第23話 感情の決壊と、歪んだ告白
真夜さんが帰ろうとドアを開けた、ちょうどその時。目の前にお姉ちゃんが立っていた。
昨日のメールで報告したら心配して様子を見に来てくれたんだ……嬉しいな、なんて考えるよりも先に――視界に入った光景に、思考が完全に凍りついた。
(え…………っ!?)
お姉ちゃんと真夜さんが……ものすごく激しく、深く、熱く口づけを交わしている。
あまりの光景に、私はその場に立ち尽くした。
大好きなお姉ちゃんが……他の人と、あんな濃厚なキスをしている。
モヤモヤ、モヤモヤ……。胸の奥から湧き上がる不快な熱と、焦りと、名前のつかない黒い感情が激しく渦巻いて膨らんでいく。
『ごめんね夜留……後でもう一回来るからね』
お姉ちゃんはそれだけ言い残すと、真夜さんの腕を引いて自分の部屋へと消えてしまった。
一人残された玄関で、私は膝から崩れ落ちた。
「お……ね……えちゃん……」
たしかに……私、昨日のメールでお姉ちゃんに「真夜さんが寝ぼけてキスしてきた」って言ったけれど……。
耳元で囁いていた『妹の唇は返してもらったわ』なんて……そんなの、頼んでない……!
(真夜さん……いいな……お姉ちゃんに、あんな風に求められて……)
ズルい。羨ましい。そして、なにより――胸が引きちぎられるほど、悔しくて怒りが込み上げてくる。
「お姉ちゃん……ひどい……。お姉ちゃんは……私のお姉ちゃんなのに……っ!」
お姉ちゃんが真夜さんと話している間、私は部屋の中でそわそわと立ち尽くし、一瞬たりとも落ち着くことができなかった。
お姉ちゃんは誰にでも優しいから……真夜さんに限らず、いつか誰かに奪われてしまうんじゃないか。そう思ったら、呼吸すら苦しくなってくる。
私の胸の火種に、ガソリンを注ぎ込んだとも知らずに――。
「夜留〜〜! 話が終わったわ! お待たせ〜!」
お姉ちゃんは何事もなかったかのように、能天気な笑顔で私の部屋に入ってきた。
「………………」
「あのね、経緯は今から話すんだけど……私と真夜さん、今日から一緒に住むことになったから!!」
「っっっ……!? ――っっ!?」
怒り、寂しさ、激しいヤキモチ……頭の中の全ての感情がグチャグチャに混ざり合い、声が出なくなった。
一緒に住む……? 私の知らないところで……二人で……?
「夜……留……? どうしたの……大丈夫――んっ!? んんっっ……!?」
次の瞬間、私の中で何かがぷつりと切れた。
気がついた時には、私は涙をボロボロと零しながら、お姉ちゃんの唇を強引に奪っていた。逃がさないように、しがみつくように、必死に舌を絡める。
「ふはっ……っ! や、夜留……っ!? どうしたの急に……っ!?」
あまりのことにアタフタと狼狽えるお姉ちゃんを、私は真っ赤にした瞳で激しく睨みつけた。
「私のお姉ちゃんって……言ったのに……っ! お姉ちゃんの、バカぁぁぁっ!!」
パタンッッ……!!
私は勢いよくドアを締め切り、寝室へと駆け込んだ。
「えぇぇぇぇ……!? なんでぇぇぇ……!?」
廊下に、お姉ちゃんの情けない困惑の声が響き渡っていた。
◇ ◇ ◇
side:櫻 真夜
(……やっぱり、こうなったわね……。はぁぁぁ……)
廊下に立ち尽くす薫子さんの背中を見つめながら、私は深く溜め息をついた。
……薫子さん、妹のことを大切に思っているのは重々伝わってくるけれど……あまりにもあの子の感情に疎すぎるわ。夜留ちゃんも相当な鈍感だと思っていたけれど……このお姉さん、それ以上に致命的だわ。
元凶である私が言える立場ではないけれど……『妹の唇を返してもらったわ』なんて言ってキスしてみせたのは、お姉ちゃんが大好きなあの子からすれば、胸を抉られるような拷問だったはずよ。
(嫌な予感がして、そっと後ろをついてきて正解だったわ……)
これ以上、このポンコツなお姉さんに任せておいたら話が余計にこじれるわね。
私は自室の玄関で呆然としている薫子さんに近づき、冷ややかな視線を送った。
「薫子さん……流石にそれはないわよ。あなた、完全に火に油を注いでいるじゃない……」
「………………」
薫子さんは返す言葉もないといった様子で、ぐうの音も出ずに黙り込んだ。
「少し、自分がいかに無頓着だったか反省していなさい。……私、夜留ちゃんと話してくるわ」
コンコンコン――。
ノックをして、返事を待たずに静かにドアを開けた。
「夜留ちゃん……私よ、真夜。少しだけ、お話しさせてもらってもいいかしら……?」
部屋の隅で、小さな身体を膝に押しつけるようにして丸まり、肩を揺らして泣いている夜留ちゃんの姿があった。私はその隣にそっと腰を下ろし、震える背中を優しく撫でた。
「夜留ちゃん……ごめんなさいね。お姉ちゃんが私にあんなことをした上に、いきなり一緒に住むだなんて……あなたにとっては、嫌なこと以外の何物でもないわよね……」
私の温かい手に触れ、夜留ちゃんの肩がびくっと跳ねる。
「元凶の私が言うのもおかしいけれど……薫子さんって、案外おバカで鈍感なのね……」
「……ぐすっ……」
「私たちが話し合った本当の内容と、どうして一緒に暮らす流れになったのか……その経緯をちゃんとお話しするわ。私は、あなたの気持ちを一番に尊重したいの。だから……少しだけ、私の話を聞いてくれるかしら……?」
夜留ちゃんは涙で濡れた瞳を上げると、小さくコクッと頷いてくれた。
私は彼女の涙を優しく指で拭いながら、静かに語り始めたのだった。




