第17話 なんだかおかしい……
朝ごはんを終え、お互いの興奮がようやく落ち着いた頃。私は意を決して口を開いた。
「おねえちゃん……。この後、予定があったり……する……かな……?」
「予定……? ない……よ? 帰ってお風呂に入るくらいかな! 昨日は酔い潰れちゃってお風呂に入ってないからね」
言いながら、お姉ちゃんはそわそわと帰る準備を始めている。
(うぅ……どうしよう……)
私は眉間にしわ寄るくらい思い詰めていた。
お姉ちゃんとまだ一緒に過ごしたいという身勝手な気持ちと、迷惑をかけてしまうのではないかという葛藤。お姉ちゃんは優しいから、お願いしたらなんでも聞いてくれてしまう。だからこそ余計に言いにくいのだ。
けれど……このまま帰られたくない。私は思い切って、玄関へ向かおうとするお姉ちゃんの服の袖をキュッと引っ張った。
「お姉ちゃん……あのね、帰らないで……ほしい。一緒にいたい……。ダメ……かな……?」
上目遣いで見つめると、お姉ちゃんは「えっ……あ……」と声を詰まらせ、急に固まってしまった。
「ワ、タ、シモイッショニイタイ」
キャパオーバーを起こしてロボットのようになったお姉ちゃんだったが、すぐにハッと我に返った様子で頭を振る。
(……だって、夜留の前では綺麗でかっこいいお姉ちゃんでいたいもの!)
心の中でそう呟いて姿勢を正したお姉ちゃんは、言い直すように優しく微笑んだ。
「お姉ちゃんも一緒にいたいけれど……着替えもないし、一回お風呂に入ってからまた来てもいいかな? それとも……! 私の家に一緒に行く……?」
「……いいの……!?」
「ええ、もちろんよ。夜留さえよければ。それに、私ばかりお邪魔させてもらうのも悪いもの」
「ふふっ、嬉しい! ありがとう!」
「じゃあ、行こうか!」
準備を整え、二人で私の部屋の玄関を出た――のだが。
「おじゃましましたー……って、あれ……?」
お姉ちゃんが廊下の途中でピタリと足を止めた。
「どうしたの……?」
「えっ、あの……ここってもしかして……〇△マンションって名前だったりする……?」
「へっ!? そうだよ! なんで分かったの!?」
「なんでって……私もこのマンションに住んでるからよ……。(ボソッ)こんなことってあるのね……」
まさか、お姉ちゃんとまた同じマンションのご近所さんになれるなんて! 奇跡みたいな偶然に、胸が踊った。
◇ ◇ ◇
「おじゃましまーす!」
「はーい! 私は先にお風呂に入ってくるから、そこに座って夜留は好きに過ごしててね。お茶淹れるね!」
お姉ちゃんはそう言うと、パタパタとお風呂場へ向かっていった。
しばらくして、「ただいまー」と浴室のドアが開く音が聞こえた。振り返った瞬間――私は思わず息を呑んだ。
(っ……!?)
濡れた黒髪をタオルで拭いながら出てきたのは、しっとりと肌を火照らせた、あまりにも綺麗なお姉ちゃんだった。
普段のキリッとしたスーツ姿とは違う、無防備なパジャマ姿と、湯上がり特有の甘い香り。あふれ出る大人の色気に、心臓が跳ね上がる。
ドクン、と胸が大きな音を立てた。
(……な、なにこれ……!?)
思いっきり目を逸らし、動揺を隠すように叫ぶ。
「お、おかえり……っ!」
声が裏返りそうになるのを必死で抑える。ふぅふぅと深呼吸をして、荒くなる息を整えようとしたけれど、胸の痛みが治まらない。
こんなにも綺麗で可愛いお姉ちゃん……絶対にモテるだろうな。
誰か他の人に、こんな顔を見せたりするのかな……。
想像しただけで、胸の奥がキュッと締め付けられるような、モヤモヤとした熱い感情が込み上げてくる。
気づいた時には、身体が勝手に動いていた。私はお姉ちゃんに思い切り飛びつき、ぎゅっと抱きしめていた。
「おねえちゃん……どこにも行かないで……」
「ん……? どうしたの……? 随分と甘えん坊さんだね。大丈夫だよ、私はどこにも行ったりしないよ……?」
お姉ちゃんは首を傾げながらも、優しく微笑んで頭を撫でてくれた。
ふと目が合ったけれど、お姉ちゃんの濡れた瞳と至近距離で重なり、耐えきれなくなってすぐに逸らしてしまう。
ドクン……ドクン……。
胸の鼓動がうるさくて、呼吸が苦しい。
「あ、ありがとう……。ちょっとトイレ借りるね……!」
限界を迎えた私は、さっと手を離してお姉ちゃんの部屋のトイレへと駆け込んだ。
◇ ◇ ◇
パタンと鍵を閉め、便座の蓋に腰を下ろして顔を覆う。
「ふぅーーーっ……。私、どうしちゃったんだろう……苦しい……っ。スゥーーーーー、はぁー……」
なんだかおかしい。お姉ちゃんと一緒にいると、嬉しくて温かいはずなのに……時々、胸が苦しくてたまらなくなる。この熱さは一体なんなんだろう。
手を洗い、水を流す。よし……落ち着いた。出よう。
「トイレ、ありがとう……」
「うん。……夜留、大丈夫……?」
心配そうに覗き込んでくるお姉ちゃんに「うん! ありがとう」と笑顔を返し、ソファに腰を下ろした。少し落ち着いた頭で、ドライヤーの風に髪をなびかせるお姉ちゃんの綺麗な横顔をじっと見つめる。
(この苦しい感覚……なんだか自分じゃよく分からないや……)
私、明日会社に行ったら――信頼できる「あの人」に、このおかしい状態のことを相談してみよう。




