第47話 式場探し
翌日の夜。
夕食を終えたあと。
澪はノートパソコンを開いていた。
「……」
検索欄に文字を入力する。
結婚式場。
アクセス。
費用。
収容人数。
料理。
チャペル。
披露宴会場。
一つずつ条件を確認しながら、候補を絞っていく。
「澪」
「はい」
「何してるの?」
「式場を探しています」
「もう?」
「もう、とは?」
「昨日決まったばっかりだよ?」
「決定事項ですので」
「そうだけど」
「決まった以上、先延ばしにする理由はありません」
「……澪らしいね」
優真はソファに座り、澪の隣から画面を覗いた。
「何件くらい見たの?」
「現在、十四件です」
「そんなに?」
「条件に合致しないものを除外しています」
「条件って?」
「まず、アクセスです」
「うん」
「両家が参加しやすい場所であること」
「大事だね」
「次に収容人数」
「何人くらい呼ぶ?」
「未定です」
「未定なのに条件に入れるの?」
「少なすぎる会場を除外しています」
「なるほど」
「料理の内容と価格。式場利用料。衣装。写真。その他オプション」
「……」
「さらに、見積もり後に追加費用が発生する可能性についても確認しています」
「そこまで見るんだ」
「当然です」
澪は画面をスクロールする。
「結婚式は高額です」
「まあ、そうだね」
「不要な支出は避けるべきです」
「うん」
「ですが」
澪の指が止まる。
「過度に費用を抑える必要もないと判断しています」
「……へえ」
「何でしょうか」
「いや」
優真が少し笑った。
「澪なら、一番安いところ選ぶかと思った」
「価格だけで選択するのは合理的ではありません」
「そうなの?」
「はい。満足度を著しく下げてまで費用を削減するのであれば、そもそも結婚式を行う意味がありません」
「……」
「お父さんが、見たいと言いましたので」
「花嫁姿?」
「……はい」
ほんの少しだけ間があった。
「なら、ちゃんとした方がいい?」
「少なくとも」
澪は画面を見る。
「父が見て、後悔しないものにはしたいです」
「そっか」
「はい」
優真はそれ以上何も言わなかった。
澪は検索を続ける。
「……」
一件。
条件の合う式場を開く。
白を基調としたチャペル。
大きな窓。
自然光。
長いバージンロード。
「ここ、綺麗だね」
「はい」
「澪は好き?」
「……」
澪が画面を見る。
「悪くありません」
「それ、結構気に入ってる?」
「条件には合致しています」
「条件じゃなくて」
「……」
「澪が好きかどうか」
「……」
もう一度、写真を見る。
「好き……だと思います」
「じゃあ候補にしよう」
「はい」
次の写真へ進む。
披露宴会場。
料理。
控室。
そして。
チャペルで向かい合う新郎新婦。
「……」
澪の指が止まった。
「……」
昨日。
タクシーの中で見た言葉が、頭に浮かぶ。
誓いのキス。
「……」
「澪?」
「はい」
「止まってるよ」
「確認しています」
「何を?」
「……チャペルの設備です」
「設備?」
「はい」
「……」
優真も画面を見る。
「……」
新郎新婦が向かい合っている。
「……」
優真も。
昨日のことを思い出した。
「……次、見ようか」
「はい」
澪はすぐに画面を切り替えた。
「……」
「……」
しばらく。
二人とも何も言わなかった。
◇
「三件まで絞りました」
「おお」
約一時間後。
澪は三つの式場を並べていた。
「第一候補はこちらです」
「さっきのところ?」
「はい」
「やっぱり気に入った?」
「総合評価が最も高いです」
「……総合評価ね」
「何でしょうか」
「何でもない」
優真は三つを見比べる。
「俺もここがいいかな」
「理由は?」
「チャペル」
「……」
「明るくて綺麗だし」
「はい」
「あと、披露宴会場も落ち着いてる」
「私も同意見です」
「じゃあ、一回見に行ってみる?」
「見学ですか?」
「うん。写真だけじゃ分からないでしょ」
「……」
澪は少し考える。
「合理的です」
「出た」
「何がですか?」
「いや」
優真が笑う。
「ブライダルフェアやってるみたいだよ」
「……」
澪が詳細を確認する。
「会場見学。料理の試食。見積もり相談」
「全部できるね」
「はい」
「次の日曜は?」
「予定はありません」
「俺も空いてる」
「では」
澪が予約画面を開く。
「予約します」
「うん」
氏名。
連絡先。
希望日時。
参加人数。
二名。
「……」
入力を終える。
「予約します」
「お願いします」
クリック。
予約完了。
「完了しました」
「早いなあ」
「必要な手続きです」
「来週か」
「はい」
「楽しみ?」
「……」
澪が止まる。
「どうでしょうか」
「自分のことでしょ」
「初めてですので、比較対象がありません」
「俺も初めてだよ」
「そうですね」
「でも俺はちょっと楽しみ」
「……」
「澪は?」
「……」
ノートパソコンの画面を見る。
白いチャペル。
長いバージンロード。
「少し」
「そっか」
「はい」
澪はノートパソコンを閉じた。
◇
日曜日。
予約した式場へ向かう。
「ここ?」
「はい」
二人の目の前には、写真で見た建物があった。
「結構大きいね」
「写真よりも大きく感じます」
「入ろうか」
「はい」
受付で名前を伝える。
しばらくして、担当の女性スタッフがやってきた。
「神谷様ですね。本日はありがとうございます」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いいたします」
「本日は館内をご案内したあと、披露宴会場、チャペルをご覧いただきまして、その後にご試食とご相談のお時間を予定しております」
「分かりました」
「では、こちらへどうぞ」
二人はスタッフの後について歩く。
控室。
待合スペース。
披露宴会場。
一つずつ説明を受ける。
「こちらは最大八十名様までご利用いただけます」
「八十名……」
澪が会場を見回す。
「多い?」
優真が小声で聞く。
「現時点では必要ないと思われます」
「だよね」
「もちろん、少人数向けのレイアウトにも変更できます」
スタッフが笑顔で説明する。
「ご家族と親しいご友人、職場の方を中心にされる方も多いですよ」
「なるほど」
澪が頷く。
「会社の人は呼ぶ?」
「直人たちは呼ぶでしょ」
「はい」
「由奈さんとか陸も」
「そうですね」
「人数はあとで考えよう」
「はい」
さらに進む。
「それでは」
スタッフが大きな扉の前で止まった。
「チャペルをご案内いたします」
「……」
澪の視線が扉へ向く。
扉が開いた。
「……」
「……」
二人とも、思わず足を止めた。
高い天井。
正面から差し込む光。
白いバージンロード。
写真で見たものより。
ずっと明るい。
「……すごい」
優真が呟く。
「はい」
澪も静かに答えた。
「どうぞ、中へ」
二人で歩く。
足音が小さく響く。
やがて祭壇の前まで来た。
「こちらに新郎様と新婦様がお立ちいただきます」
「……」
優真と澪が並ぶ。
「当日は、こちらで誓いの言葉、指輪の交換などを行っていただきます」
「はい」
澪が答える。
「……」
優真は正面を見る。
澪も正面を見る。
だが。
二人とも。
その次に何があるのかを知っていた。
「……」
「……」
ほんの少しだけ。
二人の距離が遠くなった。
スタッフは気づかない。
「いかがですか?」
「……とても綺麗です」
澪が答える。
「俺も好きです」
優真も続ける。
「ありがとうございます」
スタッフが微笑む。
「お二人にも、とてもお似合いだと思います」
「……」
「……」
二人同時に黙った。
「では、次にご試食へご案内いたしますね」
「はい」
「お願いします」
スタッフが先に歩き始める。
「……」
優真と澪は、その後を追う。
「澪」
「はい」
「ここ、いいね」
「……はい」
「写真で見るより良かった」
「私もそう思います」
「じゃあ、かなり第一候補?」
「はい」
「そっか」
「……」
数歩歩いて。
「優真さん」
「何?」
「先ほど」
「うん」
「祭壇に立った際、少し離れませんでしたか?」
「……」
優真が止まりかける。
「澪も離れたよね?」
「……」
「……」
「偶然です」
「俺も偶然」
「そうですか」
「うん」
「……」
「……」
二人とも。
それ以上は追及しなかった。




