↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
41/60

第41話 愛してるの?

 テーブルの上に、淹れ直したお茶が並んでいた。


 優真が自分の席へ戻る。


「どうぞ」


「ありがとう」


「はい」


 澪の母は湯呑みを手に取り、一口飲んだ。


「……美味しいわ」


「よかったです」


 優真も自分の湯呑みに手を伸ばす。


 澪も一口飲んだ。


「……」


 先ほどよりは、空気が落ち着いている。


 結婚したこと。


 一緒に暮らしていること。


 仕事も二人でしていること。


 いつ結婚したのか。


 なぜ黙っていたのか。


 一通り話した。


 契約結婚であることを除いて。


「……」


 澪の母は、向かいに座る二人を見た。


「神谷さん」


「はい」


「会社を経営してるのよね?」


「はい。まだ小さい会社ですけど」


「澪もそこで?」


「はい」


「何をしてるの?」


「管理関係は、ほとんど澪に任せています」


「ほとんど?」


「経理とか、契約関係とか、スケジュールとか……」


 優真が少し考える。


「あと、俺が忘れてることを教えてくれたり」


「優真さん」


「はい」


「最後の項目は業務内容ではありません」


「でも助かってるよ」


「それは……」


「本当に」


「……」


 澪は黙った。


「澪がいなかったら、たぶん今みたいには会社回ってないです」


「……」


 母が澪を見る。


 澪は何も言わない。


 ただ。


 耳が少しだけ赤くなっていた。


「そう」


 母は小さく頷いた。


「神谷さんは、澪を頼りにしてるのね」


「はい」


「……」


 澪が優真を見る。


「何?」


「いえ」


「?」


「何でもありません」


 澪はお茶を飲んだ。


 母はそんな二人をしばらく見ていた。


「……」


 そして。


「ねえ」


「はい」


 澪が顔を上げる。


「一つだけ聞いていい?」


「何でしょうか」


「説明はいらないから」


「……?」


 母は澪を見る。


 次に、優真を見る。


「あなたたち」


 一拍。


「愛し合ってるの?」


「……」


 澪の動きが止まった。


 優真も止まる。


「……」


 部屋が静かになった。


「お母さん」


「何?」


「質問の意図を――」


「説明はいらないって言ったでしょう?」


「ですが」


「はいか、いいえ」


「……」


 澪は黙った。


「結婚して一緒に暮らしてる」


「はい」


「一緒に会社までやってる」


「はい」


「なら、それだけ聞かせて」


「……」


 澪の思考が動き始める。


 結婚した理由は、愛情ではない。


 社会的信用。


 起業。


 互いの利害。


 契約。


 なら。


 本来の回答は――


「愛しています」


「……」


 澪が横を向いた。


 優真だった。


「……」


 優真は母を見ている。


 いつもと変わらない声だった。


「澪を愛しています」


「……」


 胸が鳴った。


「……」


 澪は優真を見る。


 優真はまだ母を見ている。


 これは。


 説明のため。


 契約結婚だと知られないため。


 そう答える必要がある。


 当然だ。


 合理的な回答。


 それだけ。


「澪」


「……はい」


「あなたは?」


「……」


 母の視線が向けられる。


 答えなければならない。


 ここで否定すれば、すべてがおかしくなる。


「……」


 澪は一度、息を吸った。


「愛しています」


「……」


 言えた。


 だが。


 なぜか、そこで終われなかった。


「優真さんを……愛しています」


「……」


 今度は優真が澪を見る。


 目が合った。


「……」


「……」


 澪はすぐに視線を逸らした。


 耳が熱い。


 頬まで熱くなっている気がする。


「……」


 これは必要な回答。


 そう。


 必要だったから言っただけ。


「そう」


 母の声が聞こえた。


「なら、いいわ」


「……はい」


 澪は小さく息を吐く。


 終わった。


 そう思った。


「じゃあ」


「?」


「一度、両家で話しましょう」


「……」


 澪が止まった。


「両家?」


「そうよ」


「なぜですか?」


「なぜって……」


 母が呆れたように澪を見る。


「結婚したんでしょう?」


「はい」


「相手のご両親に挨拶は?」


「……」


 澪が優真を見る。


「してないね」


「はい」


「神谷さんは、うちに挨拶してない」


「……すみません」


「澪も、神谷さんのご両親に挨拶してない」


「はい」


「それで終わり?」


「……」


 澪は考える。


「婚姻届は受理されています」


「そういう話じゃないの」


「法的には――」


「澪」


「はい」


「そういう話じゃないの」


「……はい」


 優真が小さく笑った。


「優真さん」


「ごめん」


「なぜ笑ったのですか」


「いや、澪らしいなって」


「……」


 また耳が熱くなる。


「神谷さん」


「はい」


「ご両親には、結婚したことは?」


「……話してません」


「あなたもなの?」


「すみません」


 母が額に手を当てる。


「似た者夫婦なのかしら……」


「……」


「……」


 今度は二人とも何も言えなかった。


「神谷さん」


「はい」


「ご両親には、あなたから話してもらえる?」


「もちろんです」


「その上で、一度顔合わせしましょう」


「分かりました」


「澪」


「はい」


「日程が決まったら連絡して」


「分かりました」


「今度はちゃんと連絡するのよ」


「はい」


「壺を送る前に」


「……」


「分かった?」


「はい」


 澪は小さく頷いた。


「……」


 話が一段落する。


 母がお茶を飲む。


 優真も湯呑みに手を伸ばした。


 澪も同じように手を伸ばして。


「……」


 止まった。


『澪を愛しています』


「……」


 さっきの声が、頭に残っている。


「澪?」


「……はい」


「どうしたの?」


「何でもありません」


「顔、赤くない?」


「……室温です」


「暑い?」


「問題ありません」


「エアコン下げようか?」


「必要ありません」


「そう?」


「はい」


 澪は湯呑みを持ち上げる。


 優真の方は見ない。


「……」


 一口。


 お茶を飲む。


 それでも。


 顔の熱は、なかなか引かなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。