第2話 出会い
あの日から十年が経ち、私は大人になった。
「あの日、独りになってから……今日で十年、か」
お母さん、私を捨てて十年が経ちました。私の人生から色を奪ってくれて、ありがとう。
いろんな感情を込めて短く呟き、静かに手を合わせる。私は毎年、私を捨てた「あの日」に母の眠る場所を訪れる。憎い母に会うために。
「よし……行くか」
空虚な部屋には帰りたくなかった。ただ不快な思考を麻痺させたくて、通りがかりのバーのドアを押した。
カランカラン――
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「あ……一人です」
店内は薄暗く、静まり返っていた。先客はカウンターに一人のみ。
案内されるままカウンターへ向かい、その客とふと目が合った。
「え……」
私はその場に固まってしまった。顔が似ているわけじゃない。けれど、雰囲気が……あまりにも「あの人」に似ていたから。
「えっ……あの、私、どきましょうか……?」
凝視してしまった私に気を遣い、その女性が儚げに微笑む。
「あっ、ごめんなさい……お隣、いいですか……?」
気づけばそう尋ねていた。女性は少し驚いたように、
「どうぞ……」
と席を譲ってくれた。
それ以上言葉を交わすこともなく、静かな時間だけが過ぎていく。閉店間際、短く「ありがとうございました」とだけ言い残して店を出た。
夜風に当たりながら帰路につく。なぜあんなにも心が揺れたのか、自分でも分からないまま。
◇ ◇ ◇
side:真夜
カランカラン――ドアの鈴が鳴り、思わず振り返る。
長い黒髪の女性と視線が交わった。
(あの日……過ちを犯さなければ、紗江もあのように成長していたのだろうか……)
つい、そんな果てしない愚問を抱いて呆然としてしまった。
まだ視線が合っている。邪魔だったかしらと思い「私、どきましょうか」と声をかけると、彼女は「隣、いいですか」と寂しげに呟いて隣に腰掛けた。
けれど結局、それ以上言葉を交わすことはなかった。
あの子……まるで世界に色がないような目をしていた。まだ若いのに。
今日は、私が愚かな過ちを犯した日。本当なら、私に色彩のある世界を生きる資格なんてないのに。
帰り道、あの光を失った瞳が頭から離れなかった。
もう二度と会うこともないはずなのに。
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