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第43話 実家への報告

 翌日。


 夕食を終えたあと。


 優真はスマートフォンを持ったまま、ソファに座っていた。


「……」


 連絡先を開く。


 母。


 表示された名前を見たまま、指が止まる。


「優真さん」


「ん?」


「まだ電話しないのですか?」


「するよ」


「先ほどから五分以上、同じ画面を見ています」


「見てたの?」


「視界に入っています」


「……」


 優真はスマートフォンを見る。


「言いづらいんだよ」


「なぜですか?」


「結婚したのに黙ってたから」


「……」


「澪のお母さんの反応見たでしょ?」


「はい」


「たぶん、うちも似たような感じになると思う」


「そうでしょうか」


「なるよ」


「……」


 澪は少し考える。


「ですが、伝えなければ両家の顔合わせができません」


「分かってる」


「では」


「はいはい」


 優真は通話ボタンを押した。


 数回の呼び出し音。


『もしもし?』


「あ、母さん」


『どうしたの?』


「ちょっと話があるんだけど」


『何?』


「……」


『優真?』


「うん」


『会社で何かあった?』


「違う」


『お金?』


「違う」


『じゃあ何?』


「……」


 優真は一度、澪を見る。


「?」


 澪が首をかしげる。


 優真は小さく息を吐いた。


「俺、結婚した」


『……』


「……」


『……』


「母さん?」


『……誰が?』


「俺が」


『いつ?』


「少し前」


『少し前っていつ!?』


 スマートフォンから大きな声が響いた。


 優真は反射的に耳から離す。


「ほら」


「何がでしょうか」


「こうなると思った」


『優真!』


「聞いてるよ」


『なんで言わないの!?』


「いろいろあって」


『いろいろって何よ!』


「それは今度説明するから」


『今説明しなさいよ!』


「長くなるから」


『結婚より大事な話があるの!?』


「そうじゃなくて」


『相手は!?』


「いるよ」


『結婚したんだからいるでしょう!』


「そうだけど」


『どんな人!?』


「どんなって……」


 優真は澪を見る。


「……」


 澪も優真を見る。


『優真?』


「しっかりしてる」


「……」


 澪の眉がわずかに動く。


『それだけ?』


「仕事もできる」


『他には?』


「最近、料理もするようになったし」


「……」


『他には?』


「まだ言うの?」


『お嫁さんでしょう?』


「そうだけど」


『名前は?』


「澪」


『澪さん?』


「うん」


『写真ある?』


「あるけど」


『見せて』


「今?」


『今』


「……分かった」


 優真は通話をスピーカーに切り替え、スマートフォンを操作する。


「優真さん」


「何?」


「どの写真を送るのですか?」


「普通のやつ」


「普通とは?」


「変なの送らないよ」


「変な写真を撮影された記憶はありません」


「じゃあ大丈夫でしょ」


「確認させてください」


「なんで?」


「私の写真です」


「……はい」


 優真が画面を見せる。


「これ」


「……」


「ダメ?」


「問題ありません」


「じゃあ送るね」


 写真を送信する。


 数秒。


『……』


「母さん?」


『ちょっと待って』


「何?」


『この人?』


「うん」


『本当に?』


「何が?」


『この人が優真のお嫁さん?』


「そうだよ」


『……かわいい』


「……うん」


「……」


 澪の動きが止まった。


『ちょっと』


「何?」


『今の「うん」何?』


「何って?」


『なんであなたがちょっと嬉しそうなのよ』


「別に嬉しそうじゃないよ」


『嬉しそうだった』


「電話で分かるわけないでしょ」


『分かるわよ。何年あなたの母親やってると思ってるの』


「……」


 澪が優真を見る。


「何?」


「いえ」


 澪は視線を逸らした。


 耳が少し赤い。


『それで?』


「何?」


『いつ会わせてくれるの?』


「その話なんだけど」


『うん』


「澪のお母さんに、結婚してることが知られて」


『知られて?』


「……うん」


『向こうのご両親にも言ってなかったの!?』


「……」


『優真?』


「はい」


『あなたたち何してるの?』


「……すみません」


『まったく……』


 電話の向こうで、母がため息をつく。


『それで?』


「一度、両家で顔合わせをしようって話になって」


『当然でしょう』


「うん」


『お父さんにも話さないと』


「今いる?」


『いるわよ』


「代わってもらえる?」


『ちょっと待って』


 少しして。


『優真か』


「父さん」


『結婚したんだって?』


「……うん」


『いつだ』


 優真が日付を答える。


『そうか』


「……」


『……』


「それだけ?」


『何がだ』


「いや、母さんと反応が全然違うから」


『驚いてはいる』


「そうなんだ」


『かなりな』


「全然分からないけど」


『今度、連れてきなさい』


「その前に、向こうのご両親と顔合わせすることになりそう」


『そうか』


「父さんたちも来てもらえる?」


『もちろんだ』


「ありがとう」


『日程が決まったら連絡しろ』


「分かった」


『それと』


「何?」


『優真』


「うん」


『こういうことは、もう少し早く言え』


「……はい」


『母さんが怒る』


「そこ?」


 電話の向こうから声が飛ぶ。


『聞こえてるわよ!』


「……」


『俺もそう思っている』


「後付けじゃない?」


『違う』


「ほんと?」


『じゃあな』


「あ、ちょっと――」


 通話が切れた。


「……」


 優真はスマートフォンを見る。


「切られた」


「お父様ですか?」


「うん」


「落ち着いた方ですね」


「昔からあんな感じ」


「そうなのですか」


「でもたぶん、普通に怒ってる」


「怒っていたのですか?」


「たぶんね」


「声からは判断できませんでした」


「俺も」


「……」


 優真はスマートフォンをテーブルへ置いた。


「とりあえず終わった」


「お疲れ様でした」


「疲れた……」


「ですが、無事に伝えられました」


「そうだね」


「これで顔合わせの日程を調整できます」


「うん」


「お母さんにも連絡しておきます」


「お願い」


「はい」


 澪はスマートフォンを手に取る。


「……」


 優真はソファの背もたれに身体を預けた。


「優真さん」


「何?」


「先ほど」


「うん」


「……」


 澪が止まる。


「何?」


「いえ」


「気になる」


「大したことではありません」


「何?」


「……」


 澪は少しだけ視線を逸らした。


「写真を見たお母様が、かわいいとおっしゃった時」


「うん」


「優真さんも肯定しました」


「……」


 優真が止まる。


「……したね」


「はい」


「……」


「……」


「嫌だった?」


「いいえ」


 即答だった。


「では、問題ありません」


「……そっか」


「はい」


 澪はスマートフォンへ視線を戻した。


 耳は。


 まだ少しだけ赤かった。

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