第56話 北海道へ
新婚旅行当日。
空港。
「……」
澪はスマートフォンの画面を確認していた。
「搭乗時刻まで、あと一時間十二分です」
「うん」
「保安検査場の混雑状況を考慮しても、問題ありません」
「うん」
「搭乗口も確認済みです」
「うん」
「預け荷物も――」
「澪」
「はい」
「旅行だよ」
「分かっています」
「仕事じゃないよ」
「分かっています」
「じゃあ、そんなに確認しなくても大丈夫じゃない?」
「飛行機に乗り遅れれば、新婚旅行の予定全体に影響します」
「それはそうだけど」
「確認は必要です」
「……まあ、初日くらいはいいか」
「初日?」
「そのうち予定表見るの禁止にしようかな」
「なぜですか」
「せっかく二人で旅行するんだから」
「……」
「予定通りに動くことより、楽しむ方を優先しようよ」
「……」
澪はスマートフォンを見る。
今日の予定。
飛行機。
到着。
移動。
昼食。
観光。
旅館。
すべて調べてある。
「予定を立てることと、楽しむことは両立できます」
「うん」
「問題ありません」
「分かった」
優真が笑う。
「じゃあ行こうか」
「はい」
二人で歩き出した。
◇
飛行機の中。
窓側には澪。
その隣に優真。
「……」
澪は窓の外を見ていた。
「澪」
「はい」
「飛行機、珍しい?」
「いいえ」
「ずっと外見てるから」
「……」
澪が少しだけ黙る。
「見ていたいと思っただけです」
「そっか」
「はい」
「綺麗?」
「はい」
窓の外。
雲が広がっている。
「……」
仕事の資料はない。
ノートパソコンも開いていない。
何かを処理する必要もない。
ただ。
景色を見る。
「……」
隣には。
優真がいる。
「澪」
「はい」
「楽しみ?」
「北海道ですか?」
「新婚旅行」
「……」
澪が止まる。
「……はい」
「そっか」
「優真さんは?」
「楽しみ」
「そうですか」
「うん」
「……」
「澪と旅行するの、初めてだから」
「……」
澪は窓へ視線を戻した。
「……そうですね」
耳が。
少しだけ赤かった。
◇
北海道に到着。
空港を出た瞬間。
「……」
澪が立ち止まった。
「寒い?」
「想定以上です」
「気温、調べてなかった?」
「確認しています」
「じゃあ想定できたんじゃない?」
「数値として把握することと、体感は異なります」
「なるほど」
優真が笑う。
「寒いなら、これ使う?」
自分のマフラーを少し持ち上げる。
「優真さんが寒くなります」
「俺は大丈夫」
「ですが――」
「じゃあ」
優真が近づく。
「……」
澪の動きが止まった。
首元に。
優真がマフラーを巻く。
「……」
「これでいい」
「……優真さん」
「何?」
「近いです」
「マフラー巻くんだから仕方ないでしょ」
「……」
「嫌だった?」
「いいえ」
「じゃあ行こう」
「……はい」
歩き始める。
「……」
澪は。
首元のマフラーを少し触った。
暖かかった。
◇
昼食。
「海鮮丼?」
「はい」
「北海道っぽいね」
「評価も高いです」
「また評価見たの?」
「当然です」
「旅行中くらい勘で店入ってみない?」
「失敗する可能性があります」
「それも旅行じゃない?」
「……」
澪が考える。
「では」
「うん」
「夕食以外の一食については、事前調査を行わず選択しても構いません」
「一食だけ?」
「まずは試験運用です」
「旅行にも試験運用あるんだ」
「問題がありますか?」
「ないです」
二人で海鮮丼を食べる。
「……」
澪が一口。
「どう?」
「おいしいです」
「俺も」
「こちらを選択して正解でした」
「だから評価高い店にしてよかった?」
「はい」
「じゃあ勘で選ぶ必要ないんじゃない?」
「……」
澪が止まった。
「優真さん」
「何?」
「先ほどの提案を撤回しますか?」
「しません」
「では明日、試します」
「はい」
◇
食事のあとは。
街を歩いた。
予定していた場所へ向かう途中。
「優真さん」
「何?」
「あちらは何でしょうか」
「ん?」
澪が見ていたのは。
小さな菓子店だった。
「入ってみる?」
「ですが、予定にはありません」
「さっき何て言ったっけ?」
「……」
「予定より楽しむ方優先」
「……」
澪は店を見る。
「入りたい?」
「……はい」
「じゃあ入ろう」
店内には。
焼き菓子。
チョコレート。
北海道産の乳製品を使ったスイーツ。
「……」
澪が一つずつ見ていく。
「楽しそうだね」
「参考になります」
「何の?」
「お菓子作りです」
「やっぱりそこ?」
「ですが」
「うん」
「見るだけでも楽しいです」
「そっか」
「はい」
澪が一つの商品を手に取る。
「これ、買います」
「自分用?」
「はい」
「珍しい」
「……」
「いいと思うよ」
「優真さんも食べますか?」
「いいの?」
「はい」
「じゃあ一緒に食べよう」
「はい」
購入。
店を出る。
「……」
予定より。
二十分遅れていた。
澪がスマートフォンを見る。
「……」
「気になる?」
「少し」
「戻す?」
「……」
澪は予定表を見る。
そして。
画面を閉じた。
「いいえ」
「大丈夫?」
「はい」
「予定ずれるよ?」
「問題ありません」
「お」
「……何でしょうか」
「いや」
優真が笑う。
「旅行してるなあと思って」
「旅行しています」
「そうだね」
「はい」
◇
夕方。
二人は予約していた旅館へ到着した。
「神谷様、お待ちしておりました」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いいたします」
スタッフに案内され。
部屋へ向かう。
「こちらでございます」
扉が開く。
「……」
広い和室。
大きな窓。
その向こうには。
北海道の景色が広がっていた。
「すごいね」
「はい」
澪も窓際へ行く。
「写真より綺麗です」
「来てよかった?」
「……はい」
即答だった。
「そっか」
「はい」
スタッフが部屋の説明を続ける。
「そして、こちらが客室露天風呂でございます」
「……」
扉の向こう。
湯気が立っている。
外の冷たい空気。
その向こうに広がる景色。
「お好きなお時間にご利用いただけます」
「ありがとうございます」
「お二人でもゆったりお入りいただける広さとなっております」
「……」
「……」
二人が。
同時に止まった。
「それでは、ご夕食は十九時からとなっております」
「はい」
「何かございましたら、お申し付けくださいませ」
「ありがとうございます」
スタッフが部屋を出る。
扉が閉まった。
「……」
「……」
二人だけ。
優真が。
露天風呂を見る。
澪も。
同じ場所を見る。
――お二人でもゆったり。
「……」
「……」
さっきまで。
そんなことは考えていなかった。
だが。
一度意識すると。
急に。
客室露天風呂の広さが。
気になって仕方なくなった。
「……澪」
「はい」
「とりあえず」
「はい」
「荷物、置こうか」
「……そうですね」
二人とも。
なぜか。
露天風呂から目を逸らした。




