第16話 お腹いっぱいの後
「ん〜っ! 美味しかったぁ♪ ごちそうさまでした!」
「はい、お粗末様でした♪」
お皿を綺麗に空にして、薫子お姉ちゃんが満足そうにお腹をさすっている。
「いやぁ、本当いっぱい食べちゃった〜! 星野、ありがとう!」
「……むぅぅぅ」
また無意識に「星野」と呼ばれてしまい、私はあからさまに頬を膨らませて抗議の意を示した。
「えっ……あ、ご、ごめんっ! (ボソッ)夜留ちゃ……ん……」
「お姉ちゃん、小さすぎて聞こえないよ? なぁに?」
「夜留ちゃんっ! ごめんっっ!」
叫ぶなり、お姉ちゃんは急に立ち上がって部屋から逃げ出そうとした。私は素早くその背中に回り込み、細い腰を思い切り抱きしめて捕獲した。
「ねぇ、お姉ちゃん……。そんなに私のこと、名前で呼ぶのが嫌だった……?」
逃がさないように抱きしめたまま、背の高いお姉ちゃんを泣きそうな顔で見上げる。
「んっっ〜〜〜〜……っスゥー! 嫌じゃないっ!」
お姉ちゃんは顔を真っ赤にして勢いよく上を向いた。
「は、恥ずかしいのっ……! だって……あまりにも綺麗な『お姉さん』に成長してるから……お姉ちゃん、どう接していいか戸惑ってるの……っ! あんまりいじめないでぇ……っ」
耐えきれなくなったお姉ちゃんがこちらを見下ろした時、その綺麗な瞳から大粒の涙がポロポロと溢れ落ちていた。
(綺麗……なお涙……)
恥ずかしさだけじゃない。私をずっと心配し、守れなかったことを悔やみ続けてくれたお姉ちゃんの、長年の想いが溢れ出た涙なのだと分かった。
私はそっと手を伸ばし、お姉ちゃんの頬を伝う温かい雫を丁寧に拭った。
「お姉ちゃん……小さい頃から私をずっと大切にしてくれて、ありがとう。そして……いっぱい心配をかけて、ごめんなさい……っ」
想いを伝えて一度腕を解くと、今度は私から優しくお姉ちゃんを抱きしめ直した。
包み込まれる体の温もりが心地よくて、あの日からずっと凍りついていた私の目からも、自然と涙が溢れ出していく。お姉ちゃんは何も言わず、あの日と同じように優しく背中をさすり続けてくれた。
涙が落ち着き、そっと体を離してお姉ちゃんを見上げる。お姉ちゃんは愛おしそうに私を見つめ返してくれた。
「側にいなきゃいけなかったのに、側にいられなくてごめんね……。もう絶対に、夜留を置いて離れたりしないから。……だからこれからは、お姉ちゃんにいっぱい甘えてね」
今も昔も、本当に優しくて温かい人。
嬉しさと愛おしさで胸がいっぱいになり、私は照れるお姉ちゃんに遠慮なくギューッと甘えて抱きついた。
その日は休日だったこともあり、私たちは10年分の空白を埋めるように、一日中二人きりで穏やかな時間を過ごしたのだった。
◇ ◇ ◇
side:薫子
ごちそうさまをした後、あまりにも自然に「星野」と呼んでしまい、また夜留をムッとさせてしまったわ。
けれど……照れくさくてなかなか名前で呼べなくて、必死の思いで叫んだ後に逃げようとしたのよ。そうしたら、まさかのスピードで思い切り捕獲されてしまったの……。
すがりつく夜留の顔を見下ろしたら、今にも泣き出しそうな上目遣いで、
「ねぇ、お姉ちゃん……。そんなに名前で呼ぶの嫌だった……?」
なんて言ってきたのよ……!?
信じられる!? お手上げどころの騒ぎじゃないわよ……! 私の心臓、あと幾つあったら足りるのかしら!?
嫌いなわけないじゃない! その真逆、愛おしすぎて直視できないのよ……!
あまりの可愛さに耐えきれなくなって、私も正直に白状したわ。
「恥ずかしいの……っ! だって、あまりにも綺麗なお姉さんになってるから……お姉ちゃん戸惑ってるの。あまりいじめないで……っ」
本当にいじめないでほしいわ……。可愛すぎるのは重罪よ。動悸が激しすぎて、本気で呼吸困難になるかと思ったんだから……。
でもね……あの子がこうして感情を露わにして、無邪気に笑ったり泣いたりしてくれるようになったことが、何よりも嬉しかったの。感慨深くて涙が止まらなかったわ。
私が泣いているのを見て、夜留は言葉の裏にある私の長年の後悔や心配を察してくれたのね。
「お姉ちゃん……小さい頃から私を大切にしてくれてありがとう。そしていっぱい心配かけてごめんなさい……」って。
……なんて優しくて、できのいい妹なのかしら。
10年ぶりに抱きしめ合った夜留の体は、小さかったあの頃よりもずっと大きくなっていて、時間の流れをしみじみと感じたわ。
もう、絶対に離れたりしない。あなたの色を取り戻したその笑顔を、今度は私が命がけで守るからね……夜留。




