第50話 ウェディングドレス
日曜日。
優真と澪は、式場のドレスサロンを訪れていた。
「おはようございます!」
後ろから明るい声が飛んでくる。
振り返ると、由奈が小走りでやってきた。
「おはようございます」
「おはよう、由奈さん」
「すみません、お待たせしました?」
「いいえ。集合時間の五分前です」
「よかったです」
由奈は澪を見る。
「……」
「何でしょうか」
「いえ」
にこにこしている。
「楽しそうですね」
「楽しみです!」
「そうですか」
「はい!」
澪には、やはりそこまで楽しみにする理由が分からなかった。
◇
「本日はよろしくお願いいたします」
担当スタッフに案内され、三人はドレスが並ぶスペースへ移動した。
「ご希望のイメージはございますか?」
「ありません」
澪が即答した。
「澪さん」
「何でしょうか」
「もうちょっと考えましょうよ」
「判断材料が不足しています」
「だから今日来たんですよね」
「はい」
「では、実際にご覧いただきながら決めていきましょうか」
スタッフが笑顔で言った。
「ドレスにはいくつかシルエットがございまして、こちらがAライン、こちらがプリンセスライン――」
説明を受けながら、澪は一着ずつ確認する。
「……」
生地。
装飾。
形。
価格。
「こちらは追加料金が発生しますか?」
「はい。こちらはプラン料金から追加で――」
「こちらは?」
「こちらはプラン内です」
「素材による重量差は?」
「澪さん」
由奈が止めた。
「はい」
「今、何を基準に選んでます?」
「費用と機能性です」
「やっぱり」
「問題がありますか?」
「あります」
「何でしょうか」
「ウェディングドレスですよ?」
「はい」
「作業着じゃないんですから」
「作業着だとは認識していません」
「じゃあ、もっと見た目で選びましょう」
「見た目」
「これ着てみたい、とかないですか?」
「……」
澪が並んだドレスを見る。
「分かりません」
「じゃあ」
由奈が一着を指差した。
「これ」
「……」
シンプルなAライン。
余計な装飾は少ない。
だが、上品で。
澪の雰囲気にはよく合いそうだった。
「どうです?」
「悪くありません」
「じゃあ一着目」
「はい」
スタッフがドレスを手に取る。
「それでは、ご試着してみましょうか」
「お願いします」
澪が試着室へ入っていく。
「……」
カーテンが閉まった。
由奈が優真を見る。
「社長」
「何?」
「楽しみですね」
「うん」
「……」
「何?」
「いえ」
「なんで笑ってるの?」
「笑ってません」
「笑ってるよ」
「気のせいです」
「澪みたいなこと言うね」
「……」
由奈は何も答えず、試着室を見る。
しばらくして。
「お待たせいたしました」
スタッフの声。
カーテンが開いた。
「……」
純白のウェディングドレス。
いつものスーツでも。
部屋着でもない。
髪も簡単に整えられ。
澪が、そこに立っていた。
「……」
優真が止まる。
澪は少し落ち着かない様子で、自分のドレスを見る。
「……いかがでしょうか」
「……」
「優真さん?」
「……綺麗」
「……」
澪が止まった。
「……」
優真も止まった。
「……あ」
「……」
「ごめん!」
「……?」
「今の、完全に無意識だった!」
「……」
澪は優真を見る。
「いや、違う!」
「……」
「違うって、綺麗じゃないって意味じゃなくて!」
「……」
「本当に綺麗なんだけど!」
「……」
「だから……」
優真が額に手を当てた。
「何言ってるんだ、俺……」
「……」
澪は動かない。
「澪?」
「……優真さん」
「はい」
「無意識だったのですよね?」
「……うん」
「……」
「……」
澪は考える。
無意識。
つまり。
自分を喜ばせるために言ったわけではない。
気を遣ったわけでもない。
お世辞でもない。
「……」
耳が。
みるみる赤くなっていく。
「澪?」
「問題ありません」
「いや、耳が――」
「問題ありません」
「……はい」
その横で。
「……」
由奈は両手で口を押さえていた。
「……」
何も言わない。
ただ。
足だけが。
ばたばたばたばた。
「……由奈さん?」
「……」
ばたばたばたばた。
「何してるの?」
「……っ」
由奈は必死に耐えていた。
「佐倉さん?」
「……っ!」
「?」
そして。
「きゃーーーーーっ!!」
「!?」
澪の肩が跳ねた。
「由奈さん!?」
「すみません! 無理です!」
「何が!?」
「無意識ですよ!?」
「それはもういいから!」
「だって社長!」
「何!」
「無意識ってことは本音じゃないですか!」
「……」
「……」
優真が止まった。
澪も止まった。
「……」
「……」
優真の耳まで赤くなる。
「由奈さん」
「はい!」
「それ以上言わなくていいから」
「でも!」
「お願いだから」
「……はい」
由奈は口を押さえた。
「……」
数秒。
静かになる。
「……尊い」
「何が!?」
「何でもありません」
「絶対何でもなくないよね?」
「気にしないでください」
「無理だよ」
スタッフが笑いを堪えていた。
「……」
澪は鏡を見る。
純白のドレスを着た自分。
そして。
鏡越しに見える優真。
「……」
綺麗。
先ほどの言葉が。
まだ頭の中に残っている。
「澪さん」
「……はい」
由奈が隣までやってくる。
「どうです?」
「何がでしょうか」
「このドレス」
「……」
澪はもう一度、鏡を見る。
「悪くありません」
「悪くない?」
「はい」
「本当にそれだけですか?」
「……」
少し考える。
「好きだと思います」
「ですよね!」
「はい」
「社長は?」
「俺?」
「どうですか?」
「……」
優真が澪を見る。
「似合ってるよ」
「……」
「すごく」
「……ありがとうございます」
今度は。
澪も素直に受け取った。
◇
「次はこちらはいかがでしょうか?」
スタッフが持ってきたのは、先ほどとは雰囲気の違うドレスだった。
華やかなプリンセスライン。
「これも着ましょう!」
「佐倉さん」
「はい?」
「一着目で問題ないと思います」
「ダメです」
「なぜですか?」
「比較してください」
「……」
「さっき澪さん自身が言ってたじゃないですか。判断材料が不足してるって」
「……」
澪が黙る。
「三着は着ましょう」
「三着」
「最低でも」
「……分かりました」
「やった!」
「なぜ佐倉さんが喜ぶのですか?」
「気にしないでください」
二着目。
三着目。
澪が着替えるたびに。
優真はきちんと感想を伝えた。
「これも似合う」
「こっちは雰囲気変わるね」
「さっきの方が澪らしいかな」
最初のような失言はない。
今度はちゃんと考えてから言っている。
「……」
澪も、一つずつ聞いていた。
そして。
三着を試し終える。
「どうします?」
由奈が聞く。
「……」
澪は三着の写真を見る。
迷う時間は。
それほど長くなかった。
「最初のものにします」
「やっぱり!」
「はい」
「私もそれが一番だと思います」
「ありがとうございます」
「社長は?」
「俺も」
「……」
「最初のが一番似合ってたと思う」
「……そうですか」
「うん」
「では」
澪はスタッフを見る。
「こちらでお願いします」
「かしこまりました」
決まった。
ウェディングドレス。
「……」
澪はもう一度。
一着目の写真を見る。
自分では。
機能性でも。
価格でも。
効率でもなく。
最初に着たあのドレスが。
一番いいと思った。
理由は。
まだ。
考えないことにした。




