。
「……あのね、お姉ちゃん。もし……手間に思わないなら、でいいんだけど」
「ん? なあに、夜留?」
「……お姉ちゃんの作ったハンバーグが、食べたいな、なんて……。でも、大変なら全然いいからね?」
「もう〜っ! なんでそんな遠慮がちなの! 夜留のリクエストならいくらでも作るに決まってるでしょ〜!」
「ほんと……? ありがと、お姉ちゃん……」
ぱっと表情を明るくして、嬉しそうに薫子の袖をキュッと握り直す夜留。
大人になっても、薫子の前ではどうしても甘えたくなってしまう妹の健気な姿に、薫子はデレデレと目尻を下げている。
二人の温かいやり取りに、私は胸が痛むほどの愛おしさを感じながら、静かに微笑んだ。
「ふふ、そうね……私も薫子さんの手作りハンバーグ、楽しみにしているわ」
「えっ、真夜さんまで!? よーし、今日は腕によりをかけて特大ハンバーグ作っちゃうぞ〜!」
二人の輪に入りながら、私は心の中で静かに誓う。
(この二人の平穏を……この温かい居場所を、私の過去で壊すわけにはいかない)
けれど、バッグの中で微かに震えた私のスマホの画面には、かつての「相手」の一人からの着信通知が、静かに残されたままになっていた——。
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