第54話 新婚旅行
翌朝。
「……」
澪は目を覚ました。
天井を見る。
「……」
いつもの寝室。
いつものベッド。
何も変わっていない。
だが。
「……」
昨夜のことを思い出す。
――やり直してもいい?
「……っ」
澪は布団を少しだけ引き上げた。
誓いのキス。
そして。
家に帰ってからの。
二度目のキス。
「……」
唇に触れる。
「……何をしているのでしょうか」
誰もいないのに。
小さく呟いた。
ベッドから起きる。
「……」
いつも通り。
着替えて。
いつも通り。
リビングへ向かう。
「おはよう」
「……」
「澪?」
「おはようございます」
「うん」
「……」
「……」
優真も。
なんとなく目を合わせない。
「コーヒー淹れる?」
「お願いします」
「分かった」
「……」
「……」
昨日まで。
普通にできていた会話。
なのに。
妙にぎこちない。
優真がコーヒーを淹れる。
澪は朝食を用意する。
すれ違う。
「……」
「……」
少し肩が触れた。
「すみません」
「ごめん」
二人同時に離れる。
「……」
「……」
昨日。
唇まで触れたのに。
肩が触れただけで。
二人とも赤くなった。
◇
朝食。
「……」
「……」
いつもより静かだった。
「澪」
「はい」
「昨日のことなんだけど」
「……」
澪の手が止まる。
「キスではありません」
「……そうですか」
「なんでちょっと安心したの?」
「安心していません」
「そう?」
「はい」
「じゃあ」
優真はコーヒーを一口飲む。
「新婚旅行、どうする?」
「……」
澪が止まった。
「新婚旅行」
「はい」
「考えてた?」
「……いいえ」
「俺も」
「……」
二人とも。
結婚式の準備で完全に忘れていた。
「一般的には、結婚式後に行くのでしょうか」
「絶対じゃないと思うけどね」
「そうですか」
「うん」
「……」
澪は少し考える。
「必須ではありません」
「まあね」
「費用も発生します」
「うん」
「会社を休む必要もあります」
「そうだね」
「したがって――」
「澪」
「はい」
「行きたくない?」
「……」
言葉が止まる。
「そういう話じゃなくて」
「……」
「費用とか仕事とかじゃなくて、澪が行きたいかどうか」
「……」
澪は考えた。
旅行。
仕事ではない。
家族に会うためでもない。
何かを購入するためでもない。
ただ。
優真と二人で出かける。
「俺は行きたいけど」
「……」
「澪と」
「……」
澪の耳が赤くなる。
「……そうですか」
「うん」
「……」
「澪は?」
「……」
少しだけ。
答えるまでに時間がかかった。
「行きたいです」
「そっか」
「はい」
優真が笑う。
「じゃあ、行こう」
「はい」
「どこがいい?」
「候補を調査します」
「今から?」
「決定するのであれば、早い方がいいと思います」
「澪らしいなあ」
「何でしょうか」
「何でもない」
◇
朝食を終え。
ノートパソコンを開く。
「国内と国外、どちらを希望しますか?」
「国内かな」
「理由は?」
「ゆっくりしたい」
「なるほど」
「澪は?」
「私も国内で問題ありません」
「じゃあ国内」
「はい」
検索する。
沖縄。
京都。
九州。
北海道。
「北海道は?」
優真が画面を指差した。
「北海道」
「うん」
「……」
澪が調べる。
「食事」
「うん」
「観光」
「うん」
「温泉」
「いいね」
「時期的にも問題ありません」
「じゃあ北海道?」
「まだ決定していません」
「はいはい」
さらに調べる。
数分後。
「……北海道がいいと思います」
「決まった?」
「はい」
「理由は?」
「総合的に判断しました」
「澪が行きたいからじゃなくて?」
「……」
「……」
澪が画面を見る。
「行きたいです」
「そっか」
「はい」
「じゃあ北海道にしよう」
目的地が決まった。
次は。
宿泊先。
「ホテル?」
「旅館もあります」
「温泉あるところがいいな」
「私も賛成です」
「お」
「何でしょうか」
「澪から温泉って珍しいなと思って」
「北海道へ行くのであれば、利用した方がよいと思います」
「なるほど」
「……」
検索。
いくつか候補を見る。
「こちらはどうでしょうか」
「どれ?」
優真が画面を覗く。
「……高くない?」
「新婚旅行です」
「澪がそれ言う?」
「何でしょうか」
「いや」
優真が笑う。
「昨日の結婚式から、ちょっと変わった?」
「変わっていません」
「そう?」
「はい」
澪が画面をスクロールする。
「客室露天風呂付きです」
「へえ」
「食事は個室」
「いいね」
「部屋も広いです」
「うん」
「他の宿泊客を気にせず温泉を利用できます」
「それもいいね」
「……」
澪が客室の写真を見る。
露天風呂。
雪景色。
落ち着いた和室。
「澪、気に入った?」
「評価も高いです」
「また評価」
「食事に関する口コミも――」
「澪」
「はい」
「泊まりたい?」
「……」
最近。
この質問が増えた。
合理的か。
効率的か。
必要か。
ではなく。
自分が。
どうしたいのか。
「……泊まりたいです」
「じゃあ、ここにしよう」
「はい」
予約画面を開く。
日程。
人数。
二名。
部屋。
客室露天風呂付き。
「……」
そして。
備考欄。
「新婚旅行の場合はお知らせください、と記載されています」
「じゃあ書けば?」
「必要でしょうか」
「何かサービスあるかもしれないよ」
「……」
「嫌?」
「いいえ」
澪が入力する。
――新婚旅行で利用。
「……」
「どうしたの?」
「文字にすると」
「うん」
「少し不思議です」
「新婚旅行?」
「はい」
「結婚式したんだから、新婚旅行でしょ」
「そうなのですが」
「……」
「……」
二人の頭に。
昨夜のキスが。
ほぼ同時に浮かんだ。
「……」
「……」
「予約します」
「急に?」
「問題がありますか」
「ないけど」
クリック。
予約完了。
「予約しました」
「じゃあ北海道か」
「はい」
「楽しみだね」
「……」
澪は画面に表示された旅館の写真を見る。
「はい」
少しだけ。
笑った。
「楽しみです」
優真も笑う。
「俺も」
結婚式が終わって。
次に決まったのは。
二人にとって初めての旅行。
新婚旅行。
行き先は。
北海道だった。




