第48話 ここにします
チャペルを出たあと。
優真と澪は、スタッフに案内されて試食会場へ向かった。
「こちらでは、実際の披露宴でご提供しているお料理の一部をお召し上がりいただけます」
「実際の料理ですか?」
「はい。季節によって内容は変わりますが、基本的な構成や味付けをご確認いただけます」
「分かりました」
席につく。
ほどなくして、前菜が運ばれてきた。
「……」
澪が料理を見る。
「澪」
「はい」
「今、何見てるの?」
「量です」
「味じゃなくて?」
「まだ食べていません」
「そりゃそうだけど」
「一皿あたりの量が多すぎないか確認しています」
「そこからなんだ」
「披露宴では複数の料理が提供されます」
「うん」
「後半の料理を残す可能性が高くなる構成は、好ましくありません」
「なるほど」
「冷めた場合の味も重要です」
「そこまで?」
「披露宴中、全員が料理だけに集中するわけではありません」
「……確かに」
スタッフが少し笑った。
「そこまで細かく確認される方は珍しいですね」
「必要だと思います」
「澪、料理教室行ってから食べ物に厳しくなってない?」
「知識が増えただけです」
「そう?」
「はい」
二人で料理を口にする。
「……」
「どう?」
「おいしいです」
「お」
「味付けも濃すぎません」
「俺も好きだな」
次の料理。
さらに次。
澪は一皿ずつ確認する。
だが。
「……」
途中から。
少しだけ表情が変わっていた。
「澪」
「はい」
「普通に楽しんでない?」
「……」
フォークが止まる。
「確認しています」
「何を?」
「味を」
「美味しい?」
「はい」
「じゃあ楽しんでるじゃん」
「おいしいと判断することと、楽しむことは別です」
「そうなの?」
「……」
澪が料理を見る。
もう一口。
「……楽しいかもしれません」
「そっか」
優真が笑う。
「ならよかった」
「……はい」
◇
試食が終わると、二人は相談スペースへ案内された。
テーブルの上には、資料と見積書。
「それでは、現時点でのおおよそのお見積もりになります」
「はい」
澪が受け取る。
その瞬間。
目つきが変わった。
「……」
「澪?」
「確認します」
「はい」
会場使用料。
料理。
飲み物。
装花。
衣装。
写真。
引き出物。
その他。
一項目ずつ確認していく。
「こちらの金額は、一名追加ごとの料金でしょうか」
「はい」
「サービス料は料理と飲料の双方に加算されますか?」
「はい。こちらに記載しております」
「衣装の追加料金が発生する条件は?」
「お選びいただくドレスによって差額がございます」
「上限は?」
「ブランドによって異なりますので――」
質問が続く。
スタッフも一つずつ答えていく。
「……」
優真は隣で黙っていた。
「優真さん」
「はい」
「聞いていますか?」
「聞いてるよ」
「本当ですか?」
「澪が頼もしすぎて、入る隙がないだけ」
「二人の結婚式です」
「はい」
「優真さんも確認してください」
「分かりました」
優真も見積書を見る。
「……結構するね」
「結婚式ですので」
「澪がそれ言うんだ」
「相場は事前に確認しました」
「なるほど」
スタッフが説明を続ける。
日程。
プラン。
人数。
空き状況。
「ご希望の時期などはございますか?」
「特には――」
澪が答えかける。
「でも」
優真が口を挟んだ。
「そんなに先じゃなくてもいいんじゃない?」
「そうなのですか?」
「うん。やるって決めたんだし」
「……」
「空いてる日があるなら」
澪は少し考える。
「準備期間は?」
「一般的には数か月前からご準備される方が多いですが、規模によっては比較的短期間でも可能ですよ」
「そうですか」
「はい」
スタッフが空き状況を確認する。
「こちらの日程でしたら、現在ご案内できます」
「……」
澪がカレンダーを見る。
「優真さん」
「俺は大丈夫」
「まだ確認していません」
「曜日見れば分かるよ」
「仕事の予定は?」
「今のところない」
「変更される可能性は?」
「それ言ったらいつまでも決められないよ」
「……」
「澪は?」
「問題ありません」
「じゃあいいんじゃない?」
「……」
澪は資料を見る。
そして。
もう一度、チャペルの写真を見る。
「澪」
「はい」
「ここ、気に入った?」
「……」
澪は少しだけ考えた。
「はい」
「俺も」
「……」
「じゃあ」
優真が笑う。
「ここにしようか」
「……」
澪は優真を見る。
「決めていいのですか?」
「澪が気に入って、俺も気に入ってるんだから」
「ですが、他の候補を見学していません」
「見たい?」
「……」
澪は考える。
本来なら。
比較するべきだ。
複数の候補を確認し。
費用。
設備。
料理。
サービス。
それぞれ比較してから判断する。
「……」
なのに。
もう一度。
あのチャペルが頭に浮かんだ。
「……いいえ」
「ん?」
「他は、見なくてもいいと思います」
「そっか」
「はい」
優真がスタッフを見る。
「じゃあ、ここでお願いします」
「ありがとうございます」
「……」
澪は、隣に座る優真を見る。
「よろしくお願いいたします」
「ありがとうございます。お二人の結婚式を精一杯お手伝いさせていただきます」
スタッフが笑顔で頭を下げた。
◇
手続きを終え。
二人は式場を出た。
「決まったね」
「はい」
「結婚式場」
「はい」
「……」
「……」
少し歩く。
「優真さん」
「何?」
「一つ、確認があります」
「うん」
「先ほどの契約ですが」
「もう何か見落とした?」
「いいえ」
「じゃあ何?」
「……」
澪が少しだけ視線を逸らす。
「今後、衣装を選ぶ必要があります」
「うん」
「ウェディングドレスです」
「そうだね」
「……」
「澪?」
「私は、ドレスの選定基準を持っていません」
「初めてなんだから普通じゃない?」
「客観的な意見が必要だと思います」
「俺が見るよ」
「優真さんの意見だけでは不足しています」
「……なんで?」
「男性ですので」
「それはそうだけど」
「女性からの意見も必要です」
「お母さんに頼む?」
「……」
澪は考える。
「いえ」
「じゃあ誰?」
「……」
一人。
思い浮かんだ。
「佐倉さん」
「由奈さん?」
「はい」
「……」
優真が少し笑う。
「いいんじゃない?」
「何でしょうか」
「いや」
「?」
「喜びそうだなと思って」
「そうでしょうか」
「たぶん」
「では、明日確認します」
「うん」
優真は歩きながら、澪を見る。
「楽しみだな」
「何がですか?」
「ドレス」
「……」
澪の足が。
ほんの一瞬だけ遅れた。
「……そうですか」
「うん」
「……」
「澪?」
「問題ありません」
「何も聞いてないよ」
「……」
澪は何も答えず。
少しだけ速く歩いた。




