第10話 久しぶりに2(side:橘薫子)
会社では頼れる上司と真面目な部下。
けれど……まさか夜留ちゃんが、私のことをずっと覚えていてくれたなんて。
テーブルに顔を伏せたまま、私は必死に込み上げる涙を堪えていた。彼女の手が優しく髪を撫でてくれるたび、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
あの子と初めて出会ったのは、私がまだ中学生で、彼女が小さくて幼かった頃。
近所に住む歳の離れた可愛い妹のような存在で、どこへ行くにも私の後ろをついてくる姿が愛おしくて堪らなかった。
けれど――あの惨劇が起きた。
十歳の夜留ちゃんを襲った残酷すぎる運命。事件の直後から二年間、私は「近所のお姉さん」として、傷ついたあの子の側に寄り添い続けた。何とか救ってあげたい、守ってあげたい一心で。
しかし、別れは唐突に訪れた。
私の大学進学と引っ越し。距離が離れてしまい、私は彼女の側にいられなくなってしまったのだ。
(あの子は今、どうしているだろう。ちゃんと笑えているだろうか……)
離れてからも、夜留ちゃんの存在が頭から離れたことは一度もなかった。私にとって彼女は、血は繋がっていなくてもかけがえのない妹だったから。
そして数年前、運命の悪戯か、私が勤める会社の新入社員として夜留ちゃんが入社してきたのだ。十年ぶりの再会だった。
けれど、大人になったあの子の瞳を見た瞬間、私は言葉を失った。
完璧な笑顔の仮面を貼り付けながらも、その奥にある瞳は光を失い、まるで世界すべてに絶望しているようだった。
支えてあげられなかった。側にいてあげられなかった。
過去の自分の無力が悔しくて、情けなくて、激しい後悔が胸を刺した。
だからこそ、あの日心に固く誓ったのだ。
(もう二度と、あなたを離さない。どんな形でもいい、会社の上司として、陰からあなたを絶対に守り抜く)
彼女が私のことを覚えているかも分からなかったし、過去の傷を無闇に抉りたくなくて、あえて近所のお姉さんだったことは伏せて接してきた。
それなのに……夜留ちゃんは覚えていてくれた。あの日と変わらない優しい声で「お姉ちゃん」と呼んでくれた。
今更遅いかもしれない。けれど、もう絶対に一人にはさせない。あなたを一人きりの暗闇から引き上げられる、本当のお姉ちゃんになってみせるから。
(それにしても……本当に大きくなったわね。こんなに綺麗な女性になって……)
髪を撫でてくれる温かい手の温もりに包まれながら、私は心の中で深く祈った。
どうか、この子に色彩に満ちた幸せが訪れますように。もう二度と、その瞳から光が失われませんように。
夜留ちゃん……。
安心感と酔いが心地よく混ざり合い、私の意識はゆっくりとまどろみの中へ溶けていった。




