第57話 二人で入る?
旅館の部屋。
荷物を置き。
上着を脱ぐ。
「……」
「……」
それだけなのに。
先ほどから。
二人とも、妙に静かだった。
「澪」
「はい」
「お茶飲む?」
「いただきます」
「分かった」
優真がお茶を淹れる。
澪は窓際に座った。
「……」
外には北海道の景色。
そのすぐ近くには。
客室露天風呂。
「……」
「はい」
「ありがとうございます」
湯呑みを受け取る。
一口。
「……」
「……」
また静かになる。
「澪」
「はい」
「気になってる?」
「何がでしょうか」
「……温泉」
「……」
一拍。
「気になっていません」
「そっか」
「はい」
「……」
「……」
「優真さんは?」
「……」
「気になっているのですか?」
「まあ」
「……」
「ちょっと」
「……そうですか」
「うん」
再び。
二人とも黙った。
◇
夕食まで、まだ時間がある。
優真が時計を見る。
「温泉、入る?」
「……はい」
「夕食前に入っとけば、ゆっくりできるし」
「合理的です」
「じゃあ澪からどうぞ」
「……」
「?」
「澪?」
「はい」
「どうしたの?」
「……」
澪は露天風呂を見る。
「優真さん」
「何?」
「こちらの客室露天風呂ですが」
「うん」
「二名で利用可能な広さです」
「……」
優真が止まる。
「そう……だね」
「先ほど、スタッフの方もそのように説明されていました」
「うん」
「したがって」
「……」
「別々に利用するよりも」
「うん」
「同時に利用した方が、時間を効率的に――」
「澪」
「はい」
「それって」
「……」
「一緒に入るって話?」
「……」
澪が止まった。
「……」
「……」
「私は」
「うん」
「利用効率について説明しています」
「そっか」
「はい」
「じゃあ、別々に入ろう」
「……」
「澪からどうぞ」
「……ですが」
「ん?」
「……」
澪は。
自分でも。
なぜ続きを言おうとしているのか分からなかった。
効率。
それだけなら。
今、優真が言ったように。
別々に入ればいい。
夕食までの時間は十分にある。
「……」
それでも。
「一緒でも」
「……」
「問題ありません」
「……」
優真が。
完全に止まった。
「澪」
「はい」
「それ、本当に言ってる?」
「はい」
「無理してない?」
「していません」
「……」
「……」
「嫌なら、別々でいいんだよ」
「嫌ではありません」
「……」
昨日。
同じことを聞いた。
キスをやり直してもいいか。
あの時も。
澪は。
嫌とは言わなかった。
「……」
優真の顔も。
少しずつ赤くなる。
「優真さんは」
「うん」
「嫌ですか?」
「……」
「……」
「嫌じゃない」
「そうですか」
「うん」
「では」
「……うん」
「……」
「……」
決まった。
二人で。
客室露天風呂に入る。
「……」
「……」
決まった途端。
さっきより。
空気が重くなった。
「澪」
「はい」
「顔赤いよ」
「優真さんもです」
「……まだ温泉入ってないのにね」
「……そうですね」
◇
そして。
「……」
脱衣所。
澪は一人で立っていた。
「……」
ここまで来て。
ようやく。
重大な問題に気づいた。
一緒に入る。
つまり。
「……」
服を。
脱ぐ。
「……」
当然だった。
温泉なのだから。
「……なぜ」
そこまで考えなかったのか。
「……」
澪は額に手を当てた。
優真とは。
昨日。
キスをした。
二度も。
だが。
それと。
これは。
まったく別の話だった。
「……」
扉の向こうには。
優真がいる。
「……」
澪の顔が。
どんどん赤くなっていく。
「澪?」
扉の向こうから声。
「……はい」
「大丈夫?」
「問題ありません」
「結構時間経ってるけど」
「……」
「やっぱり別々にする?」
「……」
澪が止まる。
「嫌なら全然いいから」
「……」
「無理する必要ないよ」
「……大丈夫です」
「ほんと?」
「はい」
澪は。
大きく息を吐いた。
◇
少しして。
露天風呂。
優真は先に湯船へ入っていた。
「……」
景色を見る。
ひたすら。
景色だけを見る。
「……雪、綺麗だな」
誰に言うでもなく呟く。
背後で。
扉が開く音がした。
「……」
優真の背筋が伸びた。
「……優真さん」
「はい!」
「……」
「……」
「なぜ声が大きいのですか」
「ごめん」
「……」
優真は。
振り返らない。
「優真さん」
「何?」
「こちらを見ないのですか?」
「……」
「……」
「見ていいの?」
「……」
今度は。
澪が黙った。
「……」
「……」
「見ない方がいいよね」
「……はい」
「分かった」
優真は正面を向いたまま。
澪が湯船へ入るのを待つ。
やがて。
水音。
「……入りました」
「そっか」
「はい」
「じゃあ」
「はい」
「振り向くよ?」
「……」
「……」
「はい」
優真が。
ゆっくりと振り向く。
「……」
澪は。
肩まで湯に浸かっていた。
髪をまとめ。
頬は。
すでに赤い。
「……」
「……」
目が合う。
「……優真さん」
「何?」
「見すぎです」
「ごめん!」
優真が慌てて前を向く。
「……」
「……」
「でも」
「はい」
「澪も見てたよね?」
「……」
「俺のこと」
「……確認です」
「何の?」
「……」
「……」
「特に意味はありません」
「そっか」
「はい」
少しして。
澪が優真の隣へ移動する。
「……」
距離は。
一人分。
「……」
「……」
二人で。
同じ景色を見る。
「綺麗ですね」
「うん」
「雪」
「うん」
「……」
「……」
数秒。
「優真さん」
「何?」
「先ほどから」
「うん」
「雪しか見ていません」
「澪もでしょ」
「……」
「……」
「はい」
優真が笑った。
澪も。
少しだけ笑う。
「緊張してる?」
「……はい」
「俺も」
「そうですか」
「うん」
「……」
「でも」
「はい」
「一緒に入れてよかった」
「……」
澪が優真を見る。
「俺はね」
「……」
「澪は?」
「……」
効率。
時間。
客室露天風呂の広さ。
そんな理由は。
もう必要なかった。
「私も」
「うん」
「一緒でよかったです」
「……そっか」
「はい」
少しずつ。
二人の間にあった緊張が解けていく。
肩が。
少しだけ近づく。
「……」
「……」
触れてはいない。
でも。
最初より。
ずっと近い。
「優真さん」
「何?」
「北海道にして」
「うん」
「よかったですね」
「そうだね」
「はい」
雪の降る北海道。
誰にも邪魔されない。
二人だけの露天風呂。
澪は。
もう。
効率の話をしなかった。




