第53話 長すぎたキス
挙式を終え。
披露宴が始まった。
乾杯。
料理。
写真撮影。
参列者への挨拶。
優真と澪は、次々と声をかけてくる人たちに頭を下げていた。
「澪さん、本当に綺麗よ」
水森が嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます」
「ウェディングドレス、すごく似合ってる」
「そう言っていただけると嬉しいです」
「旦那さんも見惚れてたでしょう?」
「……」
澪の耳が、少しだけ赤くなる。
「試着の時から見惚れてましたよ!」
「佐倉さん」
横から由奈が入ってきた。
「はい!」
「なぜ佐倉さんが回答するのですか」
「事実なので!」
「……」
「由奈さん」
優真が苦笑する。
「その話はもういいんじゃない?」
「よくありません」
「なんで?」
「だって社長、あの時――」
「佐倉」
後ろから陸の声が飛んだ。
「はい?」
「余計なこと言うな」
「まだ何も言ってません」
「今から言う顔しとる」
「……」
由奈が黙る。
「澪さん」
「はい」
「……」
「何でしょうか」
「ご結婚、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「……」
由奈は笑顔のまま黙った。
「由奈さん?」
「はい」
「何か言いたい?」
「ありません」
「本当に?」
「はい」
「……」
三秒。
「やっぱり無理です!」
「何が!?」
「誓いのキス、長かったですよね!?」
「……」
澪が止まった。
優真も止まった。
「お前!」
陸が額を押さえる。
「言うな言うたやろ!」
「だって気になるじゃないですか!」
「気にすんな!」
「絶対、二人とも固まってましたよね!?」
「佐倉さん」
「はい!」
「……」
澪は口を開く。
だが。
何を答えればいいのか分からない。
「……計測していません」
「そこですか!?」
「正確な時間は回答できません」
「そういう意味じゃないです!」
「では、何を回答すればいいのでしょうか」
「それは……」
「佐倉」
「はい?」
「お前が困っとるやないか」
「だって、まさか時間の話になるとは思わないじゃないですか」
「聞いたのお前やろ」
「そうですけど」
「……」
優真は小さくため息をついた。
「もう勘弁してよ」
「社長」
「何?」
「ちなみに体感では何秒くらい――」
「由奈さん」
「はい」
「やめよう」
「……はい」
由奈は不満そうに口を閉じた。
その時。
「澪お姉ちゃん!」
「……はい」
あかりがやってきた。
「ドレス、すっごく綺麗!」
「ありがとうございます」
「写真撮っていい?」
「はい」
「お兄ちゃんも入って!」
「俺も?」
「結婚式なんだから当たり前でしょ」
「はいはい」
優真が澪の隣へ並ぶ。
「もっと近く!」
「近く?」
「離れてる!」
「……」
「……」
二人が少し近づく。
「もうちょっと!」
「まだ?」
「まだ!」
「……」
優真の肩と。
澪の肩が触れた。
「……」
「……」
二人の動きが止まる。
「そこ!」
あかりがスマートフォンを構えた。
「撮るよー!」
写真を撮る。
「もう一枚!」
さらに一枚。
「よし!」
「満足?」
「うん!」
あかりは撮った写真を確認する。
「いい感じ!」
「よかった」
「でも」
「何?」
あかりが二人を見る。
「さっきのキス、長かったよね?」
「……」
「……」
また。
二人が止まった。
「ほら!」
由奈が陸を見る。
「私だけじゃないです!」
「張り合うな」
「お母さんにも聞いたんだけど、教えてくれなくて」
「あかり」
少し離れた場所から、優真の母が声をかける。
「そういうことは聞かないの」
「なんで?」
「なんでも」
「でも、お兄ちゃんと澪お姉ちゃん、ずっと――」
「あかり」
「はい」
「それ以上はやめてあげなさい」
「……分かった」
「……」
澪は黙ったまま。
優真も何も言わない。
「澪」
「はい」
「ちょっと向こう行こうか」
「……賛成します」
二人は。
逃げるように、その場を離れた。
「……」
その背中を。
由奈が見送る。
「……いい」
「何がや」
「いいものを見ました」
「結婚式の感想がそれでええんか」
「最高です」
「……好きにせえ」
◇
披露宴は、その後も続いた。
優真の父と母。
澪の父と母。
それぞれと写真を撮った。
あかりは何度も澪の隣へ来た。
「澪お姉ちゃん、次こっち!」
「はい」
「今度は二人で!」
「分かりました」
「お兄ちゃんはいいから!」
「俺、新郎なんだけど」
「さっき撮ったでしょ」
「そういう問題?」
「お兄ちゃん、邪魔」
「ひどいな」
澪の口元が。
ほんの少しだけ緩む。
「……」
それを見た優真も笑った。
水森やゆりとも写真を撮り。
直人たち会社のメンバーとも並んだ。
由奈は。
何度も何か言いたそうにしていたが。
そのたびに陸に止められていた。
やがて。
披露宴も終わり。
参列者を見送る。
「今日はありがとう」
優真が頭を下げる。
澪も隣で続く。
「ありがとうございました」
「楽しかったわ」
水森が笑う。
「本当にいい結婚式だった」
「ありがとうございます」
ゆりも澪の手を取った。
「お幸せに」
「……はい」
澪は少しだけ照れながら答えた。
「ありがとうございます」
「社長!」
「はい」
由奈だった。
「澪さん!」
「はい」
「今日は本当に――」
「佐倉」
「まだ何も言ってません!」
「顔で分かる」
「今日はもう言いません!」
「ほんまか?」
「はい!」
由奈は二人を見る。
「おめでとうございます」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「……」
少しだけ黙って。
「末永くお幸せに」
今度は。
普通に笑った。
「うん」
「ありがとうございます」
その横で陸も軽く頭を下げる。
「おめでとうございます」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「じゃあ、また会社で」
「うん」
最後に。
両家。
「澪」
「はい」
父が娘を見る。
「綺麗だった」
「……」
澪の目が少しだけ大きくなる。
「ありがとうございます」
「式をしてよかっただろう」
「……」
澪は少し考えた。
「はい」
迷いのない答えだった。
「そうか」
父は、それだけ言って頷いた。
「優真君」
「はい」
「澪をよろしく頼む」
「はい」
優真も。
迷わず答えた。
「大切にします」
「……」
父が一度だけ頷く。
「じゃあね、澪お姉ちゃん!」
あかりが大きく手を振る。
「またね!」
「はい。また」
「お兄ちゃんも!」
「俺はついで?」
「うん!」
「最後までそれ?」
あかりが笑う。
両家も帰っていった。
◇
すべてが終わり。
着替えも済ませ。
二人は帰りのタクシーに乗っていた。
「……」
「……」
静かだった。
さすがに疲れている。
優真はシートに身体を預ける。
「疲れたね」
「はい」
「澪、大丈夫?」
「問題ありません」
「そっか」
「優真さんは?」
「俺も大丈夫」
「そうですか」
「うん」
「……」
「……」
窓の外を。
夜の街が流れていく。
「でも」
「はい」
「いい結婚式だったね」
「……」
澪は少しだけ考えた。
「はい」
「お父さん、嬉しそうだった」
「そうですね」
「あかりも」
「はい」
「由奈さんは……」
「……」
「言わなくていいか」
「そうしてください」
優真が笑った。
澪も。
ほんの少しだけ口元を緩めた。
そのまま。
二人は家へ帰った。
◇
「ただいま」
「ただいま帰りました」
玄関のドアが閉まる。
「……」
「……」
いつもの家。
いつもの玄関。
いつものリビング。
なのに。
今日は。
少しだけ違って感じた。
「疲れたー」
優真はソファに腰を下ろした。
澪も少し離れた場所に座る。
「お茶を淹れますか?」
「今日はいいんじゃない?」
「ですが」
「澪も疲れてるでしょ」
「……はい」
「今日はもう何もしない」
「……」
「ダメ?」
「いいえ」
澪はそのまま座った。
「……」
「……」
静かな部屋。
披露宴の賑やかさが嘘のようだった。
「澪」
「はい」
「結婚式、どうだった?」
「……」
澪は少し考える。
「行ってよかったと思います」
「そっか」
「はい」
「俺も」
「……」
「楽しかった」
「私もです」
「……」
「……」
また。
静かになる。
その瞬間。
澪の頭に。
思い出したくないような。
でも。
忘れたくもないような。
今日の出来事が浮かんだ。
「……」
「澪?」
「優真さん」
「何?」
「確認があります」
「……キス?」
「……」
澪が止まった。
「ごめん」
「なぜ分かったのですか」
「俺も考えてたから」
「……」
今度は。
澪の耳が赤くなる。
「先ほどの誓いのキスですが」
「うん」
「一般的なものと比較して、長かったと思われます」
「……そうだね」
「佐倉さんと、あかりさんの反応からも明らかです」
「そこは思い出さなくていいんじゃない?」
「客観的な情報です」
「……はい」
「なぜ」
澪の声が少し小さくなる。
「なぜ、離れなかったのですか?」
「……」
優真が黙った。
考える。
あの瞬間。
澪の唇に触れた瞬間。
「……分からない」
「分からない?」
「うん」
「……」
「キスした瞬間」
優真が少しだけ視線を逸らす。
「頭が真っ白になって」
「……」
「離れるところまで考えられなかった」
「……」
「澪は?」
「……」
「澪も離れなかったよね」
「……はい」
「なんで?」
「……」
澪も考える。
あの瞬間。
何を考えていたのか。
何を感じていたのか。
「……私も」
「うん」
「何も考えられませんでした」
「そっか」
「はい」
「じゃあ」
「?」
「同じだったんだね」
「……」
澪が優真を見る。
「……そうですね」
「うん」
「……」
「……」
二人の目が合う。
今度は。
すぐには逸らさなかった。
「……」
澪の耳が赤くなる。
優真も。
同じように赤かった。
「……」
「……」
優真が。
小さく息を吐く。
「じゃあ……」
「はい」
「……やり直してもいい?」
「……」
澪が。
完全に止まった。
「……何を、ですか」
「……キス」
「……」
今度は。
耳だけではない。
澪の頬まで。
一気に赤くなった。
「今度は」
優真も照れながら続ける。
「ちゃんと」
「……」
「ちゃんとっていうのも変だけど」
「……はい」
「今度は固まらないように」
「……」
「……」
澪は何も答えない。
「嫌ならいいよ」
「……」
「無理にすることじゃないし」
「……嫌とは」
「うん」
「言っていません」
「……」
今度は。
優真が止まった。
「……いいの?」
「……」
澪は。
少しだけ迷ってから。
頷いた。
「……はい」
「……」
「……」
二人の間に。
静かな時間が流れる。
優真が。
少しだけ澪へ近づく。
「……」
澪は動かない。
さらに。
距離が縮まる。
「……」
澪が。
ゆっくり目を閉じた。
そして。
二人の唇が。
もう一度、触れた。
「……」
「……」
今度は。
誰かに促されたわけではない。
式の進行でもない。
参列者もいない。
二人だけ。
「……」
少しして。
優真がゆっくり離れた。
「……」
澪が目を開く。
「……」
「……」
今度は。
固まらなかった。
ちゃんと。
離れることができた。
「……できたね」
「……」
「澪?」
「……はい」
「……」
「……」
なのに。
二人とも。
さっきより。
顔が赤かった。
「……優真さん」
「何?」
「確認があります」
「まだあるの?」
「はい」
「何?」
「……」
澪は一度、視線を逸らした。
「先ほどより」
「うん」
「……緊張しました」
「……」
「……」
優真が笑う。
「俺も」
「……そうですか」
「うん」
「……」
「……」
契約結婚から始まった二人。
最初のキスは。
結婚式で。
二度目のキスは。
誰にも求められず。
二人で選んだ。
その夜。
二人とも。
なかなか眠ることができなかった。




