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第58話 カニ

 温泉から上がったあと。


「……」


「……」


 二人は。


 浴衣に着替えていた。


「……」


 澪は窓際に座り。


 優真は少し離れた場所に座っている。


 先ほどまで。


 二人で同じ露天風呂に入っていた。


「……」


 思い出す。


 肩まで湯に浸かった澪。


 隣にいた優真。


 最後には。


 最初よりずっと近い距離で。


 二人で雪を見ていた。


「……」


「澪」


「はい」


「顔、まだ赤いね」


「温泉に入ったためです」


「そっか」


「はい」


「……」


「……」


「優真さんも赤いです」


「俺も温泉入ったからね」


「そうですね」


「うん」


「……」


「……」


 二人とも。


 それ以上は言わなかった。


 ◇


 十九時。


 夕食。


 二人は個室へ案内された。


「……」


 澪が。


 テーブルに並べられた料理を見る。


 刺身。


 焼き物。


 小鉢。


 鍋。


 そして。


「カニだ」


「はい」


 北海道らしい。


 大きなカニが並んでいる。


「美味しそう」


「はい」


「澪、カニ好き?」


「嫌いではありません」


「好きでは?」


「食べる機会が少ないため、判断材料が不足しています」


「じゃあ今日判断できるね」


「はい」


 二人で食事を始める。


「……」


 刺身。


「おいしいですね」


「うん」


 焼き物。


「こちらもおいしいです」


「旅行来てから、澪ずっと食べてない?」


「食事の時間ですので」


「そういう意味じゃなくて」


「?」


「楽しそう」


「……」


 澪が少しだけ止まる。


「はい」


 そして。


 素直に答えた。


「楽しいです」


「そっか」


「はい」


 優真が笑う。


 ◇


 そして。


 カニ。


「……」


 澪がカニの脚を持つ。


「……」


 殻を割る。


「……」


 身を取り出そうとする。


「……」


 途中で切れる。


「……」


 もう一度。


「……」


 また切れる。


「……」


 優真は黙って見ていた。


「……」


「……」


「澪」


「はい」


「苦手?」


「問題ありません」


「いや」


「問題ありません」


「まだ何も言ってないよ」


「自分でできます」


「……」


 優真が自分のカニを見る。


 殻を割る。


 身を取り出す。


「ほら」


「……」


 綺麗に取れた。


 澪が見る。


「……」


「貸して」


「自分でできます」


「うん」


「……」


「……」


「できます」


「分かった」


 優真は自分のカニを食べる。


「……」


 澪は再び挑戦する。


「……」


 殻を割る。


 身を取り出す。


「……」


 途中で。


 また切れた。


「……」


「……」


「澪」


「何でしょうか」


「貸して」


「……」


「俺がやるよ」


「ですが」


「食べる前に夕食終わっちゃうよ」


「そこまで時間はかかりません」


「もう結構かかってるよ」


「……」


「はい」


 優真が手を出す。


「……」


 澪は。


 少しだけ迷って。


 カニを渡した。


「お願いします」


「はい」


 優真が殻をむく。


「……」


 澪が見ている。


「優真さん」


「何?」


「上手ですね」


「慣れじゃない?」


「経験があるのですか?」


「昔、家族で食べたりしたから」


「そうですか」


「澪は?」


「ほとんどありません」


「なるほど」


「……」


「だから下手なんだ」


「……」


 澪が優真を見る。


「ごめん」


「事実です」


「認めるんだ」


「結果から判断すれば明らかです」


「そっか」


 優真が笑う。


「ほら」


 綺麗に身が取れた。


「ありがとうございます」


 澪が手を伸ばす。


「……」


 だが。


 優真は渡さなかった。


「?」


「澪」


「はい」


「手」


「?」


「汚れてるでしょ」


「……」


 澪が自分の手を見る。


 確かに。


 カニの殻を触っていたため。


 汚れている。


「拭きます」


「いや」


「?」


 優真が。


 カニの身を箸で持つ。


「はい」


「……」


 澪が止まった。


「……優真さん」


「何?」


「それは」


「食べさせてあげようかと思って」


「……」


「手、汚れてるし」


「……」


「嫌?」


「……」


 昨日。


 二度目のキスをした。


 今日。


 一緒に温泉へ入った。


 そして。


 今。


 目の前には。


 優真が差し出したカニ。


「……」


 澪の耳が。


 少しずつ赤くなる。


「……嫌ではありません」


「じゃあ」


「……」


「はい」


「……」


 澪が。


 少しだけ身体を前へ出す。


 口を開ける。


「……」


 優真も。


 なぜか緊張していた。


 ただ。


 カニを食べさせるだけ。


 それなのに。


「……」


 澪が。


 カニを口にする。


「……」


「……」


 優真が箸を引く。


「……どう?」


「おいしいです」


「そっか」


「はい」


「……」


「……」


 二人とも。


 少しだけ目を逸らした。


「……優真さん」


「何?」


「もう一つ」


「……」


「お願いします」


「……うん」


 優真が。


 次のカニをむき始めた。


 ◇


「お飲み物はいかがなさいますか?」


 スタッフに聞かれ。


 澪がメニューを見る。


「優真さんは?」


「俺は少し飲もうかな」


「では」


 澪もメニューを見る。


「私もいただきます」


「澪も?」


「はい」


「珍しいね」


「新婚旅行ですので」


「……」


「何でしょうか」


「いや」


 優真が笑う。


「それ、便利な言葉だなと思って」


「そうでしょうか」


「うん」


「……」


 澪は少し考え。


「では、一杯だけ」


「いいんじゃない?」


「はい」


 しばらくして。


 二人の前に酒が置かれた。


「じゃあ」


 優真がグラスを持つ。


「何に乾杯する?」


「……」


 澪が考える。


「結婚式は昨日終了しました」


「うん」


「新婚旅行は今日始まりました」


「うん」


「では」


 澪もグラスを持つ。


「新婚旅行に」


「うん」


「乾杯」


「乾杯」


 軽く。


 グラスが触れた。


「……」


 澪が一口飲む。


「どう?」


「飲みやすいです」


「でもゆっくりね」


「はい」


 料理を食べながら。


 少しずつ飲む。


「……」


 しばらくして。


「澪」


「はい」


「顔赤くない?」


「温泉の影響です」


「結構前に出たよ?」


「……」


「お酒じゃない?」


「一杯しか飲んでいません」


「強い弱いは量だけじゃないからね」


「……」


「大丈夫?」


「問題ありません」


「ほんと?」


「はい」


「ならいいけど」


「……」


 澪は。


 少しだけ優真を見る。


「優真さん」


「何?」


「カニ」


「……まだ食べる?」


「はい」


「自分でむく?」


「……」


 澪は。


 自分の前にあるカニを見る。


 そして。


 優真を見る。


「……お願いします」


「はいはい」


 優真が笑いながら殻をむく。


 綺麗に身を取り出す。


「はい」


「……」


 澪は。


 今度は迷わなかった。


 少しだけ前へ出て。


 そのまま食べる。


「おいしい?」


「はい」


「そっか」


「……」


「……」


「優真さん」


「何?」


「もう一つ」


「結構気に入ったね」


「カニは好きだと判断しました」


「それはよかった」


「はい」


「ただ」


「?」


「自分でむけるようにはならないとね」


「……」


 澪が少し考える。


「優真さんがむけば問題ありません」


「……」


「……」


 今度は。


 優真が止まった。


「澪」


「はい」


「それ、お酒のせい?」


「何がでしょうか」


「いや……」


「?」


「何でもない」


「そうですか」


「うん」


 優真は。


 新しいカニの脚を手に取った。


 澪は。


 それを待っている。


「……」


 新婚旅行。


 まだ。


 初日の夜は。


 始まったばかりだった。

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