第39話 不意打ちの来客
インターホンが鳴ったのは、午後三時を少し回った頃だった。
休日。
優真はリビングでノートパソコンを開いていた。
澪は買い物に出ている。
コーヒーを一口飲んだところで、もう一度インターホンが鳴った。
「……誰だろ」
宅配便の予定はない。
優真は立ち上がり、玄関へ向かった。
ドアスコープを覗く。
「……?」
見知らぬ女性が立っていた。
年齢は五十代半ばくらいだろうか。
きっちりとした服装。
背筋を伸ばし、玄関の前で待っている。
近所の人ではない。
優真は少し迷ってから、ドアを開けた。
「はい」
女性が優真を見る。
「……」
「どちら様でしょうか?」
聞いたのは優真だった。
だが。
女性もまた、同じくらい不思議そうに優真を見ていた。
「あなたこそ、どなたですか?」
「……え?」
「ここは、黒瀬澪の部屋ですよね?」
その名前を聞いた瞬間、優真の表情が変わる。
「はい。そうですけど」
「澪は?」
「今、買い物に出てます」
「そうですか」
女性は優真を見る。
玄関。
優真。
部屋の中。
もう一度、優真。
「……あなたは?」
「神谷優真です」
「神谷……?」
「はい」
女性の眉がわずかに動いた。
「澪とは、どういうご関係ですか?」
「……」
優真は一瞬だけ黙った。
誰なのか。
まだ分からない。
だが。
澪のことを知っている。
そして、この部屋まで来ている。
「失礼ですけど」
「はい」
「澪とは、どういうご関係ですか?」
今度は優真が聞いた。
「母です」
「……」
優真が止まった。
「……お母さん?」
「はい」
「澪の?」
「他に誰がいるんですか」
「……」
優真の頭が急速に回り始める。
澪の母親。
聞いていない。
今日来るとも聞いていない。
「……今日来るって、澪から聞いてないんですけど」
「言っていませんから」
「……アポなし?」
「ええ」
即答だった。
「先日、突然あの子から壺が送られてきまして」
「……壺」
優真にも心当たりがあった。
大きすぎて、この部屋には置く場所がなかった壺。
「普段、あの子が実家に物を送ってくることなんてありません」
「……なるほど」
「電話で聞いても、大きすぎて置く場所がないから送った、と」
「はい」
「それだけです」
「……」
「どう考えても、おかしいでしょう?」
「まあ……」
優真は否定できなかった。
「何かあったのかと思って来てみれば」
母親の視線が優真へ戻る。
「知らない男性が、娘の部屋から出てきた」
「……はい」
「もう一度聞きます」
「はい」
「あなたは、澪とどういうご関係ですか?」
「……」
ここで。
優真は迷った。
契約結婚。
本当の夫婦ではない。
澪の両親には、まだ話していない。
どう説明するべきなのか。
「……」
だが。
結婚していること自体は事実だ。
誤魔化す方がおかしい。
優真は母親を見る。
「夫です」
「……」
母親の表情が止まった。
「……はい?」
「澪と結婚しています」
「……」
「……」
沈黙。
母親は優真を見る。
優真も動けない。
「……結婚?」
「はい」
「誰が?」
「俺と……澪が」
「……」
さらに数秒。
「そんな話、聞いていません」
「……ですよね」
「いつですか?」
「少し前です」
「少し前?」
「はい」
「なぜ私は知らないんですか?」
「それは……」
優真も答えられない。
「澪から何も聞いてないので」
「……」
「……」
まずい。
非常にまずい。
それだけは分かる。
だが。
玄関で話し続ける内容でもない。
「とりあえず」
優真は玄関を開ける。
「中に入りませんか?」
「……」
「澪も、もうすぐ帰ってくると思うので」
母親は優真を見る。
「その前に、あなたから聞かせてもらえますか?」
「……何をですか?」
「どうして、私の娘と結婚したのか」
「……」
優真の動きが止まった。
最初から。
一番答えにくい質問が来た。
「……分かりました」
優真は玄関から身体をずらした。
「どうぞ」
「お邪魔します」
母親が部屋へ入る。
優真は玄関の扉を閉めた。
「……」
そして。
ポケットからスマートフォンを取り出す。
澪に連絡するべきか。
一瞬考える。
画面を開く。
『澪』
そこまで入力して。
「神谷さん」
「はい!」
リビングから声が飛んできた。
「お話、よろしいですか?」
「……はい」
優真は入力途中の画面を閉じた。
スマートフォンをポケットへ戻し、リビングへ向かった。




