第18話 なんだかおかしい……(side:橘薫子)
朝ごはんを終え、お互いが落ち着いた頃。夜留が意を決したように口を開いた。
「おねえちゃん……。この後、予定があったり……する……かな……?」
「予定……? ない……よ? 帰ってお風呂に入るくらいかな! 酔い潰れてお風呂に入ってないからね!」
そう答えながら帰る支度を始めると、なぜか夜留は眉間にしわを寄せて何やら葛藤し始めた。
大丈夫かしら……? と思いつつ、とりあえず玄関に鞄を置きに向かおうとした、その時――。
「お姉ちゃん……あのね、帰らないで……ほしい。一緒にいたい……。ダメ……かな……?」
スーツの袖口をキュッと引っ張られ、振り返るとそこには上目遣いで私を引き留める、思いっきり可愛くて綺麗なお顔の夜留がいた。
(………………っ!?)
パァァァン!!!!!
私の中で、何かが派手に弾け飛ぶ音が聞こえたわ。
無理、つらい、反則……! 声にならない絶叫が脳内で大響きする。
昔の甘えん坊だった幼い夜留も懐かしいけれど、クールで大人な美人に成長した今の夜留が繰り出す上目遣いは……正直、致死量を超えているわ!
完全にキャパオーバーを起こし、
「ワ、タ、シモイッショニイタイ」
と棒読みで返事をするのが精一杯だったわよ。だけど、ここで「じゃあこのまま一緒にいよう!」とならないのが上司でありお姉ちゃんのプライド。夜留の前ではいつだって綺麗でカッコいいお姉ちゃんでいたいもの!
ハッと我に返った私は、急いで言葉を整えた。
「お姉ちゃんも一緒にいたいけれど……着替えもないし、一回お風呂に入ってからまた来ていいかな? それとも……! 私の家に一緒に行く……?」
気づいたら自分の家へ誘っていたわ。ふふ。
すると夜留は、ありえないくらい目をキラキラさせて「いいの!? 嬉しい!」と喜んでくれたの。
こんなに無邪気な表情を見せてくれたのなんて、一体何年ぶりかしら……。お姉ちゃん、本当に感無量よ。
◇ ◇ ◇
準備を終えて扉を開け、私の部屋へ案内しようとした瞬間――私は回廊でフリーズしたわ。
「えっ……ここ、◯△マンション……!?」
なんと、夜留が住んでいるマンションと私が住んでいるマンションが、まったく同じだったのよ……!
こんな奇跡みたいなことってあるかしら!? 驚きすぎて一瞬思考が止まったけれど、冷静になると嬉しさが込み上げてきたわ。何かあった時に、走って守りに行ける距離にいるんですもの。神様、本当にありがとう……!
家に着いたら速攻でお風呂を済ませ、「ただいまー!」と浴室を出た。
濡れた髪を拭きながら夜留の方を見ると、あの子はなぜか急にフリーズし、どこか苦しそうに息を吐き出していた。
(えっ……体調悪くなっちゃったかしら……!?)
心配になって様子を見ようとしたその瞬間、夜留が思い切り私に飛びつき、ぎゅっと抱きついてきたの。
「おねえちゃん……どこにも行かないで……」
少し震える声でそう呟くあの子に、私は胸が締め付けられるような愛おしさを覚えたわ。
「ん……? どうしたの……? 随分と甘えん坊さんだね。大丈夫だよ、私はどこにも行ったりしないよ……?」
落ち着かせるように優しく頭を撫でてあげる。
……そうよね。この子は甘えたい盛りの時期も、ずっと一人で重い苦しみとトラウマを抱えて耐えてきたのだもの。今まで甘えられる場所なんてなかったのよね。私がずっと側にいてあげられなかったから……本当にごめんね、夜留。
その後、夜留は急に顔を真っ赤にしてトイレに駆け込んでしまった。出てきたあとに「大丈夫?」と聞くと、ソファに腰掛けて「うん!」と答えてくれたけれど、どこか遠い目をして考え込んでいる様子だった。
……明日、あの子会社に行けるかしら。
無理をしている様子なら、上司の権限でしっかり休ませないとね。
でも、家がこんなに近くて本当によかったわ。何かあってもすぐに駆けつけられるし、支えてあげられるもの。
明日会社に行く前に、まずは体調確認から始めなきゃね。
ドライヤーの風を当てながら、私は可愛い妹の横顔を愛おしく見つめ続けた。




