第19話 交錯する糸
昨日はお姉ちゃんの家で、映画を観たりおしゃべりをしたりと、夢のような一日を過ごした。
「夜留、おはよう! 体調は大丈夫……かしら?」
朝、お姉ちゃんは昨日の私をなぜか過剰に心配し、体調を確認してから先に会社へ向かった。
「よしっ! 私も行こうかな! 行ってきます!」
「おはようございます」
今日もいつも通り会社へ出勤する。デスクで準備をしていると、上司が声をかけてきた。
「橘〜、星野〜。取引先は何時からだっけ? 終わったらそのまま直帰していいからな! 行ってらっしゃい」
「「ありがとうございます。行ってきます!」」
今日は二人で取引先へ向かう日だ。
櫻さんの会社へ行くのは何日ぶりだろう。お姉ちゃんは櫻さんの会社に行くのは初めてのはずだ。
◇ ◇ ◇
「お世話になっております……」
受付でやり取りを済ませ、案内に従って社長室へと向かう。
コンコンコン――。
「どうぞ」
「失礼いたします」
重厚なドアを開けると、デスクに座っていた櫻さんがゆっくりと顔を上げた。
「あら……お久しぶりね、星野さん。そちらの方は……?」
「橘薫子と申します。本日はよろしくお願いいたします」
お姉ちゃんが綺麗な手つきで名刺を差し出す。
side:櫻 真夜
「橘さん……とおっしゃるのね」
受け取った名刺に落とした視線を、目の前の女性へ移す。
橘薫子。……そういえば、この前。
夜風が吹き抜ける路上で、星野さんに愛おしそうに抱きつき、楽しそうに笑い合っていた――あの女性だわ。
(……妬いちゃうわね……)
胸の奥を刺すような冷たい痛み。自分の内側に湧き上がる歪んだ独占欲に気づき、私はそっと美貌の影に感情を隠した。いけない……私に、あの子を縛る資格なんてないのに。
◇ ◇ ◇
「「ありがとうございました」」
「橘さん、星野さん、ありがとうございました」
商談を終え、社長室を出たところで、お姉ちゃんが「ちょっとお手洗いに」と席を外した。
私が一人で社長室の近くで待っていると、タイミングを見計らったように櫻さんが部屋から出てきた。
「あっ、櫻さん……。この前は本当にありがとうございました。おかげで、ずっと胸を押し潰していた重苦しさが……少しだけ軽くなりました」
「そう……良かったわ……」
「それでは、失礼します!」
お姉ちゃんのもとへ向かおうと背を向けたその時、グッと手首を強く掴まれた。
「っ……?」
「星野さん……今夜、また一緒に会えないかしら。……この前の、ホテルで」
唐突な誘いに一瞬驚いたけれど、私はすぐに頷いた。
「ちょうど良かったです! 私も櫻さんに相談したいことがあったので……。では、また夜に!」
手首を解放され、私はお姉ちゃんのもとへ急いだ。
◇ ◇ ◇
「ふぅー! 終わったわね! お疲れさま、夜留!」
「お姉ちゃんもお疲れさま!」
ビルを出て駅へ向かう道中、お姉ちゃんが私の顔を覗き込んできた。
「夜留……このまま一緒に帰る……?」
「うん! ……あ、でもね、今日のお互いの帰宅後なんだけど、夜に櫻さんと会う約束があるから、一度帰ってその準備をしようと思って」
「そう……わかったわ。だけど……櫻さんって、先ほどの……?」
お姉ちゃんの瞳に、かすかな不安の色が浮かぶ。
「うん。……そうだね、お姉ちゃんにはちゃんと話しておくべきだと思う。時間まで、どこかのお店でお話ししようか?」
「ええ……行きましょう」
近くの静かなカフェに入り、向かい合って座る。私は温かい紅茶を一口含んでから、静かに口を開いた。
「私が最近……あの悲惨な事件の過去から、やっと前に進めるようになったでしょう? 実はね……真夜さんが、私の胸にあった重荷を一緒に背負って、下ろしてくれたの……」
私はお姉ちゃんに、真夜さんとの出会い、命日の夜にぶつかり合ったこと、そして彼女のおかげで過去と向き合えるようになった理由を、包み隠さず全て打ち明けた。
話を聞き終えたお姉ちゃんは、目頭を熱くさせながら、優しく微笑んで私の手を握りしめた。
「そう……。あの人が……夜留を前に進めてくれたのね。良かった……知ることができて。話してくれてありがとう、夜留。今度、櫻さんには私からもちゃんとお礼を言わなきゃね……」
お姉ちゃんの温かい言葉に、心がほろりと解ける。
二人は互いの近況を語り合い、あっという間に約束の時間が近づいてきた。
「じゃあね、夜留。帰り、気をつけるのよ?」
「ありがとう、お姉ちゃん! バイバイ!」
お姉ちゃんと別れ、私は夜の街へと踏み出した。
真夜さんに「お姉ちゃんと一緒にいる時に起きる、あの胸の苦しさ」について相談するために。それが、更なる波乱の幕開けになるとも知らずに――。




